お客様関係の企画展


2014年度分
昨年の、木村大作監督からからの年賀状です。
今月、「春を背負って」6月14日から公開が始まっています。
笹本稜平氏の原作は、NHKラジオで深夜に朗読放送され、それを機に3年前に読みましたが、
心にしみじみ、情感がしみ込む山を舞台にした作品です。
ご関心のおありに方はどうぞ。琴線に響く名作です。



 熊谷榧さんからのご案内です

第21回、"山岳画10人展"アルプスを描く*夏の上高地
<時>2014、7月19日(土)~8月28日(木)
<場所>湯元・上高地温泉ホテルギャラリー(ウエストンレリーフ徒歩2分)入場無料
<住所>長野県松本市安曇上高地4469-1
<電話>0263-95-2311(FAX)0263-95-2639
<出品者>熊谷榧、武井清、中村勝久、星島澤子、増田欣子。

<問い合わせ>052-712-0706夢企画大地


2013年度分
昨年は企画のご案内がありませんでした。
2012年度分
ー古くからの知人であり、山岳画で著名な熊谷榧さんからのご案内ですー
     
=第19回アルプスを描く=

”山岳画五人展” -併設・山の版画展ー

<時>2012、8月1日(水)~9月13日(木)
<場所>上高地温泉ホテルギャラリー(ウエストンレリーフ徒歩2分)
<住所>長野県松本市安曇上高地4469-1
<電話>0263-95-2311
<出品者>熊谷榧、武井清、中村勝久、星島沢子、増田欣子。

<問い合わせ>052-712-0706大地


常連のお客様、鴨居和徳さんからご案内のメールがありました。
久比岐ネイチャーフォトグラファーズ
”ネイチャーフォト写真展2012”
<時>        2012年6月22日(金)~24日(日)
<時間>      10時から17時まで、ただし、23日、24日は15時30分迄
<場所>      小川未明文学館・市民ギャラリー(高田図書館内)

<会場住所>   新潟県上越市本城町8-30、<電話>025-523-1083
<出品者>     須田清、水野泰一、炭田秀明、鴨居和徳、杉谷幸治、岩崎昇、
             石倉敏之
市村常夫の8氏
<問い合わせ>   上越市本町3丁目1-10、電話025-523-2475 石倉


東日本大震災支援チャリティ展
山岳写真展 我が撮っておきの 立山・剱岳展  PHOTO 高見源彰
                  
 <時>2012年7月5(木)~9(月)
<時間>9時00分~18時00分(7月5日は11時00ふん~)
<場所>富山県民会館、2階ギャラリーA

<後援>日本山岳写真協会、(社)富山県芸術文化協会、富山県美術連合会、
      富山県写真連盟、北日本新聞社


日本山岳写真協会展、関西支部展
我が撮っておきの立山・剱岳高見源彰写真展

  池の平小屋の常連で富山県在住の高見さんの写真展です
<時>2012年3月13日(火)~18日(日)、9時00分~17時00分(入場無料)
<場所>京都市美術館・本館
<特別出品>皇太子殿下
<ライブトーク>3月17日、14時~。 <同時開催>穂刈貞雄「槍をめぐりて」


第36回海月(くらげ)会展
<時> 2011年3月6日(火)~3月11日(日)、月曜日休館。

<時間> AM9時30分~PM6時00分、最終日、9時30からPM5時00分まで。

<会場> 名古屋市民ギャラリー栄8階、第8展示室。

<住所> 名古屋市中区役所、朝日生命共同ビル (電話)052-34-9682

油彩で、ここ15年ほど「日本百名山」に対峙しています、画家山口剛生さん(モンロー会員)の作品もゲスト出品されます。


森秀子絵画展  2展
<時> 2012年1月1日~2月29日、「タイの国を描く」・”かんぽの郷尾口”

     2012年1月1日~2月29日、「白山をを描く」・金沢市俵町、”ふれあい処・なごみ”

