日本の戦前の管弦楽曲を聴こう!!

オーケストラ・ニッポニカのライブCD発売


 このたびMITTENWALDから2枚の邦人管弦楽作品のCDが発売されました。
ともに2003年2月に、東京・紀尾井ホールで行なわれた「オーケストラ・ニッポニカ」コンサートのライブ録音です。
 2枚のCDに収録された6人の作曲家による全6曲は、芥川作品以外はすべて戦前に作曲されたもので、現在他に聴く事のできない貴重なものばかりです。
 以下にその詳しい内容を紹介致します。

 画像提供/MITTENWALD

 第1集 (MTWD-99011) 63'41" \ 2,520 (税込)

★ 橋本國彦 感傷的諧謔 (1928) 15'02"
★ 宮原禎次 交響曲第4番 (1942) 24'40"
★ 大澤壽人 ピアノ協奏曲第3番 変イ長調 (1938) 24'00"

 画像提供/MITTENWALD


 第2集 (MTWD-99012) 65'25"   \ 2,520 (税込)

★ 早坂文雄 管弦楽曲「讃頌祝典之楽」 (1942) 13'50"
★ 信時 潔 交声曲「海道東征」(1940) 47'45"
★ 芥川也寸志 赤穂浪士のテーマ (1963) 4'04"

指揮/本名徹次
管弦楽/オーケストラ・ニッポニカ
合唱/ニッポニカ・フェスティバル・コーア 他



 私はこれらのCDの存在を過日上京した折に偶然知り、その素晴らしい内容に驚嘆しました。
そして、ぜひ当ホームページで取り上げたいと思いました。
このたび発売元のMITTENWALDのご了解をいただきましたので、ここに紹介させていただく次第です。

 では2枚のCDのそれぞれの曲目について、簡単に触れておきましょう。

 最も古い橋本國彦「感傷的諧謔」は1928年の作。この曲は前年に作曲された弦楽合奏曲「3つの性格的な舞曲」の第2楽章を下敷にしています。(なお「3つの性格的な舞曲」は、一昨年私が演奏用パート譜を作成し、現在は名古屋フィルハーモニー交響楽団に保管されています)
今回の6曲の中で、私が最も感動した曲です。西洋的管弦楽法と日本的旋律の絶妙な融合、そして曲の展開の上手さなど、やはり橋本は天才だと思います。ただこの曲の場合、何となく尻すぼみで終ってしまう印象を受けました。原曲の「3つの性格的な舞曲」では、このスケルツォのあとに「勝利の歓喜」と題する晴れやかなフィナーレが配されており、この管弦楽編曲演奏の場合も、その終曲が後に続いた方が良いのでは・・・という気がしました。
 なお、これまで私が聴いた橋本作品の中で、有無を云わさず最も面白かったのは、あの南京陥落をテーマとした「光華門」でした。そのこと自体が、橋本最大の悲劇でもあるのですが・・・

 つづく宮原禎次「交響曲第4番」は、今回の6曲のうちでは最も難解な部類に属すると思います。私は、一聴しただけでは曲自体の構成がなかなか掴めず、時には冗長に感じられる部分無きにしもあらずという印象を持ちました。しかし第2楽章のテーマなど一瞬、高峰三枝子の「湖畔の宿」が始まったか?と思わせますし (貴志康一が自作の交響組曲「日本スケッチ」の中で、二村定一の「君恋し」のテーマを使っていることは有名)、第3楽章の祭り風の曲想や、フィナーレにやや唐突にあらわれる勝利の行進曲を思わせる部分など、それなりに高揚した気分を味わう事が出来ました。
 この曲をより理解するには、ライナーノートにある片山杜秀の秀逸な表題的解説を熟読するのが、一番の近道かも知れません。

