藝大キャンパスコンサートを聴いて    岡崎隆



 天気予報では最高気温が36度にも達する伝えられていた7月27日、東京藝術大学奏楽堂で「〜戦後70年 夢を奪われた音楽生徒〜東京音楽学校の本科作曲部一年で出陣した二人の作品演奏会」と題されたコンサートが開催されました。
当日は猛暑にも関わらず鬼頭恭一さんご親族4名、そして鬼頭さんと同期の村野弘二さんのご親族3名をはじめ、多くの皆さんが奏楽堂に駆け付けました。
 
 コンサートではまず、鬼頭さんがビルマで戦死した従兄・佐藤正宏さんに捧げた「鎮魂歌 (レクイエム)」が奏されました。
ピュアで澄み切った和音が奏された瞬間、70年の間封印されて来た作曲家の思いが、まるで解き放たれたかのように母校の一角に響きわたりました。続く2曲の「アレグレット」は、つい2週間前、鬼頭さんと親しかった方のご自宅から発見されたばかりの作品です。限られた日数にも拘わらず上演を決定して下さった藝大事務局、そして諸先生方には、どれだけ御礼申し上げても足りません。
「イ短調」はピアノのための作品ですが、何度も繰り返される毅然とした主題が印象的で、中間部に現れる優雅なワルツからは、鬼頭さんの西洋音楽に対する憧れが感じられます。「ハ長調」は独奏楽器の指定がなく、今回はヴァイオリンで演奏していただきました。独奏をつとめられた音楽学部長の澤先生は「緊迫した戦時中に作曲されたとは思えない、穏やかで美しい旋律に打たれました」と感想を語って下さいました。

 最後に演奏されたのは鬼頭さんと同期の村野弘二さんの歌劇「白狐」の中のアリアでした。
実は毎日新聞から取材を受けるまで、私は村野さんのお名前を存じ上げていませんでした。その後フェイスブックでご親族が情報の公開を進めておられるものを拝見し、また毎日新聞が戦後70年を記念した「千の証言」で3回にわたり村野さんを取り上げていた記事を見てはいましたが、その音楽を実際に聴くのは今回が初めてでした。ロマンティックな後期ロマン派からラヴェル・ドビュッシーらフランス音楽のエッセンスまで感じさせられる音楽に、「これが本当に出征を目前にした人が書いた作品だろうか」と驚きました。
村野さんは終戦時フィリピンで取り残され、絶望的な状況の中で自決されたといいます。鬼頭さんのご親族が「ご自身で命を断たれるとは・・・もう、どうにもならないと思われたのでしょうね。どんなにかお辛かった事でしょう」と語っておられたのが印象的でした。

 ただ、作曲家も自らの悲劇的な面だけを取り上げられることは、決して望んでいないと思います。
今回上演された作品は、どれも戦争の影を感じさせない、感性の豊かな美しいものばかりでした。
これは音楽が国威発揚の具とされていた当時の時代背景を考えた時、まさに奇跡的なことと言えないでしょうか。
才能豊かな若者たちは、決して「戦い」を望んではいなかったのです。
これらの作品が「戦後70年」というエポックに限らず、今後も広く皆様に聴いていただけることを願わずにはおれません。

(2015.7.29)