<目次>
1、北方稜線を歩かれる登山者のみなさまへ
2、富山県警察山岳警備隊よりのアドバイス、「池ノ平小屋周辺での安全登山のために」
3、鉱山道への取り付について
4、池ノ平小屋起点、北方稜線通過者調査
5、平成25年立山・剣岳方面山岳遭難白書『試練と憧れ』より
6、北方稜線山行記録(平成11年8月、女性3名による山行)

1、北方稜線を歩かれる登山者のみなさまへ

北方稜線というネーミングの響きがよいのでしょうか。それともガイドブック等でビジァル的に簡単に紹介しているためでしょうか、最近安易に北方稜線を目指す登山者が増えています。
 
 その反面、登山者の皆様にはあまり知られていませんが、このコースでの事故も増加の傾向にあります。2006年、2008年、2011年と3件の死亡事故が起きています。また、剣岳から来た方でスリップ、滑落、落石に遭われ負傷した方は、2012は2件、2007年はあわや死亡事故繫がる事故が2件、軽傷が1件発生しています(池ノ平小屋から剱岳に向った方の詳細は不明です)。
2008年と2011年の事故は、池ノ平小屋と小窓雪渓間の鉱山道で発生しています。小屋から40分ほどの距離のところです。鉱山道は年々崩壊がすすみ通過が厳しくなっています。小屋の者も高齢化して道の点検も厳しくなりつつある現状です(なれた私共でも最近は恐怖を感じるほど荒れてきています)。鉱山道の通過は2名以上でのスタカット・アンザイレンが必要です。そのため単独行をさけ、複数で安全確保に努めてください。
 
 さらに2012年は、北方稜線周辺で事故の多いシーズンとなりました。
 ①8月中旬、馬場島から大窓方向を目指した登山者が行方不明。山岳警備隊の懸命の捜索の結果、シェルンドに落ちている遺体を発見。
 
②9月はじめ、お泊りの客様が三ノ窓往復の予定が小窓でシェルンドに落ち、山岳警備隊の4時間に渡る救助作業の結果、足の骨折があり、意識混濁の重傷(低体温症)でありましたが救助されました。2週間後本人からのお電話では、回復も早く、お元気そうでした。
  
③さらに、9月末、馬場島から大窓経由のコースで予約のあった登山者が、行方不明。10日近くにわたる山岳警備隊の必死の捜索にも関わらず、遺体は見つからず、10月8日捜査は
打ち切られました。この事故では16名の山岳警備隊の方が池ノ平小屋をベースとし三ノ窓、小窓尾根、大窓、中仙人谷、小黒部谷上部周辺を捜索された。また同様な数の隊員が、大窓周辺、赤谷山周辺、小黒部谷一帯を捜索されました。

 ④事故は続き、10月11日の営業終了日に1名、行方不明に。営業終了後の12日、山岳警備隊の隊員3名宿泊。12日から13日までの捜索行程は、剱御前~北俣(前日一人通過の目撃ありのため)~池の平小屋(泊り)~北方稜線~剱岳~剱御前。積雪ありの厳しい中隊員の方は向かわれましたが、発見はされませんでした。

 
 
どうか、登山者の皆さんこのコースを甘く見ないで万全の準備、対応をして入山をして頂きたいと思います。
 さらにお願いしたいのは、事故が発生した時のことも考慮して単独行は避けて欲しいと願っています。
 また、グループで入山されるさいには、このコースに通暁した、なれたベテランの方と入山されれば、より安全が確保されると思います。
 霧でコースを見失い、3日間も、小窓でビバークされた方も過去にみえます。そのいみでは、最近、とみにガイド山行が増えて入ることは、事故回避のうえで、ひとつの方向性を示唆するものと思います。
 
 このコースでは、ほとんど携帯電話が通じません(三の窓で、なんとか通じる可能性が強い)ので、無線機の携帯は事故発生時に強い味方になるでしょう。
 尚、このルートにつきましては、池の平小屋はよく把握していませんので、問い合わせは「山岳警備隊」にお願いします。
 どんな時でも、強い意志と、懸命な判断で、事故、遭難を回避をしてください。


池の平ノート中の”98年9月15日の東京の松田さんの記録を参考にしてください。霧の為小窓雪渓を彷徨した様子が書かれています。

2、富山県山岳警備隊よりのアドバイス

この文章は、北方稜線登山者が増え、それとともに事故が増加していることを憂い、
20136月に、池の平小屋から登山者の安全確保のためには山小屋は、
登山者にどのように対応したらよいかとの質問に対して、富山県警察山岳警備隊よりのアドバイスです。

