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-----no.7390-----2012、05月13日(日、09時)------

まとめた。
と言いながら、まとまらない。
此処、三回目か四回目になる。
それでもまとまらない。
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天気が良い。
こんな時こそ、頭がスッキリ。
村木取手の戦い。
信長
織田信光 (?〜1555) 尾張那古屋城主、信秀の弟。虎千代。孫三郎。
水野信元
此の三人を考えたい。
松平元康(家康)、今川義元は今回考えない。
この時の信長と信光の力関係だ。
信長が村木神社、信光が後廻間。
この標高差は、歩いて、20メータと感じた。
今は道路で、向こうとこちら。
距離は150から200。
この距離で、何人が居たか。
本陣だ、何だと言っても、
本来「城攻め」だから、馬防柵何か作らない。
村木取手は「守り」が主題だから、野戦は無い。
「取手」を落とすか、否かが問題だから、
「信長は初めて鉄砲」
は、
「鉄炮取りかえ__、放させられ、
上総ノ介殿御下知
なさるる間、我も我も・・」
で、
「ごくろう、ごくろうと声」は、
「感涙を流させられ」が
原文と成る。
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現在、「村木取手」の
平面図は、解説出来る。
高さは、想像してもらう。
(今回、土場から見た、
良い経験だ。)
「言わずもがな」だが、
攻め手、信長側である。
その高さ、叔父、甥の力関係を想像しよう。
六年後の「桶狭間」とは信長の力評価は大分違うと考えたい。
一言で言うと「信長は、経験を積んだ」だ。 つまり、「頭でっかち」で無い。

序ながら、
全くつまらん感想を書く。
「扇風機」だ。 夏が来る時、捨てる物か。 夏の終りに捨てるもののようにも思う。

その他、学校の校舎の位置や、二宮尊徳の除幕の噂も聞いた。
電話 03・・・の人は来たのかい?・・

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