After the Rain

カイルは目を覚ました。
起き上がるでもなく、目を開いたまま横倒しの部屋を目にした。
一瞬、記憶の箱を整理し、目の前に広がる見なれない風景を理解しようとする。

自分が所属する寮とは違う、青を基調としたシンプルな部屋。
ベッドから見える位置にあるドレッサーに自分が映っているのが見えた。
どうやら昨晩、髪を結ったまま寝てしまったらしく、全体がバサバサしている。
カイルはうーんと、唸って起き上がると、両手をまず伸ばして新鮮な空気を体に取りこみ、
腕を下ろすついでに髪をまとめていた髪ゴムを外した。
青い髪が背中に広がる。

起きあがったついでにもう一度鏡を見ると、そこには先ほどまで気付かなかった人影があった。
(フランシス先生・・・!)
思わず声が出そうになって、慌てて口を手で覆う。
自分に場所を譲ったのだろう。広いベッドの端の方で寝息を立てている。
自分とは180度違う方向を向いて寝ているのも多分、朝起きた時カイルが驚かないように、という配慮なのだろう。
カイルはそれを理解しつつ、そぉっと先生の顔を覗きこんだ。
目を開いているときは気にならなかったが、こうして瞳を閉じていると睫毛の長さが良く判る。
(先生の睫毛って長かったんだ・・・)

そういえば。
ふと昨日の出来事と今の状況になった経過を思い出した。
毎年恒例に訪れる台風が午後過ぎにやってきて、授業は中止され、それぞれの寮に帰ることになった。
だけど、途中でアロエが風に飛ばされて足を怪我して・・・周りにいたのがカイルとラスクとユリしかいなくて、
遠回りだけど、とカイルが背中にアロエを背負ってこの寮までやってきたのだ。
その後もアロエが泣き始めてしまって・・・それをなだめる為にしばらくフランシス寮に残っていたのだが、
帰り間際、台風の猛威が最大級で襲ってきたためにカイルは自分の寮、ガルーダ寮に戻れなかった。
その後、談話室でうとうとしていたカイルを見つけたフランシスが自分の部屋で休むように提案したのだった。
(それでこれを借りたんだっけ)
カイルはフランシスに借りた寝巻きの左右をしっかりとあわせた。

部屋につれてきてもらって、シャワーを借りて、寝巻きを借りて、布団をかけてもらって。
うとうとしてたはずだが、その辺は妙に細かく覚えている。
(その後に「おやすみなさい」って言って・・・。あとはそのまま寝ちゃったんだよなー・・・)
もう少し布団の中で話をしてから寝れば良かった、と今更ながら後悔した。

カーテンの隙間から少しだけ強い日差しが部屋に差し込んでいた。
夜の間に去った嵐が、空を洗い流して行ったらしい。
カイルはフランシスにその日差しが届かないように少しだけカーテンをめくって空を仰ぐ。
大気圏を突き抜けるような青がそこにあった。

「起きたのか?」
不意に声をかけられてカイルは振りかえった。
「あ、あの・・・、はい。今さっき」
寝起きで気だるそうなフランシスの目はいつも以上に色気があった。
その色気がカイルに判るかどうかは分からないが、カイルは目をそらして、部屋の時計を見た。
「今、何時だ?」
「ええと、今は7時12分です」
簡潔に回答を述べるカイル。試験ではないのだから、もう少し曖昧な答えを返してもいいのだが、
いつものくせで答えてしまう。
「ということは、後33分で朝食か。」
視界に入るように零れ落ちる髪をかきあげ、フランシスはベッドから立ちあがった。

室内を仕切る扉が開く音と、蛇口をひねる音。それから石鹸を泡立てる音と水音がカイルの下に届いた。
(僕も顔を洗わなくちゃ・・・)
カイルはそぉっと部屋から廊下に出るための扉に近づく。しかし、それに気付いたのか、フランシスが声をかけた。
「ここを使っても構わないぞ」

フランシスが身支度を整えている間に、カイルも制服に着替え、洗面台を遣わせてもらう。
きつくないコロンの香りが、ここが特別な場所だと教えてくれていた。
袖を少しだけ折り上げて、袖が濡れてしまわない様に顔を洗う。
学生用のとは違って、少しだけ背の高い洗面台は背の高いカイルにはとても使いやすかった。

