看板親父の池ノ平看板物語

 

 


 

願いを込めて・手作りの看板    

 

* 旧、池ノ平小屋は、平成3年(1991)年倒壊した。旧小屋には前管理人は2度訪れ、また平成2年から、倒壊した小屋の片付けや再建の手助けをしてきたが、旧小屋の看板がどうだったのかは記憶にないし、痕跡もなかった。

*現在の小屋は平成6年(1994)9月下旬に完成し、営業は翌年の平成7年7月からで、高知大山岳部出身の新井さんが管理人となり菊池と入山した。この年の夏、管理人の知人で日本山書の会員で教員の安藤忠夫さんが、ひと夏、新井さんのお手伝いをされ、翌年も何日か滞在された。

*そのようななか、前々管理人の新井さん、安藤さん、それにオーナの米澤さんと現管理人がそれぞれ盃を傾けている時に話題になったのが小屋の貌(かお)でもある看板でした。

*太郎小屋や剣沢小屋、阿曽原温泉小屋の看板が羨ましく語られました。そこで平成2年倒壊しかかった池の平小屋でご一緒した、日大教授の池田先生に白羽の矢をあてた。先生とは不思議なご縁で、池の平小屋でも3度ばかりご一緒した。先生からのお便りは、巻紙に麗筆で、墨痕鮮やかな字が漲っていた。池田先生しか考えられなかった。

”池田先生、志鷹新生・静代夫妻、菊池(平成2)” 

 ”書体の候補は3通りありました



 

*書体をオーナと決め、刻んでくれる約束になっていた、安藤さん宅(愛知県)に届けると、
岐阜の知人を煩わして入手したという、栃の木の銘木2枚を見せていただいた(平成8年)。

完成した池の平小屋の看板と、縦横2枚を刻まれた安藤さん(平成9年)”

*この時のことを、安藤さんは、”仲間との山・池の平小屋”の題で文章にしています。
「コン、コン、カン、カーン。早春このかた、わずかな暇を惜しんで彫刻刀とノミをつかい看板づくりに励んでいる。
長寸1.6メートル、幅0.8メートル、厚さ6センチのトチ板2枚は、
夏山シーズンの荷上げのヘリコプターが飛ぶ日に間に合わせなければならない。中、後略。
 『山がたり本がたり』(著者・安藤忠夫、家蔵本、2003年3月刊)。池の平小屋に置いています。



”さて、ヘリで空輸したデッカイ看板どこにおこうか”

モンロー会の岩永さん、小野さん、右はカメラマンの河口さん”  ” しげしげ見とれる山岳写真の河口さん

そして、今では”

登山者のみなさまがお帰りの時は、看板の前で「ハイ、チーズ」とニッコリ笑みを湛えるのです。

 


 

陶製看板登場


さて、平成24年もうひとつ、池の平小屋に名物看板ができました。陶板製の看板です。

*昨年11月アイデァがひらめき、池の平小屋のお土産を制作していただいている、常滑焼の窯元の片岡さんの工房へ。片岡さんは山屋で奥さんも山が好き。二つ返事でOKといってくれました。
また、書はモンロー会員で池の平小屋にも行ったことのある、プロの画家・山口剛生さんにお願いしました。
*さらに、昨年12月10日、モンロー会、愛知地域と富山地域の合同の望年会が私宅で開催されました(20名余参加)。そして翌11日、富山の仲間を拝み倒し陶土で看板作り。みっちり、6名で、3時間汗をながしました。その作品、私宅に先日の5月24日に納入されました。

”サイズは縦19センチ、横31センチ、厚みは1センチで結構な重量です”

 


 

*個展開催中でお忙しいなか、訪問したら、さっさっと、手元の紙に”池の平小屋”と揮毫。
画家、山口さんの書も有名で揮毫の依頼も時々あるようです。
山口さんは、平成7年に池の平訪問以来、キャンピングカーで日本行脚。
油絵で日本百名山に挑戦中で、あと一山で完成とか。頑張れ山口さん!。

”個展会場での山口さん”

 

 


さらに種々立て看板

*池の平小屋のボランテァ組織”モンロー会”には、小屋明け隊、忙しい時の応援隊、それに小屋締め隊の3隊があります。小屋明けは、主に愛知グループと富山の若手。小屋締めは、関東グループの方が頑張っています。

その関東グループのなかに”亀谷さん”という、本職は自動車マンですが、大工と絵の上手な方がいます。以下、彼の手作りの看板を紹介します(次はなにを作るのかな)。

 

 

仙人新道を登った、仙人峠手前の分岐点にあります。
あと小屋まで30分の処です。
モンロー会のKさんの作品です。
池の平山の頂きに、昨年(2011年)取り付けられました。
この看板を手に記念撮影を。
2点とも、手掘りのうえ彩色されてなかなかの作品ですヨ。
これも、横浜のKさんの力作です。


また、不調法な看板親爺の書きなぐりのこのようなものも設置されています”笑わないでネ。

ここから小屋が望めます。あと20分。  小屋の水場であと10分弱。   鉱山道にある沢に設置。
展望台と小窓への分岐点にある。   小窓のコールに設置。  
 

 


 

お風呂のフタにも

 

お風呂のフタの裏側には、「賦・池の平賛」と称して
山岳招来 酔客無尽 草木騒然  鳥獣随喜 池の平湯
管理人が酔っ払って詠んだ戯れ句が落書されています。
薪で沸かす、五右衛門風呂ですので煤(すす)で見えなくなりつつありますが・・・。
(池の平小屋は、トヨタの”かんばん方式”でないので、材料や資材がマッチングしなくて・・・トホホ)
                       

 


 

病膏肓にいる(やまいこうこうにいる)

ではありませんが、看板親爺の看板好き、ネーミング好きはもう半病人状態、
寝室である、蚕(かいこ)棚にまで名前を付けてしまいました。
 1峰”鶯の間”、2峰”郭公(カッコウ)調べの間”、3峰”招・不如帰(ホトトギス)の間”、4峰”聴・筒鳥(ツツドリ)の間”、5峰”瞑想の間”、6峰”睡夢の間”、7峰”爆睡の間”、8峰”酔夢の間”、9峰”深閑の間”、10峰”静寂の間”、11峰”案内人の間”、12峰”点の記の間”、13峰”行者の間”(以上1階)
 21峰”望・小黒部の間”、22峰”望・大窓の間”、23峰”望・坊主山の間”、24峰”オコジョの間”、25峰”詩人の間”、26峰”岳望の間”、27峰”望・チンネの間”、28峰”望・モンローの間”、29峰”ナナカマドの間”、(以上2階)
 30峰”草紙樺(ソウシ・岳樺の別称)の間”、31峰”雷鳥の間”、32峰”星鴉の間”、33峰”熊鷹の間”、34峰”笑顔の間”、(混んだ時に使用する、寝具置き場スペース)
 と、ここまで書けば、読者のみなさんは、あきれて、看板親爺をやはり「病人、変人」とおっしゃるでしょうか。

”看板に偽りあり”との格言もありますが
「偽りのない、池の平小屋の看板談義はおあとが宜しいようで、神風で看板が飛んでしまわないうちに、
この辺で実もフタもない看板を卸すことにしましょう」では、では。dewa
(*^_^*)(*^_^*)(*^_^*)(看板娘です)