―「池の平小屋周辺での安全登山のために」、富山県警察山岳警備隊・上市警察署―

1、 ルートに関する考え方、池の平小屋周辺の登山道について

(1)    阿曽原温泉、仙人温泉~池の平小屋(ただし雲切新道)

(2)    剣沢、二股~池の平小屋(ただし仙人新道)

上記の登山道以外は、すべて高度な登山経験、能力が必要なバリエーションルートである。

2、 池の平小屋周辺山域の特性

(1)    最寄りの交通機関からの距離が長い。

交通機関のある室堂、黒部ダム、欅平からの距離が長く、山行には宿泊が必要となり、山行日数が多くなる。

(2)    登山道であっても険しい箇所が多い

雲切新道、仙人新道といったいわゆるノーマルルートでも、滑落危険個所等が通常の登山道よりも多くみられる。

(3)    携帯電話は基本的に通じない

電波の不感地帯がほとんどであり、通信手段の確保が困難である。

以上の理由から緊急時の対応には非常に時間がかかることが多い。

3、 指導をお願いしたいこと

(1)    単独登山者について

単独登山者については、トレース経験のないものは勿論、経験者であっても安易に登山を勧めない。緊急対応時の観点から、単独行者には出来るだけ登山自粛を求める。

(2)    パーティにたいして

複数人のパーティについても、複数だから即ち安全という事には成り得ない。大前提として、トレース経験があり、確かな技術の持ったリーダーがパーティ内にいる必要がある(技術、経験のあるガイドやルートに精通した者等)。

(3)    装備に関して

以下の装備は、バリエーション登山では必須と考えられる。

, 登攀装備

ロープ、ハーネス、ピッケル、アイゼン、ヘルメット、等

*これらの用具を使いこなせる技量が必要

イ, 緊急時対応

テント(ツエルト)、ガスストーブ、救急セット、非常食、等

エ, 通信手段

携帯電話、アマチュア無線、等

(1)    電話での問い合わせについて

電話越しにその人物の登山能力を推し量る事は困難である。電話で問い合わせる登山者のほとんどは、そのルートを安全にトレースできる実力を備えておらず、いわゆる『お墨付け』を求めているものが多い。(この手の問い合わせが多く小屋の者を困らせているが、小屋としては①自分でもっと調べて下さい。②あなたの実力が分からないのでお答えできません。③私たちは、ルートを熟知していないので山岳警備隊に聞いて下さい。などと答えています)。

(2)    登山者に伝えてほしい事

ア、常に『自分のことは自分でやる』という心構えが必要である。ほとんどのルートが何となく踏み跡が付いている程度で判断が難しく迷いやすい。

特に濃霧時には全く分からなくなってしまう上に携帯電話も不感地帯である。このことから2日分の予備食やビバーク装備を携帯して行くなど、何事も自分たちで処理、対処する能力が不可欠である。

特に剣岳周辺のバリエーションルートは全国的に見ても第一級のものである。山岳雑誌で等で紹介される事も近年多くなってきているが、安易な心構えで取り付くことが絶対にないように教示していただきたい。

イ、登山届の提出

登山届の提出を徹底させていただきたい。最低限家族には、行動予定、同行者、宿泊先、エスケープルート等、詳細に作成したものを渡しておいて欲しい(昨年、北方稜線登山者に聞き取りしたら9割以上が提出済み)。

1、 小屋へのお願い

(1)    遭対無線の常時開局と、傍受できる場所への設置(無線機は固定とハンディの2台常設で、小屋の者はハンディを携帯して外の仕事にあたる)

(2)    ヘリーポートとなるテント場の整備(幕営者の使用した石の片付け)

(3)    宿泊者名簿の確実な作成(保健所も毎夏の査察の際チェックする)


3、鉱山道への取り付き点について

* 剣沢小屋や剣山荘を起点に剣岳に登り、北方稜線経由で池ノ平方面をめざしますと、小窓に着くのはどうしても昼すぎになります。昼すぎになりますと地勢的に霧がわいてきます。そうすると鉱山道への取り付き点が岩とガレの混在した場所なので分りにくく、小窓雪渓上をウロウロするはめとなり、時間切れで小窓のコールでビバークとなるかたが多いです。昨年は8パーティほどがビバークをされたようです(小窓には緊急用の幕営地有、水は右岸の急なガレ場に出ていることがありますが、期待できませんし危険です)。古くから、鉱山道への取り付き点の目印として、右岸から滝の音がするので、滝の音が聞こえたら対岸に注意とあります。

