4月のひとりごと

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03/04/30(水)

主人は復活、私はこじれてしまった。お義父さんは無事退院した。退院しても無理をしないように、日曜日に畑仕事をしたのがいけなかった。この時期の風邪は要注意だ。へたをすると以前のように肺炎になってしまう。別にいい嫁でなくてもいいのに。バカだった。昨日は朝からずっと、寝ていたが治らない。今日は家庭訪問。明日は遠足。明後日も家庭訪問。休むわけにはいかない。


03/04/26(土)

この長雨は何というのだろう?菜種梅雨とか、穀雨とか。私ども夫婦は揃って風邪を引いてしまったらしく、調子が悪い。それでも、晴れ間を縫って、テニスに出かけ、帰りに、ダイビング用品店に寄ってきた。一式揃えると、一人30万円ぐらいはかかるらしい。贅沢だろうか?弟よ、父と母には内緒にしておいてください。


03/04/25(金)

仕事が溜まっている。4月いっぱいの提出物が一山。予算関係の仕事が4つ。学年の仕事が一山。月曜日からの家庭訪問の資料づくり。歓送迎会の準備。講師のための教材研究。連休がなんだ!


03/04/20(日)

やはり、週休二日は必要である。1日目は、1週間の疲れを取るため、もう一日は、次の1週間を耐えるため。昨日は見事に何もせずぼーっとしていた。おかげで、肩の凝りはすっきり。今日はMさん夫妻が見えるので、部屋の片づけ。一階部分はすっきりし、すごく広くなった感じがする。あまり、片づいていると、我が家では無いみたいだ。CDコンポの音もなんだかよそよそしい。さて、久しぶりのMさん夫妻、子どもたちが家から離れ少し寂しい。話題はどうしても子どもたちのことになる。子どもが手を離れたら、4人で遊びまくろうと約束したよね。そろそろ、計画を立てませんか?


03/04/18(金)

仕事で銀行に書類を出しに行った。印が違っているというので、学校に帰り、教頭に押し直してもらい、もう一度行くと、シャッターが降りて居るではないか!これは、意地でもなんとかせにゃと思い、側にうろついていた銀行のねーちゃんに、掛け合った。「もう時間外ですので、できれば、月曜日にしていただきたいのですが、お急ぎですか?」「オイソギデス。今日中にやらないと間に合わないんです。」とハッタリをかます。「では、今回だけということにしてくださいね。裏口にお回り下さい」ということで、初めて、銀行の裏口から入らせてもらった。そしてやっと、用件を済ませることができた。銀行って、「お店」なのに一般客に冷たいし愛想がないよね。だいたい、人のお金で商売するという根性がよくないよ。政府はもっと銀行に厳しい処置をしたらどうなんだ。などと、少額預金者は帰り道、自転車上で悪態を吐くのであった。

03/04/16(水)

肩などめったに凝ったことがないのに、この2,3日首が上手く回らないぐらいひどい。毎日家に仕事を持って帰っている。去年はこんなに忙しかったかなあ?

03/04/15(火)

ダイビング講習1回目。マスク、スノーケルなどの器材の説明と実技。フィンを着けてばた足、スノーケルの水抜き、レギュレーターの水抜き、マスクの水抜き。レギュレーターが外れたときの処置など。一度、オーストラリアでやったので、わりとスムーズにできた。水の中にいるとすごく落ち着いた気分になる。

03/04/14(月)
また、お義父さんが入院、5日間の絶食。周りの患者さんがおいしそうに食べるのを見るのが耐えられないそうだ。血筋は争えない。息子の食いしん坊はおじいさん似だきっと。

03/04/13(日)
主人は市の大会で一勝もできずがっくり。午後からプール。帰り「戦場のピアニスト」を観る。ショパン:ノクターン第20番、バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番、ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番、ショパン:バラード第1番、ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

03/04/12(土)