<連絡先>、金沢市玉鉾在住の森秀子さん(室堂のさる山宿でも常設展を行っています)。


2011年度分

 <管理人の知人で、昔一緒に山を登られた山岳画家の熊谷榧さんよりご案内を頂いています
       
  第18回アルプスを描く山岳画五人展
 <時> 2011年7月16日(土)~8月30日(火)
 <場所> 上高地温泉ホテルギャラリー
(〒390-1516 長野県松本市安曇上高地4469-1、
                            電話0263-95-2311)
 <出品者> 足立源一郎、星島澤子、武井清、中村勝久、熊谷榧
 <問い合わせ> 052-712-0706 携帯090-2132-4217・大地 



         
テントの会”峰”写真展 「素晴らしき自然」
 
常連の河口健さんからのご案内です
<時> 2011年3月16日(水)~3月21日(月)、
<開館時間>10時30分~18時30分(最終日16時終了)、火曜日定休、入場無料。
<会場>新宿センタービル
PENTAX SQUARE(JR新宿駅西口からがいいかも)
<出品者>
平塚貞治、名取俊一、渡邊誠、河口健
     フォトイマジネーションスペースーペンタックスフォーラムー



2010年度分

   富山県”立山博物館”平成22年度特別企画展
     企画展 「登嶽同道」 竹内鳳次郎・ヒサ夫妻の山
           家族登山の魁(さきがけ)・しかも女性で剱岳登頂第一号者!
 登山史の文献を収集している過程で知り合った岡田汪氏からのご案内です。
「竹内鳳次郎・ヒサ夫妻は、大正時代、家族登山という新時代の登山スタイルをいち早く実践して日本アルプスを歩き、ヒサは剱岳女性初登頂者としても知られています。その山旅のの様子は多数の写真に残されました。この企画展では、これらの写真を中心に関連資料を展示し、竹内夫妻の主要な山旅を紹介します」(案内状より)。なお、岡田氏は竹内御夫妻の甥にあたられる方です。
<会期>平成22年7月17日(土)~8月29日(日)、9時30~17時
<会場>富山県[立山博物館](中新川郡立山町芦峅寺93-1)電話076-481-1216
<観覧料など>一般200円、休館日7/20、26、8/2,9,23
  
登山史などにご関心のある方必見ですまた、家族登山て素敵ですよね


お客様や知人などの出版物コーナー(敬称略、順不同)   