 一転して大澤壽人「ピアノ協奏曲第3番」は、当時の日本人の作曲家の作品とは思えないモダンさを備えています。ライナー・ノートによれば大澤壽人は若くしてアメリカ・フランスに留学し、並みいる大作曲家たちに次々と師事して、自作の初演も数多く行ない、「日本には自分の他にプロの音楽家はいない」と豪語するほどの自信を持っていたようです。このピアノ協奏曲でも、その彼の洗練された作曲技法がソロ・ピアノパートをはじめとして随所に如何なく発揮されています。中間部のゆったりとした部分など、私はイベールの「寄港地」を連想しました。
 余談ですが、私は大澤壽人という作曲家の名を1944年の松竹映画「還って来た男」の中で初めて知りました。この映画ではとにかく音楽が洒落ており、「誰が音楽を担当しているのだろう?」と調べたところ、大澤だったという訳です。映画の中で、新聞配達をする健気な少年のテーマに童謡「牛若丸」(京の五条の橋の上・・・)が使われているのですが、この少年の境遇や心理状態の推移に応じて、このテーマが絶妙にアレンジされていくのです。その卓越したセンスに私は完全に参ってしまいました。
 大澤壽人は今、私が最も興味を抱いている作曲家の一人です。

 つづく早坂文雄の管弦楽曲「讃頌祝典之楽」(1942) は、当時我が国のいろいろな作曲家により盛んに行なわれた、日本の雅楽をオーケストレーションする試みの、一つの典型的な見本と思われる作品。それゆえに同民族として共感しやすく分かりやすい作品です。この作品はあの大平洋戦争開戦の4か月後、「第1回管弦楽優秀作品発表会」において初演されたということです。

 さて、今回の6曲のうち最も注目されたのが信時潔の大曲・交声曲「海道東征」(1940)でしょう。私はこの曲が、現代の日本で再演されることは、まさかあるまいと思っていましたので、今はただただ「オーケストラ・ニッポニカ」のご努力に敬意を表したいと思います。
 この曲は、つい1年ほど前にローム・ミュージック・ファンデーションというところから刊行された「日本の洋楽」という5枚組のCDの中に初演当時の録音が収録されているのを、私は聴いたことがあります。今回の再演盤と聴き比べてみて、あらためていろいろな感想を持ちました。ロームの木下保盤は全体にテンポをゆったりと取り、いかにも時代を感じさせます。それに比べ今回の再演盤はテンポが生き生きとしており、その結果前者よりは曲の構成が分かりやすく、長大な全曲を退屈せずに聴く事ができました。
 「時代の香り」や独唱陣の充実を求めるならば旧盤、「分かりやすさ」「面白さ」を求めるならば新盤、というところでしょうか。
 by T.O.

 さて、おそらくコンサートのアンコールとして演奏されたのだと思いますが、CDの末尾に戦後の作品としてただ1曲、芥川也寸志赤穂浪士のテーマ (1963)が収録されています。私はこの演奏を聴き、懐かしさやその他もろもろの思いが胸に去来し、思わず涙してしまいました。ニッポニカの団員の方々もおそらく、生前の芥川氏のお人柄を慕い、そしてこの「赤穂浪士のテーマ 」が演奏したくて集まって来られたのではないか、とさえ私は思いました。

 それにしても、2枚のCDの収録時間を合計すると軽く2時間を超えます。これだけの曲目を1か月のうちに2回のコンサートで、アマチュア・オーケストラがやり遂げてしまったのです。コンサート実現までの御苦労は、おそらく並大抵ではなかったことでしょう。ある種の使命感が無ければ、とてもここまで出来るものではありません。
 わが国は欧米各国に比べ、自国の芸術家に対し極端に冷たい、と言われています。
「日本の管弦楽曲なんて、大したことないさ」と、もし言う人がいたとしたら、私はその人に対し、こう問いかけたいと思います。
「あなたは一体どれだけの日本の作品を聴いたうえで、そのようにおっしゃるのですか?」と。
 そう、現代に生きる私たちは、つい50年ほど前の自分の国の管弦楽曲のほとんどを聴く事さえ出来ないのです。これが「理不尽」でなくて何でしょうか。
今回の2枚のCDは、そうした理不尽から干天の慈雨のように、私たちを救い出してくれました。
願わくばこれがきっかとなり、不当に忘れ去られている数多くの作品たちがつぎつぎと再演されCD化されんことを、私は心より願ってやみません。

(文中敬称略)
                          (2003.6.19 岡崎隆)


  CDの問い合わせ先

MITTENWALD (ミッテンヴァルト) 
メール
TEL  TEL 03(5957)1512 FAX 03(5957)1513

 上記に連絡すれば、すぐにCDを送付してくれます。
 代金は商品到着後、郵便振替で送金。


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