真木不二夫・全曲集CDを聴いて

(2020.9.15/改訂)


by きづかい


(2020.8.12発売 画像/コロムビア・ミュージック・ショップHPより) なぜか通販限定


 CDとしては約20年以上ぶりとなる、待ちに待った真木不二夫全曲集のCDが、ようやく届きました。
一見し、これまでビクター音源を中心としてリリースされて来た「日本の流行歌スターたち」シリーズとは、全く別のシリーズであることに気がつきました。先のシリーズでは監修・選曲・解説のすべてを合田道人氏が担当され、好き嫌いは別として、氏のアーチストに対する強い思いが込められたその解説は平均6ページにも及び、またリマスタリングも素晴らしく、「これがSP音源の音?」と唸らされたものでした。

 今回の真木CDの帯には、音楽史研究家の郡修彦氏が監修者と書いてありました。この分野では実績のある著名な方ですので期待したのですが、解説はわずか2ページで目新しい情報はほとんど無く、論評、写真なども見当たらず、ビクター盤に比べやや物足りない思いを抱きました。ただ巻末に各曲の録音・リリース時などの詳しいデーターが掲載されており、これはとても参考になりました。

 肝心の音質ですが、帯に「SPオリジナル音源を新復刻にて良質音源化!」と謳われていましたので、大いなる期待を持って再生しました。
1曲目の「夢をのこして」。高音のノイズが多く、かなり耳障りです。この時期のテイチク盤はこのような傾向が強いのですが、私が普段愛聴している再発の東京レコード盤では、こんなにノイズは酷くありません。
 それ以上に不満に思ったのは、低音部の貧弱さでした。「東京レコード」では、冒頭から弓で弾くベースの音がブンブン聞こえ、その迫力に圧倒されるのですが、CDからはそれがあまり伝わって来ないのです。

 続いて唯一の未聴曲「思い出のハルピン」を聴きました。「吹雪の国境」の世界を引き継ぐ良い曲ですが、やはり全体の音の迫力が今一つです。SPならばベースやパーカッションが、もっと生き生きと聞こえてくるのでは、と思うのですが。
真木の録音に参加しているベ−ス奏者はとても上手で、生き生きとしたリズム感・図太い音質など、どれだけ録音に貢献しているか分かりません。(私自身ベース奏者なので、信用して下さい! )
その功績がひょっとしてリマスタリングによって滅殺されたとしたら、同業者としてこんな悲しい事はありません。

 リマスタリングの基本は、元の音源をいかに忠実に再現するかにあります。SPファンならよくご存知の事ですが、LPやCDに比べSPの低音のバランスは、かなり強いのが一般的です。 ところがSPをCDにリマスタリングする際、多くのエンジニアは高音と低音の周波数帯域を大幅にカットしてしまいます。これはSP最大の難点であるノイズを軽減させるためなのですが、この作業によって、通常の耳では聴く事ができない「倍音」までもが消去されてしまう事に、一体どれだけのエンジニアが思いを馳せている事でしょう? 結果的に中音域だけの、まるで隣の部屋から聞こえて来るようなモコモコした変わり果てた音を、これまで何度聴かされて来たか分かりません。  

 ただ全体の音の明晰さは20年前のCD「若き歌声」の比ではなく、かなりの改善がみられたのは嬉しい事でした。
郡修彦氏のブログでは「ピッチを正しく補正した」とありました。例えば「スキー青春」のラスト。SPではなぜか徐々に回転数が上がり、半音くらいまで音が高くなり終っていましたが、それもかすかに形跡は残るものの、巧みに直されていました。
ただ曲によって、SPとピッチの異なるものがいくつか見られたのは、なぜでしょうか。
例えば「夢をのこして」ではSPよりピッチが低く、真木の声の輝きにマイナスになっています。反面、「再会上海」ではピッチがやや高めで、違和感を感じました。氏が果たしてどのような基準で回転数を調整したのか、その意図が今一つよく分かりません。
まさか氏が平均律を信奉しており、それに全部合わせたなどとは思いませんが・・・