書  名 著 者 出版社 発行年 単  価 備   
わが剱岳 畠山 高 東京出版社 1998年 2800円 著者は池の平に20年前から訪問
日本の山と渓谷・剱岳 畠山 高 山と渓谷社 2000年 1900円 今年は来るかな
黒部 志水哲也 山と渓谷社 2002年 3600円 黒部に魅せられて富山の人間に。
日本の幻の滝 志水哲也 山と渓谷社 2007年 3600円 写真も文書も達意
黒部物語 志水哲也 みすず書房 2004年 3150円 志水さんからは沢山の出版物
が小屋に寄贈されています
大いなる山大いなる谷 志水哲也 白山書房
果てしなき山稜 志水哲也 白山書房
黒部へ 志水哲也 白山書房
黒部幻の滝 志水哲也 ハート工房 2003年 1680円
黒部上の廊下と源流 志水哲也 ハート工房 1992年 1680円
黒部下の廊下 志水哲也 ハート工房 2004年 1680円
アルプス日記 阿部恒夫 日本山書の会 1992年 3300円 小屋倒壊時に親身に活躍
本は小屋にあり
あるむ雑記 阿部恒夫 もんたにゅ叢書 文筆家です
山がたり本がたり 安藤忠夫 私家本 2003年 小屋の看板を彫った方
奥美濃がたり 安藤忠夫 私家本 2002年 文章も製本も自分で
山とともに 安藤忠夫 私家本 中身も装丁も素晴らしい
創造のシンフォニー ベアンテ・ボーマン マナブック 2007年 1200円 スエーデン生まれ、チェロ奏者、
日本の山岳美を追う
凄い人
山  稜 飛田貞夫 オフィス史朗 2007年 私家本 池の平小屋のお客さん
寡黙で紳士です
寄贈されています
登山・スキー大好き 佐伯克美 TC出版プロジェクト 2006年 1800円 地元立山町の元教師ご主人
は写真家の佐伯郁夫さん
山岳巡礼 佐藤光雄 新ハイキング社 平15年 1600円 足で書いた、味ある一本です
アルプス一万尺の詩 金井一博 自家版 2005年 3200円 池の平小屋の棟梁です。
風光剱岳 高橋敬市 NATURナテューア 1996年 1530円 山に、魅せられて高知から
富山県人に
立山明媚 高橋敬市 NATURナテューア 1992年 1500円 峅寺でお茶と写真の
サロンを開いています
阿弥陀ケ原散策 高橋敬市 NATURナテューア 1998年 1500円 先日NHKの立山杉の番組に
でていましたね
大日燦燦 高橋敬市 NATURナテューア 2002年 1500円 室堂、立山、剱岳周辺はエリアです
立山花草木 高橋敬市 NATURナテューア 2000年 1500円
北陸の霊峰 高橋敬市共編 東京新聞出版 2004年 2800円
山口剛生作品集 山口剛生 自家版 1996年 私家本 15年前から日本百名山と
対峙。あと2山で達成
山稜黎明 柗本一男 自家版 2007年 私家本 写真集は品切れです
奥飛騨の鉱山 中田聡一郎 海拓舎 2001年 3800円 中田さんの写真は物質の
質量感の表現が素晴らしい
飛騨の砂守 中田聡一郎 河出書房出版 2004年 3500円 この撮影の時、熊に襲
われたそうです
越中の峠 橋本 廣 北日本新聞 1972年 越中の山の生き字引です
北越の山歩き 橋本 廣 桂書房 1992年 800円 管理人も資料収集で
一度大変お世話になりました。
山景画集 橋本 廣 桂書房 1994年 2940円 元教師で山屋の教え子
が沢山見えます
越中山河覚書1 橋本 廣 桂書房 2002年 2400円 富山の山河はこの本で。
橋本廣全集 橋本 廣 北日本新聞 2005年 13650円 重量感イッパイの本です。
垂直の記録 山野井泰史 山と渓谷社 2004年 1500円 一度講演会を伺った後のパー
ティで歓談、ツーショットも。掌の平の
あまりにも柔らかいのには驚きました。
実践山スキー 降籏義道 山と渓谷社 1987年 730円 が、二十歳のとき彼は
高校生、今は長野県の
山岳関係、ガイド関係の
重鎮、スキーも山も本物。
川の吐息海のため息 角幡唯介 桂書房 2006年 1575円 元朝日新聞富山支局に
K2からカイラスへ 熊谷 榧 白山書房 1998年 1900円 榧さんと歩くと、そのスケッチ
の早やさに驚き、首にはス
ケッチブックをぶら下げ、
休憩の2~3分で1枚あがり
晴れのち曇り曇りのち 熊谷 榧 皆美社 1970年 熊谷榧さんとは4回山行を共
にしました
山みちを一人で歩く 熊谷 榧 二見書房 1975年 私が夜勤明けで、延々と彼女の車の
助手席で登山口まで寝てい
ったことがありました
女ひとり氷河を滑る 熊谷 榧 鎌倉書房 1979年
ヒマラヤの山と人 熊谷 榧 鎌倉書房 1980年
スキーをはけば恐くない 熊谷 榧 朝日新聞社 1981年 好いタイトルですね
モリはモリ、カヤはカヤ 熊谷 榧 新日本出版社 1990年 モリは父の熊谷守一氏のことです
グリーンランドは旅人を離さない 熊谷 榧 白山書房 1993年
北海道の山を滑る 熊谷 榧 白山書房 1994年
アルプスの氷河を滑る 熊谷 榧 白山書房 1995年
写真集・剱岳 森下 恭 山と渓谷社 2009年 2500円 08年2度投宿それらを生かし
て編まれました。
著者より寄贈
天空の立山 森下 恭 みすず書房 2008年 4000円 昨年もおいで頂きました
今から始めるデジタル写真 畠山 高 山と渓谷社 2005年 1500円 デジタル時代到来、待っていた好著
四季の山 山岳写真同人四季 東京新聞出版局 2002年 2800円 素晴らしい写真集です
日本の山百景 山岳写真同人四季 東京新聞出版局 2004年 2800円 先日会員の方から寄贈されました
四季讃歌 山岳写真同人四季 東京新聞出版局 2007年 2800円 この本もご寄贈されています
剱・池の平讃 剱・池の平の会 剱・池の平の会 1993年 3000円 戦後初代の管理人の田中正雄
さんの死を悼み発行されたもの