 *そのアドバイスが継続して伝えられているためか、登山者のみなさんは小窓雪渓の右岸側(八ツ峰側)近くを歩く傾向があります。これもルートを探せない要因になっています。滝のあるところ(仮にチンネの大滝と命名)は、鉱山道の取り付き点より約100メートルほど下になります(その下には巨大な滝が現れ、8月に入ると通行不能です)。また、八ツ峰側には毎年大きなクレバスやシェルンドが口を開ける傾向があります。そのような危険を回避するには、小窓雪渓の真ん中より左岸(池ノ平山)側を歩き、大きな褐色気味の大岩が現れたら少し回り込みますと、大岩の下部や、鉱山道の登り口近くにペンキでマーキングしたものが見えると思います。鉱山道の登り口から小窓までは登りで40~50分の位置です。また、むりやり、小窓雪渓からガレ場を鉱山道方向に攀じ登り怪我をされた方も2~3名いました。それでも、霧が濃く分らないときは小窓でビバークされるのが賢明です。
 
 *無理して池ノ平山に登り、夜中の1時、2時に着いた方もいますが、このルートも暗い時は特に厳しいので無理をしないようにされたらよいと思います。池ノ平山登攀の要点は、登り時は、精神的に圧迫感を感じても、左側に落ち込んだ急な岩場に添って登ってください。けっして右側の草付の方に惑わされ、逃げて入ってはいけません。戻れなくなります。ここで落ちて負傷をされた方も何人かいます。

*季節、残雪の量に依りますが、鉱山道の取り付き点が分かったら、急なガレ場を10mほど登ります。左右の岩、石は緩んでいますので特に7月に通過される方は注意してください。登ればテラス状の明るい場所で一服に好いでしょう。天気が良ければ下の写真のように小窓雪渓が良く見え、足元下には鉱山稼業時に使っていた大形の圧力容器(タンプ)が転がっていることでしよう。また、左手の岩壁には大きな坑口が見えます。そこからは100m近くガラ場のトラバースになります。雪が残っている時には要注意です(8月はじめまで)。そこから大きな大岩の下がえぐられたルンゼ状の所を登ります。ここからは、ツルツルのスラブ状のテラスのトラバース、さらに一抱えする岩を抱いてヘツリ、などが続くので、休憩後にはまた、ザイルをつけて確保し合った方が良いでしよう。少し安心するような平地で樹林の中を数メートル歩くと、小沢を廻り込む、道幅10㌢どの草付のトラバースがあります。長さは10㍍程度、高さはおおよそ90㍍の急崖です。景色が良い所ですが、真剣に足元に注意して歩いてください。この場所で貴重な生命がお二人落としています。この後は、岩壁に刻まれた(鉱山稼業時に作られた)階段状の道を慎重に登れば、展望台との分岐に出ます。ここまでくれば、小屋までほぼ平坦な道を20~30分です。ただし、8月第1週すぎまでは鉱山沢(仮称)には残雪が残っていますので、状況によりましては高巻となります。注意して渡ってください。

写真は2012年9月26日撮影。


4、*池の平小屋起点・北方稜線通過者調査(2013.6.28 
1.宿泊者の部>

男性通過者

女性通過者

トータル通過者

男性の平均年齢

女性の平均年齢

北方稜線者率

2012

131

49

180

54.2

53.8

40.7%

2011

87

42

129

55.2

53.6

34.9%

2010

109

61

170

55.4

54.3

41.5%

2009

95

28

123

56.6

50.2

34.2%

2008

34.6%

2007

34.7%

2、幕営者の部>

年号

男性通過者

女性通過者

トータル通過者

男性の平均年齢

女性の平均年齢

幕営者総数

北方稜線率

備考

2012

46

14

60

46.6

50.7

236

25.4%

2011

55

13

68

46.2

45.5

230

29.6

2010

29

4

33

44.6

39.8

151

21.9

2009

271

2008

179

2007

152

5『試練と憧れ』平成25年、立山・剣岳方面山岳遭難白書より

年度

平成

16

17

18

19

20

21

22

23

24

遭難件数

61

73

81

81

94

88

79

79

75

遭難者数

65

79

85

95

120

93

99

86

84

死亡

7

6

4

9

7

10

7

15

9

行方不明

1

2

1

2

2

2

重傷

19

27

19

23

24

24

22

18

18

軽傷

22

16

27

19

20

17

18

25

16

病気

11

18

29

23

30

26

26

17

23

無事救出

5

12

4

20

39

14

26

9

16

資料1、遭難者の年代別構成比(平成24年、立山、剣岳周辺)

