泌尿器科情報局 N Pro

症例023

解説

転倒後に寝たきりとなり褥瘡ができてしまった高齢女性が、膀胱内の異常を指摘されて来院しました。

何が起こっているのでしょう。まずは寝たきりとなった原因を考えてみましょう。転倒して歩行困難となっています。その状態のまま3か月たち褥瘡の治療のために往診が始まりました。褥瘡ができたことからわかるように排尿はおむつ失禁での管理です。さて、この患者さんは寝たきりになるしか道はなかったのでしょうか。歩けない状態のまま放置されると、高齢者ではすぐに廃用症候群を来たすため、いくら待っても回復は期待できません。寝たきりとなった後すぐに適切な医療介入を行っていれば、もしかすると寝たきりは防げたかもしれません。もともといつ寝たきりとなってもおかしくないほど全身状態が悪化していた患者さんであれば、寝たきりとなったことは避けられないのかもしれませんが、少なくとも褥瘡はできなかったでしょう。家族は食事とおむつ交換はしていたわけですので、悪意があったわけではありませんが、知識の無いことが残念な結果をもたらしてしまいました。寝たきり、おむつ失禁、褥瘡とそろっていることを考えれば、認知機能が保たれている可能性はかなり低く、やはりこの患者さんでも認知症がありました。

排尿状態はどうだったのでしょう。寝たきり、おむつ失禁の状態です。多くの場合、患者さんは排尿をしようとして排尿をしているわけではなく、失禁反射による失禁だけで尿を排出しています。この状態の排尿は不完全となる場合があり残尿が出現することがあります。

失禁性排尿のみで維持されている場合に、膀胱がどのような状態になっていくのかを考えてみましょう。失禁の出現のしやすさや、尿道括約筋の強さ、膀胱容量、腹圧、体位、など様々な条件が重なって、どの程度の1回の失禁量と残尿量があるかは、患者さんごとに違います。

元気であった頃、つまり排尿をしようとして排尿していた頃に正常な排尿ができていたのであれば、下部尿路をつかさどる排尿反射の障害はほとんどなかったはずです。失禁性の排尿のみとなってしまった原因が、脊髄疾患の様な神経因性膀胱の原因となる疾患でなければ、蓄尿機能や失禁反射に関しては多くの場合維持されています。排尿をしようとしないという高次機能障害のような形で失禁を来しています。

もし適度な膀胱容量で失禁反射が起こり1回の失禁で正常の量の排尿がある場合には、尿路の問題をきたすことはありません。また失禁反射が亢進し、少ない膀胱容量で失禁反射が起こる場合、残尿は増加せず膀胱は小さくなります。この場合もそれほど尿路の問題を起こすことはありません。

しかし排尿反射を維持しようとしないために排尿反射の途中で反射が減弱してしまうと、失禁反射で1回に失禁する尿量は徐々に減少してゆき、残尿量は増加してゆきます。いずれ1回の失禁量はごくわずかとなり、すぐにまた膀胱に尿が充満して再度失禁反射が起こるようになります。その状態で失禁反射の起こる膀胱容量が増大すると、残尿はさらに増加し、この状態はあたかも溢流性尿失禁のような排尿状態になります。私はこの状態を、溢流性尿失禁に近い切迫性尿失禁と呼んでいます。蓄尿機能が保たれていることが多いため、膀胱内圧は多くの場合低圧で、腎機能障害をきたすことはあまりありません。感染が無い場合には安定した状態で維持されることもあり、スクリーニングで発見される患者さんなどでは介入をするべきか迷うことがあります。しかし残尿が極度に増加してくると、多くの場合感染が制御できなくなり有熱性尿路感染症を来すか出血性膀胱炎となります。

この患者さんの場合、膀胱内に浮遊物が極端に貯留しており残尿の存在が疑われます。しかし残尿はあっても膀胱容量は増大していません。いずれ感染が悪化する恐れはありますが、今のところは無症候です。よって、現時点では間欠導尿や尿道カテーテル留置は必ずしも必要なく、予防的に行うかどうかを考えるということになります。往診医が入って介護環境を整えていく途中ですので、ひとまずは予防的処置までは行わず、往診医へ情報提供するだけにとどめておくこととしました。介護環境が整ってトイレ誘導などが可能であれば、それによって患者さんの排尿しようとする意志が回復するかもしれません。まずは、寝かせきりの予防のためにも、排尿誘導を試みてもらうことをおすすめしておきました。また、どの程度の効果があるのかはわかりませんがウラピジルの処方もおこないました。