池の平の歴史を記録する
星稜剱岳 中川達夫 橋本確文堂 2008年 1400円 富山在住の天文家。余すとこ
ろなく剱の夜間スケールを記録
する

星の好きな方には手放せない好著
黄色いテント 田淵行男 実業之日本社 1985年 3800円 日本の山岳写真の魁の一人、私も生
前2度お目にかかっている。この本の
中に、池の平小屋と田淵さんとの関
りが書かれていた
富山湾からの北アルプス 佐伯邦夫 ナカニシヤ出版 平成18年 1900円 富山を代表する岳人。著書も多い
山案内人
宇治長次郎
五十嶋一晃 桂書房 2009年 2000円 先日薬師岳登山の折太郎小屋で求
めた。
綿密な調査で引き込まれる。
 岳は日に五たび色がかわる 五十嶋一晃 2004年 高天が原にあった大東鉱山の調査の
おり太郎小屋の五十嶋博氏から頂いた。
誰かが行かねば、道はできねい 木村大作
金澤眞弥
キネマ旬報社 2009年 2400円 サブタイトル「木村大作と映画の映像」、
お客さまの野原氏より寄贈
夫婦登山ことはじめ 岡田汪 私家版 2004年 編者の岡田さんより寄贈。この本の内容が今夏、立山博物館で、企画展として開催されます。
山稜黎明 柗本一男 クリエイテブィブセンター 2005年 2.800円 お客さまの柗本氏よりの寄贈です。
山に集うーDKB山岳会のあゆみ DKB山岳会アルバム制作委員会 DKB山岳会 2010年 自家版 仙人温泉ボランティアの小野岳氏より寄贈
日本の屋根・長野県の鉱山と鉱石 市川雅夫
新毎書籍出版センター 平成22年7月 1.429円 お客さまの百瀬氏より寄贈
生きるために登ってきた・山と写真の半生記 志水哲也 みすず書房 2011年5月 2.500円 著者より寄贈



 管理人の呟き<1> 2007年の人と人とのシンフォニー
 管理人は42年前、白馬岳の村営小屋(猿倉山荘・頂上宿舎・天狗山荘・八方池山荘)で3年間働いた経験があるのですが、その後は39年間製鐵会社に真面目に勤務。定年後は、家でノンビリ晴耕雨読と予定していたら、とんだ神の差配で2006年秋より,池の平小屋の子守役となった。さて、昨年40年振りにひとシーズン小屋番をしての感想などを書いてみる。

① 池の平小屋ファン 
 どの山小屋にも常連さんが見えますが、池の平小屋にも熱狂的なファンがおりまして、昨年3回も登ってきた方がいました(富山の岳人2名・別々に)。また2回は、なんと岡山のお嬢さんと、大阪(1名)、愛知(6名)、静岡(1名)、栃木(1名)神奈川(1名)、東京(2名)、富山(1名)、茨城(2名)の15名の岳人でした。

