haruharu Page

-----no.5301---2011/12/11---
--2011/12月11日朝
やっと、文章を書く。
11日夜、もう深夜だ、。
福祉大へ行く。
浅尾拓也の幕、有り。
中日ドラゴンズにそんな投手がいた。
但、日本福祉大学出身は、始めてしる。
そんな事、余り関係無い。
-------------------
校内は、晩秋が綺麗である。
掃除に経費を使う。
それが、校風に合っていると思う。 そんな事も、ここでは余り関係ない。
教室は、一〇五に変更とか。
卒論・・・という文字が見える。
そんな時期だ。
扨、本題、。次回は、有松行きだとて、今回は「有松絞り」の古文。
天明四年。つまり、1784年。
内容は、図の通り。
と言っても、小さくて読めないだろう。
そこが、有料の講座の所以である。
但、読み下し文は、何とか読めそう。
つまり、組合===株ができそうな時である。
それを代々継ぐ。
そこへ、座以外から、密業者がありそうだ。
「絞染支配所」が出来たらしい。
「証文文」だ。
署名、印は三名だ。
個々は苗字が無い。何故。
一応、お上に提出したのだろう。
----------------
火事の話もある。萱葺から、瓦葺の図がある。
儲かるものらしい。
鳴海と有松の関係。鳴海は尾張で、有松は知多らしい。
その他、多く、疑問もでてくる。
個々から、私の想像だが、俺には、
鳴海は「商」で、有松は「職、工」とおもえる。
其処を、質問すれば、良かったのに。
又、一月に、何とかなる。その時聞こう。

2011年12月へ