プロローグ 「走れ〜!!!」 (言われなくても分かってるって!) ドシュッ・・・ 鈍い音が響いてくる。とてつもない物が近づいているのが分かる。 走った所で逃げ切れるかどうかは分からない。ただ、今の自分は走ることしかできないのだ。 (もうちょっと広い所に出れば何とか・・・) 走ることは嫌いではない。だからといって走り続けることができるわけではない。 (広い所・・・、広い所・・・) 思いつく限りではくだらない場所しか思いつかない。 第一、建物の中で広い所なんて数がしれてる。ここは早く建物から逃げ出すべきだ。 (にげるって言ったって逃げ場所がそもそもないじゃん・・・) 絶望。 だが、どちらにしろ建物から逃げるのが先決だ。 得体の知れない物は広い所に出てからノンビリと退治すればいい。 ドシュッ・・・ (こんなにも走っているのに・・・) 瞬発力なら誰にも負けない自信があった。 だが持久力では人並み以下だ。自覚している。 (こんな事なら、走り込みしておけば良かった・・・) もう遅い。だが全てが手遅れというわけではない。 逃げ切れれば、あるいは広い所に出られれば彼女は得体の知れない物を倒せる自信があった。 今は、走る。心臓が止まろうが、足が千切れようが走る。走らなければ未来はない。 建物を、出た。 「女が一人逃げた。そちらは任せる。俺は逃げた女を[アスベル]としとめる。」 念話を切る。長話は無用だ。今は彼女を始末することが最優先だ。 だからといって、一人では仕留めには行かない。女といえども用心が必要だ。 アスベルがいれば、少なくとも彼女の両手両足を塞げる。 あとはアスベルもろとも消し飛ばしてしまえばいい。 (・・・残ったもう一人が気になるが・・・) スピードを上げる。常人ではみることのできない早さに・・・ (うまく逃げたかしら・・・?) どうでもいい。きっと彼女は無事だ。分かる。 彼女の腕を一番よく知っているのは自分だ。 (それよりも問題は・・・) 目の前に立ちはだかる黒スーツの男。ただ者じゃない。見ただけで分かる。 きっと彼らに話し合いは通用しない。それに彼女を追っていったあの怪物も気になる。 早くこの場をすまさなければならない。 「・・・」 黒スーツの顔が、歪む。 笑っているのだ。この状況で。 彼は間違いなく何かを知った。自分にとってよろしくないことを。 「[春夏]は・・・死ぬ」 (何を言い出すかと思えば・・・) 今度はこちらが笑う番だった。さすがにこの状況で声を上げて笑うことはできなかったが、自然と顔がほころんできた。 「彼女は死なないよ。あんな怪物ぐらいじゃ殺せない。私ぐらいの力量がなければね、彼女は殺せないの!」 事実だった。彼女と対等に渡り合える者は自分ぐらいだ。 「[アスベル]だけならな。だが彼女の元にはアスベルだけではない。[レギオン]も向かっている。」 全てが逆転した。 もはやこいつと笑っている場合ではない。 [レギオン]が現れた時点で、一刻も早く増援に向かわなくてはならない。 (そもそも・・・こいつらと[レギオン]がつながっていたなんて・・・) 考えることも、もうやめた。 息を短く吐き、黒スーツとの間合いを一瞬で詰める。 まずは右の拳。黒スーツは体を大して動かすことなくそれを避けた。 ここまでは予定通りだ。何の問題もない。次からが、本当の戦いだ。 黒スーツの攻撃はたいしたことはない。私なら余裕で勝てる。 みぞおちに拳をたたき込みながら彼女は半歩下がる。 半歩下がることによって、相手の攻撃をかわしやすくなる。 相手が放った拳を、体勢を低くして避け、体を起こす力も利用して黒スーツの下腹部に先ほどとは比べ者にならない威力の拳をたたき込む。 黒スーツは血反吐を吐きながら3メートルほど吹き飛び、絶命した。 自分でも馬鹿げてるとしか思えない馬鹿力。 (彼女を・・・春夏を助けなきゃ・・・このままじゃ・・・) 休む間もなく、彼女は走り出した。同時に行く手に怪物が立ちふさがる。 (うっとおしい・・・) 構える。 「一瞬で殺してあげるから安心しなさい」 彼女が踏み込むと同時に、怪物は咆吼をあげた。 (死んだか・・・) 哀れな同胞の死の余韻を味わっている場合ではない。 今は彼女を仕留めることが先決なのだ。 組織最強の男、[レギオン] 彼はただ無表情で、春夏を追っていた。 (次回に続く)