長逗留 
 金と暇があれば、山ではゆっくりした方が最高ですが、昨年の長逗留王は5泊の方でした(東京1名)。次は、池の平小屋の生き字引的なお二人が(鹿児島1名。大阪1名・高校大学の同級生)4泊され、のんびりとアルプスの風を愉しんでゆかれました。冷蔵庫の無い小屋の管理人は、連泊のお客様には、頭を悩ますところですが、常連さんは管理人の実力を知っているので、「美味しい空気と酒があればいいよ」。管理人は眼にゴミを入れ、少しウルルンルン。

年齢を忘れて
 山はどこいっても中高年だらけと、嘆く人が多いですが、嘆いている当人も中高年世代、ここは年を忘れて愉しみたいものです。たしかに、昭和30~40年代は白馬岳でも20~30代が主流でした。昨年の池の平小屋の若手は中2(1名・女子)、中1(男子2名)で、最高齢は74歳の方で北方稜線を数人リーダーとして引っ張ってきましたした。ちなみに年齢構成をエイヤーと年代別に層別しますと概略、10代0.7%。20代5.2%。30代23.6%。40代33.9%。50代25.3%。60代10.6%。70代0.7%でした。
 
ちなみに、昨年嬉しいことに、池の平小屋で誕生日を迎えた方は4人いたが、そのうち3名は偶然にも還暦の誕生日だった。ワイン(ラッキにも、荷上げしたばかりの時)や電気を消してのキャンドルサービスならぬランプサービス。少しばかりの手料理でお祝いし、時間延長をして「人生とは?山とは」などと、脱還暦の心意気で語りあった。
本来、還暦祝いは、子供が親を尊崇しておこなうものらしいが、この晩は、お爺二人(62歳と67歳が「60歳は若い」とメートルを上げた。

男女比
 裏剱は、道が険しいためか、管理人の意に反して、男性の登山者が圧倒的に多い。男性の登山者72.8%。女性の登山者27.2%。
 ちなみに、仲良くご夫婦で見えた方が10組いた。が、1組、ご主人のエスコートが悪いと、私をハラハラさせたカップルがいた(いざとなると、本音をのたまう、女性は強い)。
 総じて、みなさま酸いも甘いも嗅ぎ取る熟年ぞろい、仲の好いこと羨ましい限りでした。この熟年パーティ、不思議なことに、女性陣のほうが圧倒的に健脚で、これが家庭円満の秘訣かと、妻から逃れ、北アルプスの山奥に逃避している管理人は、一人で慎ましやかに学んでいる次第です。
病を乗り越えて
 管理人も55歳の時、炎天下水分を取らずに走っていて、軽い脳梗塞を病んだのですが、昨年は50代の方2名(男性)、胃がんを克服して遠路頑張って池の平小屋に来てくれました。2名とも食が細り、そのためスタミナ切れになり、ふらふらする時があるといっていましたが、1名は白馬のガイドさんと北方稜線経由できました。また、もう一人の愛知の方は、病後、日が浅いのに、ヒマラヤ街道を歩いたり、黒四から1泊で往復する健脚と、気力に漲っていました。
 また、別の男性は、重度の糖尿病でしたが、強い意志と自己管理で、食後インシュリンを打ちながらも、北方稜線に一人で行き、無事馬場島に下りられました。皆様、お体大事にしてくださ

山屋の身長
 私は中学の時、身長162Cmでしたのに、いまは156Cmにダウンした。子供や、妻に「あまり重い荷を背負っているから、縮んだんだワ」と揶揄される。
 そのせいか大きい人には憧れ、つい大きい人を見ると「背、何センチ」と聞いてしまう。昨年は181Cmの山屋さんがふたり続いた。日本人の山屋はこんなもんかと決め付けていたら、9月末、映画「剱岳・点の記」の撮影隊(東映)がきた。ガイドさんに、これまた大きな人が控えめに入ってきた。「何センチ」「身長?、アッ186Cmです」かくしてかれはチャンピオンとなった。身体も心も、そして優しさも大きな人だった。

