鬼頭恭一の手紙


  

1944 (昭和19) 年の夏〜秋頃、九州・築城に面会に訪れた父と弟に託した、婚約者へ宛てた恭一の手紙です。



父が急に面会に来てくれたので 又御便りをします。半年以上会はなかった哲夫にも実に嬉しく会ふ事が出来ました.
私はまだ生きてゐます. 御便りしたく思ってゐても防諜上本州へ渡る時に時々検査があるらしいので出来ませんでした.
これは名古屋から出してもらふ様にたのみます.
さて近況を知らせます といっても別に変ッた事はありません.
毎日飛びまはってゐるだけです. もう單獨飛行もしてゐます.
宙返りも錐揉みも出来る様になりました. 十一月の末まで此所に居ますが それから各機種別に分れてしまひます.
僕は戰斗機大志望なんですが 技術の方は良いのだけど 目が少々悪くて (悪いといっても一.〇〜一.二位は見えますよ)
戰斗機は一.五位見えなくてはむツかしい様です. 戰斗機へ行ったら或は「築波」へ行くかも知れません.

今は資材不足のため落下傘が無いので 特殊飛行以外は落下傘は着けません. こうなると今まで トランクの底などへほり込んであった「お守り」等を皆引ッぱり出して首へかけたりしてゐます.
もっとも僕ははじめからそんな心配は少しだッてした事ありません.
でも先日着陸したとたん、エンヂンから火を吹きだして全くタマゲタ事がありました. もう少し早く発火したらどんな事になッた事か
今思ふだに涼しくなります. こちらへ来てからの事故は二十機位 死んだ者は三名. 勿論此の中へは入ッてゐません.
九十% 死んでも残る十%の中へ入る自信がありますから大丈夫です
毎日すごく暑い日が續きます. そして 熱のためグニャグニャにヤハラカクなッたアスファルトの滑走路の上を飛行服を着てはしりまはッてゐる様子. 暑さ.を御想像下さい.
でも飛んでゐる時は. 千五百米も上ると とても涼しくて汗等かいてゐるとぞッとする事さへ. あります. 急降下等どんな気持がするか想像出来ますか? エレベーターで急におりる時ちょっと変な気がする事があるでせう. あれの何十倍. 何百倍の早さだから…例へると ハラワタと脳ミソが一緒になッて口から飛び出しそうです.
日曜日になると. 外出して電蓄のある旅館を探します. ラヂオを聞いたりレコードをかけたり 國民學校や女學校へ行って ピアノを借りて彈き續けたりしてゐますが、何につけ貴女を想ひ出します.
平日でも作業のない時は何をしてゐても良いのですが そんな時間はあんまりありません. 第一僕の仕事はピアノが無くては出来んので猶更です. 詩集等送っていゝのかなんてありましたが いつまでも二等兵扱いせぬ様願ひます. 今でさへ當番兵を使ッてゐるし、あと二ヶ月もたてば少尉候補生になるんですから…
あんまり馬鹿にしては不可ません.
時局益々重大です. 我々の前途いよいよ多難 一年位たてば一度位は逢へるだらう位に思ッてゐたのですが どうもそうは行かぬらしい. それどころか、今ですら 明日までの生命が夏のボタモチの如く、保たぬかも知れん. こんな事ばかり考へてゐるとシンケイスイジャクになるから 他の連中は休日には飲んだり騒いだり 僕はピアノを彈いたりレコードをかけたり、大体此んな事を繰返してゐます. これがまあ近況といふ所です.
僕の希望. 貴女の歌がどうしても聞きたい. カンズメにしてでも送れんものかな.
戰斗機が駄目だツたら 何に行こうか? 他には爆撃機、攻撃機、陸攻、等あるんですが….
では又. 出来たら御便りします 御姉様によろしく   さよなら
(受信の検閲はもう うけません故直接頂いても かまひません.)