haruharu Page

-----no.6152------2012、02月18日(土、午後)
この頁は特に意味は無い。
歴史の会に出たら、この大府の民話が出てきて、
ホーム頁も見つかったと言うだけ。
以下だ。
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※ 吉田地区に伝わる話です。
平景清の話は、古くから芝居やうたに取り上げられ、全国に広まりました。
そのため、景清伝説は各地に伝えられています。
吉田の伝説では、景清は七社神社(半月町)の北の
「芦沢の井」の辺りに住み、ここで亡くなったとされています。
村人たちは景清を弔うために常福寺(半月町)を建て、
千手観世音菩薩を本尊としたといわれています。
(出典:『おおぶの民話』(大府市教育委員会・刊)より)
大府のココ
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少しだけ感想を述べたい。民話に過ぎないと言うことだ。
誰かが流れて来て、「景清」と名乗った。その人は、貴族の風だった。貴人を村人は敬った。
此れは、東浦の藤江辺にもある。同様と思う。真贋を調べる必要がない。この方が重要と考える。
つまり、匿っても文句がでない程、上から縛られない。
又、利用する価値も無い。重要人物なら、価値がでるが、其も無意味。
どことなく貴族ポイので、「食わせてやる」、其のぐらいなら、村にも余裕がある。
見方、考え方の問題だが、実に良い時代と言える。
税金を払わなくても良い時代が日本の在る時期有つたのだろう。南北朝の辺でないか???、

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