 郡修彦氏は昔、テレフンケンのメンゲルベルクのチャイコフスキー全録音や、「海ゆかば」で知られる信時潔氏の大全集を、見事なリマスタリングにより完成させた、たいそう有能な方です。(かなり高額でしたが、両方とも購入し愛聴しております)
しかし、今回の真木のCDは率直に申し上げ、「百点満点」とは言いがたい出来映えでした。
流行歌の分野でも、SPの特質を活かしつつ見違えるような音質で蘇らせているケースは多くあります。ぐらもクラブというレーベルで復刻された北廉太郎などのCDの音は、本当に素晴らしいものです。今回の真木のCDは、前述の「日本の流行歌スターたち」シリーズの一環だろう、と思い込んでいたこともあり、録音・解説に関してそのレベルには及んでいなかった事を残念に思います。

 なお郡修彦氏はそのブログで「現在テイチク本社には流行歌の金属原盤は残されておらず、CD化には市販されたSP盤から状態の良いものを選び、ピッチなどを補正しながら念入りにリマスタリングをした」と書かれていました。
私はここで一つ疑問が生じました。というのは、MEG-CDシリーズでもリリースされたことのある「旅路の雨」について、今回のCDを聴くと、明らかにSP特有のノイズが聞こえます。ところが同じ曲のMEG-CDからは、ノイズは全く聞こえないばかりか、今回のCDよりもずっと明晰な音質で、明らかにテープなどの音源を使用していると思われました。なぜ今回のCDで、このマスターを使わなかったのでしょう? まさかテイチクの社内で、音源の所在についてデータ管理の意思疎通がうまく行っていなかった、とは思いたくありません。
MEG-CDシリーズは、大部分がSP特有のノイズが聞こえない、素晴らしい音質揃いです。
CD化にあたっては、関係者の皆様には少しでもベターな音源の確保に心血を注いで頂けたら、と思います。

 長々と記して来ましたが、最後に選曲について一言申し述べたいと思います。今回「想い出のハルビン」を収録してくださったのは嬉しかったのですが、小唄勝太郎との「湯の町しぐれ」や、朝鮮出身者の哀感を歌った「トラジの故郷」、.曙ゆり・小月冴子を迎えた「東京八景」など、収録して欲しかった曲はまだまだたくさんあります。可能性は限りなくゼロでしょうが、次の機会を待ちたいと思います。

いま私は、真木がポリドール・テイチクに残した全150曲にも及ぶ録音の全てが、真木の本質を理解し心から共感する執筆者による心のこもった膨大な解説と共に、原音を忠実にリマスタリングした「真木不二夫大全集」としてリリースされる日が来る事を夢見ています。それは今日まず不可能な事は、よく分っています。流行歌というのは何より一般大衆の支持 (人気) があってこそ、初めて存在しうるものですから。現在ほとんど忘れ去られている真木のCDがリリースされた事自体、奇跡に近い事だと思います。

 しかし私は、真木不二夫の「限りない美声」は、永遠に語り伝えられるべき魅力を持っている、と強く信じており、これからも彼の業績を伝えて行くため、微力を尽くして行きたいと思っています。(2020.9.14)


真木不二夫 全曲集
(テイチク TFC- 22005)  (郡修彦/監修・解説・録音)

(収録曲)
1. 夢をのこして 2. パラダイス東京 3. 泣くな片妻 4. 別れ湯の香
5. 高原の羊飼い 6 霧の港 7 スキー青春 8 片瀬夜曲
9 再見上海 10 夕陽の鳥 11 泪の夜汽車 12 君住む島
13 南海悲歌 14 人生サーカス 15 春は逝く 16 泪の連絡船
17 想い出のハルピン 18 吹雪の国境 19 丘の上の白い校舎
20 東京へ行こうよ 21 空が晴れたら 22 旅路の雨