haruharu Page

-----no.7851 <<-----2012、06月20日(水、20時)----------
休んだ12日(火)高木先生の講習。
この辺が一番面白い所だ。
三英傑は殆ど知っているので、
タイトルが少し情けない。
信長の事、家康のことは有名だし、
劇でも繰り返し見ている。
飽きるほどだ。
但、信長親の信秀は葬式が出てくるぐらい。
家康の父より、家康の祖父清康の方が有名か。
子孫の活躍で影が薄いが、そこが、今関心事で、
今回はそこがあったようだ。
例えば、村木砦だが、
信長は兵隊に近い、
「感涙」は兵隊だから言える。
大将なら、少し死んでも気にしない。
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最初の地図も面白い。
織田は尾張に古くからいた様に思ってしまうが、
信秀程度は勝幡辺から東に出てくる。
そこはもお今川が居たりする。
松平も清康辺で南に出てきて、織田、今川と向き合う様になる。
講義はどうか知らないが、資料では水野が余り無い。
知多を治める位で、これらと戦闘は始まるのは、此の後と言う感じ。
ここだは、今川が東の北条、北の武田の関係が書かれていない。
その辺の時間経過がじゅうようである。
講義に出て居ないので、そのへんが分からんが、
資料は面白い物が多いと思う。
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信長が、上総の介だが、正統の世継ぎと言うより、
弾正の忠家を「奪った」の意見だったと思う。
資料からはそう採れた。

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