ヒジョーに忙しい一週間だった。どうやら、無事乗り切って一息。朝、郵便物を整理していると、20年来障害者の支援ボランティアをしているYちゃんの会報。会の名前が変更されていた。めでたくNPO法人となって、りっぱな新事務所開所までこぎつけたらしい。明日が開所式だ。はるばる富山までは行けないから、花を贈った。おめでとう。ごくろうさま。これからもがんばってね。


03/04/07(月)

穏やかで、明るい春の日だった。桜も散り始めているがまだ美しく咲いていた。とどこおりなく、無事入学式が終わりホッとしている。ぎりぎりまで仕事をして、夜はテニスの振替に行った。疲れすぎて吐き気がする。


03/04/06(日)

学校にカメを引き取りに行って、とうとう、逃がしてやった。今まで半年近く水漕の中でトロトロ冬眠していたので心配だった。掴んでみると、一回り大きくなっている。甲羅が一度はげ落ち、新しくなっているのだ。池の側に車を止め、水槽から袋に移し、岸に降りられるところを探す。袋の中のカメは一体何事かと暴れている。ブラックバスを釣っている人が何人かいる。かなり広い池だ。周りの桜が満開できれいだった。やっと、柵が低くなっているところに来て、池にぼちゃんと落とす。一度見えなくなり、大丈夫かなと見ていたら、すぐに浮いてきて、のびのびと手足を動かし、ずっと前からの住人のように後ろも見ず、カメらしくヒラヒラと泳いで行った。今日からこの広い池で暮らすんだよ。ちゃんと自分で魚を捕って生きていくんだよ。ケアンズの近郊の熱帯雨林に行ったときに、道で谷がせき止められて池になっていたところがあり、そこに、スタッフの馴染みのカメが住んでいる。スタッフの人が車(水陸両用車)のへりをパタパタ叩くと、どこからともなくいそいそとそのカメが泳いでくる。甲羅が左右対称でなく、なんか変な模様だなと思ったら、割れていたので、スタッフがテープで補強してあげたのだそうだ。うちのカメより目がまん丸で愛嬌のある顔をしていた。さて、うちのカメは私を覚えているかな。夏になったらまた来てみよう。


03/04/05(土)

ダイニングセットの椅子をやっと修理に出した。籐の背もたれと座を直すと一脚2万円ぐらいかかるそうだが仕方がない。ほかはまだしっかりしているし愛着があるから、新しいのを買う気がしない。

NHKアーカイブで山下家の五つ子の記録を再放送していた。その成長の過程と周りの人々の愛情がひしひしと伝わった。よし、入学式の話に使わせてもらおう。続いて、そごう百貨店再生の番組。和田社長の厳しさに私まで恐れ入りました。会社更正法の適用を2年前倒しで解除させた言葉には重みがあった。「逃げてはいけない。ごまかしてはいけない。あきらめてはいけない。」肝に銘じておこう。


03/04/03(木)

オーストラリアには鮮やかな蝶がたくさんいた。↑に飛んでいるのは違うけど、「全部、君だった」のジャケットの蝶に似た「ユリシス・バタフライ」というあざやかなブルーの蝶がいた。それを見ると幸せになれるという言い伝えがあるそうだ。これで、老後は安心だ。ダイビングスクールで入会手続きをした。再来週から、5回の講習で「Cカード」を取得する予定。


03/04/02 (水)

ナポレオンフィッシュという巨大な魚にさわったり、大きなシャコ貝にはさまれそうになったり、熱帯魚の群の中を泳いだりして、ダイビングが楽しかったので、ライセンスを取ることにした。泳ぐのは苦手なんだけど、よく潜れたなあ。日本でもちゃんとやれるかなあ。


03/04/01 (火)

昨日ケアンズから帰った。日本はいつのまにか、4月になっていた。プチ浦島太郎の気分だ。ほんの5日間だったが、満喫できた。熱帯雨林の迫力、珊瑚礁の奇跡、大地の恵み。海は全部が宝石で、海岸通りはすぐ足下を鳥が歩き、公園ではアジア人もヨーロッパ人もアボリジニも同じように幸せな顔で遊んでいた。


気球から日の出を眺めている私。ホントは怖くて下を覗けないでいる。