泌尿器科情報局 N Pro

症例040

解説

抗コリン剤を2剤併用していても、尿失禁があるとのことで、紹介がありました。自分でパッドを交換でき、認知機能の低下は重度ではなさそうです。重度の認知症の患者さんでは尿失禁は必発ですので、治療を開始することは少ないかもしれません。この患者さんを現在診療している医師は、治療薬は以前からの処方を継続しているだけで、薬剤を開始した経緯は把握していませんでした。

経過
認知症のある患者さんに抗コリン剤を開始するとかえって状態が悪くなることがありますが、尿排出障害の悪化や、尿意の減弱などがその原因として考えられます。この患者さんの場合、残尿はそれほどありませんので、尿意の減弱が影響した可能性を疑いました。もともと加齢および認知症のために尿意減弱があり、薬剤による抗コリン作用のためにさらに尿意減弱し、尿意切迫感の無い排尿筋過活動によって尿失禁を来しているという予測です。
そこで、イミダフェナシンおよびソリフェナシンを中止し、ミラベグロンを開始しました。その後、尿意を訴えることができるようになり、尿失禁なくトイレで排尿が可能となりました。

認知症患者では、尿意を尿意と理解できないために排尿を意図することができず、トイレに行かなくなるために尿失禁となっていることがあります。そのような場合、適切な時間で介護者が排尿を誘導することで尿失禁が消失することがあります。トイレに行くことや、トイレで排尿することを忘れてしまうのを、介護者が思い出させてあげることで、トイレで排尿するという、ADL(日常生活動作)を維持することが可能となります。

認知症では様々な感覚が減弱するといわれています。感覚は感じていてもそれを理解する機能が低下していることもありますし、実際に感覚自体も低下しているのかもしれません。認知症の方では痛みを感じにくくなっていますし、痛みは感じていても痛いと言わず単に不機嫌になったりします。食事をとったばかりなのに、すぐに食事はまだかと聞いてくるのは、空腹感が低下しているためなのかもしれません。
痛みと同様に、認知症患者さんでは尿意も減弱している可能性があります。今回の症例では、抗コリン剤をミラベグロンへ変更することで尿意が回復しており、抗コリン剤による尿意の消失が尿失禁の原因であった可能性があります。

これは私の考えですが、認知症に限らず尿意の減弱が過活動膀胱の発生に関与している可能性があるかもしれないと考えています。過活動膀胱の病態生理は今もって不明ですが、脳梗塞等での過活動膀胱の発生には、排尿反射の抑制系の減弱が関与していると言われています。尿意は抑制系を賦活させるので、尿意の減弱は抑制系の減弱を引き起こし、過活動膀胱の原因になり得ると考えています。
尿意が無いときに排尿を我慢することは、一般的な行動ではありませんが、意識的に行うことで過活動膀胱が改善する可能性があるかもしれません。骨盤低筋体操が過活動膀胱を改善するのは、このような原理が働いているのかもしれません。