内科医からみたパーキンソン病に対する脳深部刺激療法 
                                          本町クリニック・服部達哉

 一般の疾患で内科医が手術を勧めるのは、

  @手術で完治する場合、
  A状態が改善する場合、
  B延命が見込める場合です。

 パーキンソン病の手術は、Aの状態を改善させる目的で行います。
パーキンソン病を完治させる手術法はまだ開発されておらず、寿命は健常者と変わらなくなって
来ているので延命を目的とするものでもありません。
 こういうと、治るわけでもない、寿命が延びるわけでもないのだったら手術してもしょうがないじゃないか
という方が(患者側だけでなく、医療側にもこうおっしゃる人が)います。

現在では平均寿命が延び、50-60才台で発病しても30-20年はこの病気と共に歩むことになります。
手術を受けることによって良い状態を保つことができることには十分価値があります。

私達はパーキンソン病患者さんが、手術後に奇跡が起きたとおっしゃる程良くなるところをたくさん見てきており、
外科治療の効果のすばらしさをたくさん体験しています。ただ残念ながらごくまれにあまり良くなかったケースも
あります。
『白い巨塔』というテレビドラマがありましたが、3000人の命を救っても、一人の患者さんが不幸な結果に終われば
医師としての生命をたたれかねないのがこの世界です。
腕の良し悪しといいますが、結果がよければ良い医師ですが、悪ければそれが1/2の確率で起きる医師でも
1/3000で起きる医師でもその患者さんから見て悪い医師になります。

 訴訟というと遠い世界のように感じられるかもしれませんが、私は深部刺激療法後に医療訴訟となった
ケースの意見書を書いたことがあります。パーキンソン病に外科治療を行う場合、あくまで状態を
良くする療法ですから、ドラマの中の癌治療と違い、状態の良し悪しには主観が入りますので、
確実な効果と絶対に近い安全性が求められます。熟練した上手な医師が手術が行えなくなったら、
その間救える患者さんが救えなくなってしまいます。そうした不幸な事態が起こらないように術前に
よく検討して話し合う必要があります。

 手術が安全にできるのはどのような方でしょうか。まず、パーキンソン病の薬が良く効くことが原則です。
薬が効かない方は、パーキンソン病以外の病気が隠れている場合があり、残念ながら手術をしても
良くならない場合が多いようです。訴訟になったケースは元々の状態があまり良くない場合でした。
あまり状態が悪いと術後に縫合不全(傷口が塞がらない)を起こすこともあります。手術はできるだけ
良い状態で受けた方が良い結果が得られます。
目安は、良い時がヤールの重症度分類で3度(姿勢保持の障害がみられるが一人での生活が可能な方)
でしょうか。

また、いろいろな治療を試したけれど、どれも満足いかないという方もあまり結果は良くありません。
少しでも悪いところ残っているとそこに目がいってしまい良くなった部分に満足いかなくなるタイプの方は、
不満が出てしまいます。

 手術を勧める方で最も多いのは、薬は良く効くけれども副作用のため増やせない方です。
特にジスキネジアという不随意運動が強い場合です。視床下核や淡蒼球などの深部刺激療法や
視床の破壊術はパーキンソン病の症状改善効果がありますし、ジスキネジアを抑える効果があります。
また、吐き気や腹痛などの消化器症状のためドパミン系に作用する薬が使えなかった場合にも
手術がよい場合があります。ただ、副作用が幻覚の場合は躊躇します。
頻度は多くないとはいえ、脳の手術が精神症状に影響する危険があるためです。

 薬で良い症状を保てている場合はあまり手術を勧めません。
例外は日常生活の動作に不自由がないのに、ふるえを抑えるため薬がたくさん必要となるという場合です。
ふるえには視床の破壊術や深部刺激療法が良く効きます。ただ最近のドパミンアゴニストは
ふるえによく効きますので、ふるえを理由に手術を勧めるケースはあまりなくなってきました。

 深部刺激療法は、両側の手術が安全に可能であること、破壊を行わないので問題があったら
電極を抜いてしまえば障害を殆ど残さないという安全性が大きく最近では主流となっています。
ただ破壊術は、電極がないので煩わしさがないという利便性があり、(十分に安全性が見込めれば)
QOL(生活の質)が良い治療法です。
深部刺激療法は、約5年ごとに電池交換のための小手術をうけねばならない点が、若い人には不便です。

パーキンソン病は、手術で全て解決するわけではありませんが、薬と上手に組み合わせることにより、
QOLを劇的に改善することができる場合があります。破壊術の場合は、術後に何も調整がありませんので、
たとえ東京で手術を受けても抜糸がすんだら通院しなくてもよかったのですが、深部刺激療法は術後に
いろいろ刺激の場所や強さを変える微調整が必要となるので、何度か通院が必要となります。
私達も遠方で深部刺激療法を受けるよう勧めるのはためらいがありました。
最近は名古屋でも深部刺激療法が可能となってきました。治療の選択肢が増え患者さんにとって
福音になることと喜んでおります。

全国パーキンソン病友の会会報 愛知県版14号掲載