-----no.10189----2013年01月10日(木曜、8時20分、朝 )------

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そろそろ、締め切り・・会期g終わると気にしていた。
古事記展・・というか・・大須展。
出かけた。
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10時21分。歩いて家を出る。
巽ヶ丘駅は、急行が遮断機の向こうで走っていった。
つまり乗り遅れ・・と言っても、時刻表は駅で見て分かる。
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普通電車でも、太田川の眺めが楽しめる。
全車一般車の特急というのも、始めて。
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地下鉄を出ると小さな神社が有る。
此処・・桜山。
懐かしさも少し。
地下鉄内で、余裕があれば、少し歩こうか・・とも考えた。
だって、ふるさとだ。
桜山中学卒業なのだ。
少し離れているが、御器所と桜山の間に、恵方町が有る。
あそこからなら中学も近い。
此処桜山はそれほどでも無いが、恵方町なんか50年歩いていない。
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博物館も久しぶり。歩道にこの街の昔の写真がある。
高校時代はこの道をバスで3年間通った。
風景はそれなりに覚えているし、途中下車はそれ程でも無いが、
俺のふるさとはと言えば、新瑞橋から、今池の間と言える。
一度歩いてみたい・・変わっただろうが。
50年前が出てくるかも。
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扨、本題。
入場は11時50分、出て、二階を見に行った《のが15時40分。
つまり、四時間見てた。が写真は無い。
展示物を写真を撮る様な無作法はしない。
だが、図録を購入している。だから、内容はそれを読みながら話たい。
大須の唐草模様ハンカチも買ったし、その他冊子もある。
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展示の見方は、列を嫌う。後ろに並びができると、その人の後ろに着く。
又ハすいているとこを見て、戻る。
そうしていると四時間掛かる。
又、少し、古文書をかじっているので、読もうとする。
七〇〇年前の文章でも読める。
百年前の庄屋のものより読める。
日本語は最近変わったが(明治以後)、
200年前と、七〇〇年前は変わらない。
逆に、七百年残る文はそれだけ丁寧な字だ。
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質問を2、3回していた。
大須の地吊だ。
尾張国中島郡・・と尾張国大須荘とも有る。
又、。。合・・という字が、ある。
文の書き出しに有り、サインが書き出しにあるのもある。
これらは始めの頃していた。
それでは進まない、
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最後でこの古事記が、なぜ最古か、を聞いていた。
写者の吊前と年28歳が紙継の間から出てきた。でその年が分かる。
江戸時代、寛政年間の話の様だ。
第2に古いのは200年下るという。
大須真福寺の古事記は最古というのは、高校時代から知っていた。
それをやっと見た。50年の思いと言っていい。
ただ、現物は、普通の古さと思えた。
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疲れの中、2階も見た。
信長之花押もみた。複製だがそれでもいい。私レベルだが。
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帰りも吊鉄駅巽ヶ丘から歩いた。寒かった。4時52分。 当然、母校桜山中学校は見てない。

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