10歳未満、1%10歳代、8%。20歳代6%。30歳代4%。40歳代、8%。50歳代17%。60歳代25%。70歳代20%。80歳代1%。

資料2、男女別、遭難者数(平成24年、立山、剣岳周辺)

男性54名。女性29名。

資料3、遭難態様別発生数

病気25名。転落16名。転倒16名。道迷い12名。滑落5名。落石2名。疲労2名。不明其の他6名。

資料4、場所別遭難発生状況平成24年、立山、剣岳周辺)

登山道52名。山小屋・テント14名。沢・谷・川6名。斜面・山腹4名。雪渓・雪上4名。稜線1名。ガレ場1名。其の他2名。

資料5、原因別遭難発生状況平成24年、立山、剣岳周辺)

スリップ18名。地理不案内12名。バランス崩し11名。高山病8名。心疾患5名。浮石落石5名。日・熱者病2名。凍傷2名。躓き1名。体力不足1名不明、其の他20名。

6、北方稜線山行記録(平成11年8月、女性3名による山行) 北方稜線を歩く方参考にしてください

*この文章は、平成11年に宿泊され、その後北方稜線に向かわれた女性3名による山行記録で、その方たちから送られてきた「岩稜の剣岳一帯横断」という長文を少し圧縮したものです。
なおこの報告書は前の小屋番が頂いたもので、著作権やプライバシーの懸念がありますが、連絡の取りようがないので、名前は苗字だけ使わせて頂きました。
心当たりの方はご連絡くださればありがたいです。池ノ平小屋管理人。


                              タイトル『岩稜の剣岳一帯横断』 文、武田さん

 内蔵助谷から剣沢雪渓にはいり、裏剣の小窓雪渓から北方稜線を縦走し、本峰剣岳を登頂、早月尾根を下る。剣岳の東面、中央一帯、西面の岩壁の姿に真近に迫る、
醍醐味のある横断コースを行ってきました。
 この計画に賛同し、挑戦してくれた仲間には大きく感謝している。「ありがとう!友よ、岩壁よ」今も心に喜びの余韻が波打つ。
今夏、第一弾の槍ヶ岳北鎌尾根に続き、第二弾の剣岳横断も無事成功することが出来合掌する。以下、挑戦ドラマを語ります。

日時、平成11年8月20日~8月22日
メンバー、井戸、中村、武田

1日目、晴れ時々曇り、一時小雨
ロッジクロヨン4;55-内蔵助谷出会い6:55-ハシゴ段乗越12:00-剣沢二俣」14:30-仙人峠16:50-池ノ平小屋17:20

<前略>仙人新道を登る。雲の切れ間に、西から八ツ峰・チンネ・三ノ窓・小窓の王の豪壮な岩峰群が歓迎してくれるように、顔を出す。素晴らしい!
絶景!明日はチンネのお膝元に行けれる~。あと30分も左へ行けば本日の拠点、池ノ平小屋である。着くこと17時20分。一日の行程終了だ。
夕刻になるとガス雲が消えかけ、小屋からの八ツ峰・チンネの岩峰群が、夕暮れに一際美しく絵画になり、眼前に聳えている。裏剣の岩峰群に酔い痴れる。
登山者は、私たちのほか単独男性3人。小屋番は優しいお兄さん一人(新井さん)で、静かな山らしい風情が漂っている。夕食前に最高の入浴を「どうぞ」と勧められる。
小屋横にある五右衛門風呂は、一面八ツ峰・後立方向が開放され、絶景を眺めながらの湯が堪能できる。温泉マダムたち・・・秘境の温泉密着収録・・・?
パチリ、パチリ・・・人生に悦びを感じる・・・。

夕食料理も天下一品、季節のアザミの天麩羅レシピ、最高に美味しい。早速にお兄さんを食卓に囲み明日の情報を訊く。
要所は「小窓を過ぎてからの第二ルンゼの上部の雪渓トラバース。
トップがステップを切って渡り、後続はザイルで確保してもらい渡る。雪渓をトラバースしなければ、雪渓の無くなる上部まで側面を登り稜線直下をトラバースする。この二通りである。
ここを過ぎ登り切れば、小窓の肩に着き、あとは踏み跡を外さなければ北方稜線に入り岩稜を長次郎谷側にとればいい」。