もろもろ
 ツァー山行流行りの昨今ですが、池の平小屋は例年関西の旅行社が1社。コースは北方稜線ですが、参加者のレベルに差が見られ、案内のガイドさんに同情してしまう。また、ガイド山行は7パーティ。すぐれたガイドさんと歩く山行は、また格別に楽しく、実り多いものと思う。
 話は変わるが、一昨年の宿泊者は静岡の登山者がダントッに多かった。だが、昨年は圧倒的に愛知県の方が多く驚いた。次に関東圏の方が(神奈川、東京、埼玉)続いた。遠くは、北海道と鹿児島の方が、剱岳の魅力を愉しんで行かれた。

向学心
 人は最後まで、賢く、美しく、元気でありたいと願うものですが、昨年、仕事をリタイヤ後も向学心に燃えている方(60代の方と70代)が見えました。お一人は学位をめざし、その課程への機会と論文に心をくだき、もう一方は長年の研究(橋梁構造)を論文に纏め中とのお便り。難しい数式と横文字だらけで、小生には猫に小判でしたが、酒ばかり呑んでいないで、斯くありたいと心底、凡人の管理人はかく思うのであります。

感動したことお客さんと作ったトイレ
 昨年は天候に恵まれ、お客さまに大きな事故や病人がでなかったことが最大の喜びでしたが、懸案はトイレ建設でした。2006年10月二つ玉低気圧の猛吹雪で簡易トイレが2ツとも小黒部谷に飛ぶという重大なハプニングがあった。
 その対応として、新規に基礎を打つ、半永久的な木造トイレを作ることを決断し、先輩の大工さん(わざわざ岩手から)と、資材等を調達した(昨年は、7月7日入山)。
 だがである、9名でヘリの飛来を待つも天候定まらず、大工さんも、モンロー会の助っ人も下山し、2人になった19日ヤット1便が来た。

目標は、8月12日の予約者の殺到日。コンクリートミキサーも重機も無い中での人手作業。遅々として進まない重労働の日々。
 それを見かねたお客さんが、沢山、たくさん手伝ってくれた。半日だけとか、下山を1日遅らしてくれた方(北海道)もいた、関東のモンロー会の仲間も、見かねて大勢で押しかけてくれた。完成するまでは、簡易トイレ1棟のみ。ついに8月12日、囲いが出来、2部屋が使えるようになった。夕食時だったが、思い切って、「トイレ使えるょうになりました」と報告すると、お客さんから拍手が鳴り響き、「万歳」の声もあがった。うれし涙が出た。ビールが美味しかった。最終的にすべてが終わったのは10月16日だった。

 トイレ建設協力者名(敬称略)を掲示し、謝意を表します。

① 菊池(釜石市、アトラス山岳会、唯一本物の棟梁)、②松岡(二戸市、アトラス山岳会、鍛冶屋さん)、③菊池(板橋区、棟梁の息子、2番手棟梁)、④岩永(東海市、管理人の後輩、鉄鋼マン、大工手元)、⑤松田(名古屋市、カメラマン、指物大工)、⑥寺島(福山市、元鉄鋼マン、基礎打ち)、⑦吉沢(東海市、ふわく山岳会、元鉄鋼マン、大工)、⑧出羽(知多市、元管理人の同僚、鉄鋼マン、大工)