顔を洗い終えて、指示されたタオルで水分を拭き取る。
それから目の前にあったブラシで髪を梳いた。
「あ・・・」
鏡に映った自分の顔。サイドが少し短いが、先生と同じ後ろに流した青い髪にカイルの心は少しだけ弾んだ。
(もう少し伸びたら・・・先生と同じだ)
硬くて真っ直ぐな髪が先生と同じにならないのは分かっているのだが、それでも形が似ているのは少し嬉しい。
「何やってるんだ、お前」
「あ、あれ、先生?」


完全に準備の出来たフランシスにカイルは驚いて振りかえった。
フランシスはカイルがやろうとしていた事には気付いていたが、あえて気付いていない振りをして、カイルを部屋へと呼び戻した。
髪を制服に落としたまま、カイルはフランシスの指示した場所へとブラシを片手に移動する。
「ほら、ここに座りなさい」
指差されたのはベッドの小脇・・・の絨毯の上。
カイルは差し出された手にブラシを渡すと正座をしてフランシスに背を向けた。

まず最初に頭を支えられ、ブラシが旋毛から毛先へと移動する。
その後整えられた髪をフランシスが片手で一まとめにした。
途中、何気なくうなじに触れられた指の感触にカイルは体を硬直させたが、流石にその小さな動きはフランシスには分からなかった。
「キチンと纏めておかないとみっともないぞ」
そう言ってカイルの髪の毛を纏めるフランシス。
「えぇー、そんな事言ったら、先生はどうなるんですか」
終了の声と共にフランシスに見返るカイル。フランシスは自分は関係ない、といった感じでカイルから目をそらした。
「あっ、ずるいですよ、僕だけ『みっともない』とか言って!」

その態度にイタズラ心を刺激されたカイルはフランシスの手から軽く離れかけていたブラシを奪い取ると、
立ち上がってフランシスの後ろへと回った。
都合の良いことに、ベッドに腰掛けていたフランシスの頭部はカイルの胸元の高さにあった。
「こ、こら!カイル!!」
フランシスの声をよそにカイルはフランシスの後ろ髪を一つに掴んでブラシを通した。
「先生も、纏めた方が格好つきますよ!」
笑いながらカイルは言った。フランシスも言葉ではやめろというが、カイルの手を振り払うことはしない。
「あはは」
「全く・・・。・・・あとで解くからな」
「はーい」
フランシスの言うことを聞いているのか聞いていないのか。カイルは笑顔でフランシスの髪を纏め上げる。
指の間をサラサラとこぼれる柔らかい髪に触れている事が・・・嬉しい。

おそろいの白い髪紐で仕上げをすると、カイルはドレッサーに一緒に映る位置に移動する。
不機嫌とポーカーフェイスの間にあるフランシスの顔が鏡の中にあった。
「準備は出来たんだろう、さ。自分の寮に帰りなさい」
「えー・・・」
嫌そうな顔をしてみる。本当は嫌じゃないけど。
「早くしないとガルーダに見つかるぞ」「
「分かりましたー」
自分を心配してくれている先生が近くにいるのがなんだか嬉しかった。
時計の針は40分を過ぎていた。


「ねぇ、トゥエット」
「なに?」
「あれ、どうしたのかしら? いつもと違うわよ」
1時間目はカイルのいない授業。
「そこ、無駄口を叩いている暇があるなら一問でも多くの問題に取り組みなさい」
こそこそ話をしている女子生徒を叱りつけるフランシスの姿があった。
「はーい、ごめんなさぁーい」
反省していない返事にフランシスは頭痛がしてくる。
「でもぉ、センセ?」
「なんだ、トゥエット」
名前を呼び上げられて立ちあがったその女子生徒は回答を楽しみにしながら芸術を司る教師に質問をした。
「なんで、今日だけ髪型が違うんですか?」

体を硬直させるフランシス。
そうだ、『あとで解く』と言っておいて外すのを忘れていた。

いつもと違った雷が教室の中で放たれた。



†後書き†
ベッドで朝起きて。同人らしからぬ(?)エッチの後とかではないのが書きたかったんです。
一緒にいるだけでも嬉しい、他愛もないことだけど楽しい、そう言ううすら痒いのが書きたかったんですよ。

この作品はサイトに最初に上げる話ですが、実はこの前に2つほど話があったりします。
・・・・・・タイトル選択面で上にあるのがそうなんですが、
一つ目はいちゃいちゃし始めた話で二つ目は実は両想いでしたー、と言う話なわけで。
いきなりこんなベタベタ話でごめんなさい。
ホントはもっと笑える話が書きたいです。ええ。・・・・・・頑張りますよ。