ルートファイティングを誤ると先日も小窓の王頂上で女性の叫び声がして緊急連絡、ヘリで救助された。また、今夏、男性一人は小窓から滑落遭難死亡した。聞いている内に突如、
中村ちゃんが「私のレベルではやめておく、私は欅平へ下ります」と言いだした。彼女は、小屋から欅平へのコースを昨年行っているので単独でも問題ないが、別行動は相応しくないな~。
其の後、姉御さんも考えてか「命が惜しいからやめておこうかな」と意見を発した。
二人が退却とあれば私も同意となる。私は動揺もなくなく言った「二人が行かなければ中止とするが、行くだけ行ってみてはどうだろうか。難しかったら戻って来れば良い、行程上、要所のトラバース

地点は4分の1進んだ所であるから、池ノ平小屋まで十分に戻れる。小窓雪渓を登行し、小窓領域を楽しみ、また池ノ平小屋で泊まって、欅平に下りても良いのではないかな」
地図も読んでいたので、全く難しいとは思えない。岩も3級以下、戻って来ても良いから挑戦する方向へ誘いかける。私は二人の判断を待った。私以外はピッケルでなく、ストックで
あったから不安だったこともあろう。でもピッケルは1本あれば十分と言われた。私は待つ間、小屋の新井兄さん(現役クライマー)とチンネ左稜線の登攀、小屋から見る池ノ平山
の岩壁の話に弾んでいた。その後、姉御さんは行く方向に、中村ちゃんは変わらない結論で一夜を迎えた。

2日目、晴れのち曇り小雨
池ノ平小屋5:00-池ノ平乗越6:00-小窓雪渓6:30-小窓7:25-第1ルンゼ9:00-第2ルンゼ9:40-小窓の肩10:25-三ノ窓11:00-池の谷乗越12:00-
池の谷乗越の頭12:25ー長次郎の頭基部13:25-長次郎のコル13:50-剣岳14:25~14:40-早月尾根分岐14:48-早月小屋18:00

 午前4時半起床、出発の身支度をし始めると、中村ちゃんが気分一転したように「私も行きます、お願いします」と元気に言う。「ヨシ!三人で行こう。難しかったら、戻って
来れば良いから、楽に行こう」北方稜線に向かうのは、私たちだけである。小屋のお兄さんに三羽烏の旅立ちの記念を撮ってもらい、「行ってきます」と手を振る。「昨夜はありがとう」

 池の平山の山腹を巻いて、ゆったりの出発である。小窓雪渓への取り付き点には、下降用フィックスロープがあり、ザイルを出さなくてもいい。対岸には地図通りの滝が見える。
ここからは緩い傾斜の小窓雪渓を1時間登高する。草原の小窓に7時25分に着く。小窓の王が勇ましくそそり立ち、迫り寄ってきた。小窓から小窓の肩までは、登り、トラバース、
登とルンゼを三つ越して行く。灌木の道を進むと最初はチョックストーンの小ルンゼを登る。視界の利く這松と岩の入り乱れる山腹を登り、第1ルンゼをトラバース通過、標高を上げる途中、
岩のトラバースもある。

アンダーホールドで通過。いよいよ難所の第2ルンゼに来た。ルンゼの雪渓の幅6~7mくらいだが、急傾斜で両脇シュルンドもあり、滑落すれば危ない。ザイルを出して操作しているより、
上部へ登った方が安全、早いのではないかと判断し合う。側面の登り、トラバース地点を見つける。私は雪渓上部の岩をトラバースした。二人は岩の上の稜線直下の這松を利用しトラバースした。
無事通過、中村ちゃんは嬉しさのあまり握手をもとめた。戻る言葉は既に失せていた。第2ルンゼを越え、もう一つの尾根を横切り登り詰めると小窓の王の肩に10時25分に着く。
頭上に偉大な小窓の王の岩壁が聳える。王と言われる岩壁だけある。小屋から眺めた王とは数倍立派さが違う、偉大なる岩の王様である、絶句してしまう。

西からは小窓尾根が肩に連なり、小窓尾根と剣尾根の間に底知れぬ急な池の谷(イケヌタニ)が落ち込んでいる。『小窓の王』寄り難い、険しい周りの景観を印象づけられた。
生涯忘れぬ岩壁となろう。肩から南正面には急傾斜のザレザレの長大なルンゼが尾根間に見えている。「まさか、あれは池の谷のガリー?」「とても登れそうにないザレの急傾斜、
まさかだろう」と言う。ここからは岩稜の世界が続く。