、⑨山田(射水市、元新聞マン、大工)、⑩菊池(大府市、カメラマン、お茶係り)、⑪大場(町田市、蛍雪山岳同志会、基礎うち名人)、⑫亀谷(横浜市、蛍雪山岳同志会、実力は大棟梁)、⑬黒澤(札幌市、札幌ピオレ山の会、電動工具の名人)、⑭磯崎(御前崎市、カメラマン、材料調整、とても器用)、⑮冨岡(結城市、小泉総理にいじめられた男、池の平小屋の自称主、トタン張り)、⑯新保(古河市、カメラマン、指物師、とても仕事が丁寧)、⑰平林(名古屋市、マスコミ関係、大工)⑱高橋(町田市、若いとき池の平小屋でアルバイト、うるさい指揮者)

、⑲長谷川(川崎市、蛍雪山岳同志会、お茶係り)、⑳山本(岡崎市、電動工具の指導員、阿曽原小屋の従業員)、.(21)河口(町田市、カメラマン、手元)、(22)、鈴木(身箕面市、昔池の平小屋アルバイト、食事係り)、(23)加藤(横浜市、蛍雪山岳同志会、人事割り振り)、(24)木下(東久留米市、蛍雪山岳同志会、池の平小屋の名主、、人力ミキサー)。以上24名のほか、岩手のアトラス山岳会、関東の蛍雪山岳同志会、愛知の茜山岳会、そしてモンロー会に、ご協力感謝します。
また、隣の仙人ヒュッテの志鷹静代お母さんさんから、度々ご協力を頂ました。謝謝。

さらに

1) 昨年8月小学生のとき、岩岳山(静岡、2002年)、白馬岳(2004年)を案内した、子供たちが中学生となり、知多自然観察会の仲間と会いにやってきてくれた。その成長めざましく、大人を置いて走るように元気よくやってきた。嬉しくまた頼もしい、出会いだった。子供の成長を見ることはとても嬉しいことだった。

(2) 9月、京都に家があり、群馬に長いこと出張しているお父さんが、憧れの地だったという、池の平に大学生の次男坊とテントでやってきた。3連続雨で、気の毒だから、小屋で休んでいただいたが、息子さんのてらいとは別に、温厚なお父さんは、ただただ息子さんとのつかの間の生活を愉しむように、目尻を和らげていた。それを見ている私も、東京に住む息子に思いを馳せてしまった。何時になっても、親は子供が気がかり。

(3) 20年前に、結婚式を剱岳の頂上で挙げたという、大阪のご夫婦がテントでみえた。二人の元気のよい男の高校生を伴ってである。念願だった、子供を連れて、結婚記念登山を成し遂げ嬉しそうであった。お祝いにと、山菜の天ぷらとビール進呈した。お母さんは、剱岳登山に至る顛末を笑みを浮かべて語り、二人の息子の名前を教えてくれた。「長男は剱、次男は穂高です」。すると寡黙とおもえたお父さん、「二人とも高校の山岳部に入っているのですが、長男は部長です」と誇らしく紹介した。「大学の山岳部に入ったら、ここにも来るかもしれません」。山を愛し、家族を愛しそして信頼する。この家族に幸いあれと願わずには入られなかった。

同窓会 

 2006年10月7~8日は、二ッ玉低気圧に翻弄され、北アルプスは荒れに荒れた。この日、昼過ぎ、カッパを着て水場に点検に行くと、しきりに風が強くなり、霙に変わりつつあった。気温も急に降下して寒気を感じていた。
 この時、2パーティにすれ違がった。みな顔が青ざめ、風に煽られふらふら歩いていた。「あと5分です、そこを一廻りすれ小屋です。お風呂もありますから」。予約は2~3人だったので、新米の、にわか管理人(この年、管理人が急遽8月で山を降り、ボランテァでなんとか繋ぎ、私も7月の小屋明け、9月はじめ、そして3度目に2週間の年休を取って上がったばかりだった)は、この連休を乗り切れればと、願っていた。
 
