赤いのひとつ

「んー…」
指で顎に出来たニキビをさすってみる。少しばかり痛くて少しばかりかゆい。
気にするほどの大きさでも感覚でもないのだが、一度気にしてしまうとその大きさや刺激が気になってしょうがない。
触らない方が良いよ、と友人が心配していたのを思い出し、手を顔から離す。が、やはり気になるのか、ついつい触れてしまう。
顔の一角に出来たそれは他の部分に発生していない分目立っている様な気がした。

「顔は毎日ちゃんと洗っているんだけどな…」
なんでこんな場所に出来たんだろう。
カイルはニキビを潰さないよう周りを少し掻いた。膿を潰さないよう、気を使いながら。
鏡に自分の顔を近づけて、カイルはふと額・顎・右頬・左頬と順番に指で指した。
「なんだっけ、えーと…。うん。想い・想われ・振り・振られ…」
ニキビの出来た場所で占う恋占い。顎の場所にあるニキビは、『想われ』ている証拠?

カイルは少し嬉しくなって鏡をバンと叩いた。
「やだなー、もう!」
嫌なのは鏡の方である。
「何が嫌なんだ?」
その音を聞きつけてフランシスがカイルの側に姿を現した。
そうだ、ここはフランシス先生の部屋だったんだ。
カイルは自分のいる場所を再認識し、鏡を叩いたことに対して頭を下げる。
理由は勿論口にはしなかったが、にへらと笑った顔は全てを物語っていた。

しかし、その後。何気に横十字を切ってカイルはある疑問に辿り着いた。
(あれ? 『上下右左』じゃなくて『右左上下』だっけ?)
再び指で顔を辿る。今度は右頬・左頬・額・顎の順番。
この場合、顎のニキビは…

「うわ!」
二番目と四番目が替わるわけだから、顎のニキビは『振られ』る兆しと受け取れる。
それは勿論今一番自分の近くにいる人からの兆しと受け取らざるを得ないわけで、カイルの顔は見る見るうちに青ざめていく。
他人が見ても判る程の血の引き様にカイルは肩を落として鏡の側を離れた。

「どうした?」
あまりの態度の変わりように流石のフランシスもぎょっとしたのか、カイルに声をかけた。
だが、今自分の中で格闘していた問題をそのまま話すのは恥ずかしく、
カイルは『何でもない』と答えてフランシスの座るソファの反対側に腰を下ろした。
(でも…)

結局どっちが正しいのか判らず、カイルは何度かフランシスを見た後、
思い切って質問をぶつけてみた。


「先生?」
「なんだ?」
手元のゴシップ雑誌から目を離すフランシスと今にも泣き出しそうなカイル。
「ニキビって…」
「ああ、吹き出物の事か」
「いや、そうじゃなくて、あのですね…」
「ん?」
科学的な話になりそうで、カイルはフランシスの言葉をいったん否定する。
「顎周辺に出来るニキビの意味って・・・知ってますか?」
緊張しながらカイルはその意味を尋ねる。
きっと先生の事だから知っているに違いない。そして目の前で十字を切るように確認をして・・・。
出来ることなら『想われ』てる意味だ、と言って欲しい。間違ってももう一つの回答では無いよう、願いを込めながら答えを待った。

フランシスはカイルに聞かれてから少しだけ返答に迷った。
確か自分の記憶では・・・。うん。多分、あれだろう。


「胃腸が悪いんじゃないか?」


フランシスの出した答えにカイルは気が抜ける思いがした。
「は?」
「確か食生活が悪いと顎の辺りが荒れると聞いていたし…何か変なものでも食べたのか?」
真顔で答えるフランシスにカイルの張り詰めていた高まりは一気に崩れた。

胃腸・・・ですか。

目の前で落ち込むカイルにフランシスは「どうかしたか?」と声をかける。
カイルは自分が悩んでいたのを茶化された気分になり、その場から立ち上がると一言、
「もう、いいです!」
とだけ残し、フランシスの部屋を後にした。
力強く扉を閉めて、足音が響くくらい強い足取りで廊下を下る。

その足音が聞こえなくなるのを確認して、フランシスは噴き出した。
「あははは。カイルのヤツ。私が君を『振る』わけないだろう」
自分でも性格が悪いな、と自覚している。だが、自分の行動一つで態度が変わるカイルを見ているのは
…本当に楽しい。
これだけ『想って』体調を気遣っているのに、気付かないカイルもカイルだが。
「さて、明日は慰めにでも行ってやるか」

笑いの止まらないままフランシスは明日の予定を立て始めた。





†後書き†
自分で書いておいてあれですが、・・・・・・本当に性格悪いですよ、先生。
実は私自身、指で辿る順番がどれが正しいのか知りません。
記憶が確かなら、正しいのは前者だったと思うのですが・・・。
ご存知の方がいらっしゃったら是非教えてください。