 さあ、今日の4分の1は成功したぞと、皆笑みが溢れる反面、闘志を燃やさんばかりの形相に変ってきた。王の南壁もクライマーのグレード高いアブミ登攀の岩壁である、見るからに
前傾斜が強く悪相を呈している。登攀する支点をいくつか眺め、南壁の基部を添うように下って登り返すと三の窓に11時着く。三の窓の東は三の窓雪渓が長大に降りている。
三の窓はクライマーの幕営地が豊富にあるが、今日は幕営されていない。三の窓を挟んで北に小窓の王南壁、南にチンネと強烈に目に飛び込む。チンネの手前にはジャンダルムが、
使番のように立っている。絶大なる岩壁群だ。このジャンダルムを左に巻いて行けば、クライマーに人気のチンネ左稜線(高さ450m・15ピッチ4級下)の取付である。
ここだけは絶対にいつか登攀と思っている。内心、密かにその偵察もあったのだ。心の中でニンマリ・・・夢のような目標ができた。

 さて、ここからは北方稜線コースの右に進み、王の肩で見たまさかの池の谷ガリーを1時間登る。岩の墓場であるズルズル、ガレガレの動きが嫌らしいガリーである。
南アの鋸岳の角兵衞沢を思い出す。途中、反対方向から降りて来た2人パーティーに会う。「よくこんな所を登ってみえますね」と驚かれたように言われた。兎に角、少しでも
足場の良い所を探し進む。ガリーを登り切ると池の谷乗越に12時に着く。この辺りでクライマーのコールがこだましている。池の谷乗越の先は2~3級の岩場が立ち構えている。
エネルギーを補給し、ノーザイルで数十メートル各自登攀する。岩がしっかりしてホールドも十分あるので心配がない。北鎌の岩とは比べにならないほど岩質が良い。

数分で登攀し終え、池の谷尾根の頭に着く。今日も午後からガスが出始め、八ツ峰、剣岳方面の視界が悪くなってきた。長次郎雪渓は見えるが熊の岩まで見えない。踏み跡を
辿り、ルートファイティングして稜線の長次郎側を行く。前に大きなピークがぼんやり現れた。長次郎の頭と判断する。さあ、この頭のルートをどう登ろうか。
姉御さんが「左下にフィックスロープがあるがここを降りますか」と訊く。「そうだね」と7~8m下降し、バンドをトラバースし、3m登って降りると、頭を終了した。先に進むと次は、
長次郎のコルに着き、なお小ピークを2つほど越えると本峰に到着、14時25分。

 「本当によくやったね!」「武田ちゃん、神様みたい」と冗談を飛ばしてくれる。それ程に北方稜線の成功が皆感激だった。三人で手を握り締めあう。山頂には二人組がみえた
だけでひっそりしていた。祠をバックに記念写真を撮ってもらう。ガスの中で展望はゼロであっても、午前の小窓の王・チンネが瞼に焼きつき満悦していた。あとは、今日の拠点
早月小屋まで下山するだけである。小屋へ行く一般ルートの早月尾根は、急傾斜でカニのハサミ・獅子頭があり、まだまだ気を抜いてはならない、ガスの露で鎖も濡れ、
滑りやすい状態にある。難所を過ぎても足場の悪い登山道で小屋が遠く感じる。ペースが遅れ小屋に着くこと18時であった。

小屋のテラスで寛ぐ多くの登山者の方々に「ご苦労様」と出迎えられ嬉しかった。今日の行程成功終了だ。中村ちゃんが精神的にも疲労してか高山病の症状がでていた。
でも本当に頑張ってくれた。皆、ご苦労様ありがとう。その夜、私は感激と興奮が醒めなかった。小窓の王・チンエの勇姿が目に映り、いつまでも彷徨っていた。明日、天気が
良ければ小屋からの小窓の王様たちの岩壁を眺めてお別れできるのだが・・・天気を願い眠る。

3日目、山間部は小雨下界は晴れ。
早月小屋7:05-馬場島10:20

 5時起床、朝食を済ませのんびりした朝を迎える。今日は下山だけである。天気の願いは虚しく小雨降る。残念ながら小窓の王は見えず。天気が良いと、早月小屋から
の裏剣岩峰群の展望も絶景なのになあ~。「また来よう。ありがとう剣岳山群の岩壁のみなさん」。寂しさを押え、ゆっくり小屋を出発する。中村ちゃんはすっかり回復して
元気満々。今日は快調ペースで三羽烏、予定通り馬場島に下山した。