 それがである、夕方6時を過ぎても、瀕死状の蒼ざめた顔で、ふらふらと、登山者が切れなかった。テント予定者も、幕営無理と感じ、3パーティ、8名も小屋に逃げ込んで来た。スリップして擦り傷を負った奥様もいた。そんな時、2棟あったトイレのうち1棟が小黒部谷側に倒れた。
 直前に利用したボランテァの女性は、「下から風が吹き上がり、トイレが浮きあがりゆれて、恐かった」。この時、池の平小屋に悲劇、暗雲が立ち込めていた。
 
その夜、酒を振舞ったが、降る雪と風の音で全員落ちつかないようすだった。煽るように、県警の遭対無線はからは、剣沢での遭難者の救助にあたる、隊員の声が、お客さんの心を弱くさせた。洩れたことの無い梁からは、強風のため霙が染みだし、窓は雪とも霙ともつかぬ白い澱みの、滑り台となり、外の寒気を如実に表していた。
 翌朝も、荒天だった。気になって、もう1棟のトイレを見に行くと、唖然、”ブルータスお前もか”だった。しっかり固定していた、頼みの1棟も東の斜面に倒れていた。

 お客さんは、ストーブを囲み無言。「男の方は、小便だけ、小屋の前でしてください」、「だめだ、風が強く、しぶきが顔にかかってくる」。「じゃ、裏の池のほうでお願いします」。
 「女性は、おしっこだけ、内風呂でお願いします」、「・・無言・・」。
「傘が壊れ向こうに行けない」。「向こうも風が巻いて顔に掛かってくる」。「じぁ、男性も、小便だけ内風呂でお願いします」。「内風呂にゆくまで、足が濡れ、冷たい」、「そこの長靴使ってください」。「傘も使ってください」。「エッ、傘4本とも壊れました、そうですか、ではそのカッパ使ってください」。
 
お客さんの顔は、だんだん青黒くなり、顔色が悪くなってくる(管理人の顔色は無くなってくる)。いろいろ、ジョークをとばし、食べ物を出すも、皆さん無言で耐えるばかりだった。
 そこで、神戸の大地震のときの対応を思い出し、内風呂に、セメント練り用の、通称”ふね”いわれる箱を置き、ブロックを両脇に敷き、”ふね”をビニール袋で包み覆った。簡易トイレの考案だった。
 
昼に、完成したのだったが、それからは皆さんゆったりした気持ちで、その夜は、全員が打ち解けあい、酒も弾み、歌も飛び出し、和気あいあい、同志のように、連帯感が漲っていた。
 嬉しいことに、夜半には小康状態になり、早朝には真っ白な池の平山の上に、満ちた月が煌々あたり一帯をてらしていた。
 池の平一帯は、不思議な静寂に包まれていた。
 八ッ峰は素敵な笑みをみせていた。異様に白馬岳が大量の遭難者を悼むように、まっさらな蓮華の花を咲かせていた。

 二晩の苦行を忘れたように、お客さんは、レンズの中に思い出を閉じ込めようと、シャッター音を、心の五線譜に刻んでいた。

 昨年、厳しい二夜を過ごした、同志が、懐かしそうな顔をして、連帯の笑みを見せに、3名がやってきた。一番若かった、岡山の女性は夏、北俣を登り、秋には仲間5名と2度やってきた。関東の若い男性はそのときの大判の写真を担いで、にこにこ笑みを浮かべやってきた。昨年のように、少しはにかみながらだった。
 茨城の常連のオジサンも、夏と秋訪れ、池の平の素晴らしさを切り取って帰った。
「出会いと連帯」、下界では使われなくなった言葉が、池の平小屋で新鮮に響く。

今年は今年は
 昨年は、素敵な出会いがたくさんありました。
今年も、皆様との愉しい出会いを、楽しみにしております。
今年は、地元富山の岳人達が困っている時は、「お手伝しますよ」と、いうことになり、当面食糧の運搬、ボッカをしてくれることになりました(万歳)。みんな、怪物で凄い山屋さんですよ。
最後に、皆さまの山行が安全で稔り多いものであることを、お祈りいたします。

小屋番一同