TRICK or…?

扉の前でカイルは拳を握ったままじっと立ち尽くしていた。

このまま振り下ろしてノックをして「トリック・オア・トリート」と言うだけなんだが、
どうも邪な考えばかりが横行をしてその行為を引き伸ばした。
「うーん、うーん・・・」
すでにこの部屋に訪れる生徒がいないのも原因の一つのせいだろう。
何故この部屋に来るのを最後にしてしまったのかと後悔ばかりが先に立つ。
やはり面と向かうのに緊張のいらないリディア先生から回ってしまったのは間違いだったか。
拳を下ろして、カイルは一度扉の前から離れると、外の景色を伺った。
目下に見える競技場ではお菓子を手にした生徒達が談笑をしながら飴やクッキーを頬張っているのが見える。
この部屋を回れば皆のところに行って一緒に話をしながらお菓子を食べることが出来るのに。
「はぁ・・・」
目深に被ったフードがカイルの表情を隠していた。


手元に一つだけ残った飴の袋をじっと見たままフランシスは机上で考え事をしていた。
「おかしいな、生徒分の飴を用意したのに何故余っているのだろう?」
SUPERと書かれた青い包みに覆われたハッカ飴だけに、誰かが貰うのを拒否したのだろうか。
しかし、生徒達の性格を考えるとその様なことはありえない。自分が食べられないお菓子であれば、
他の生徒とトレードするはずだ。
「生徒も増えてきたしな。数を見誤ったのかもしれない」
そう独り言をつぶやきながらフランシスは包みの端を引っ張り、中の物を口に放り込んだ。
爽やかとは言いがたいハッカの味が口の中に広がる。眠気防止用の飴だけあって、一気に舌がヒリヒリとする。
実際、半分嫌がらせのために選んだ飴はフランシス自身をも閉口させた。
(流石に辛すぎるな・・・)
一気に鼻を駆け抜けていく冷たい空気がその辛さを示していた。


手にしたバスケットの中に入っていた紙切れを見ながら、カイルはもう一度溜息を吐いた。
『全ての先生を回るまでお菓子は食べちゃダメよ!』
殴り書きに近いマロン先生の字。その字からは「約束を守らなかったらおしおきだ!」という脅しが見て取れる。
カイルは再びその紙をバスケットの一番下へと戻した。
リディア先生から貰ったブラウニー、アメリア先生から貰ったクッキー。ミランダ先生から貰った小さなシフォンケーキ。
ガルーダ先生から貰ったかりんとう。ロマノフ先生から貰ったキャラメル。
そういえば、マロン先生からはチョコレートを貰ったっけ。
それぞれが生徒全員に配るため、小さいカケラずつではあるが、先生らしさの残るお菓子にカイルはフッと小さく笑う。
リディア先生のブラウニーは本当に美味しそうだ。

仕切りなおしてカイルは扉の前に立ち、深呼吸をするとその表面を叩いた。

そういえば、カイルに会ってないな、とフランシスが気付いたのは飴を歯で噛み砕く直前だった。
昨日も今朝もあっているだけに、「トリック・オア・トリート」と言いながら部屋に来るはずのカイルを忘れていた。
いや、本人としては忘れていたつもりはないのだが、何かの仮装をして現れるカイルを想像するのが
難しかったと言うのが原因になっているようだ。
奥歯に挟んだ飴を舌の上に戻しながらフランシスは名簿を開く。
そこには今日この部屋を訪れた生徒の一覧がチェックと共に鎮座していた。
・・・確かにカイルの部分だけチェックが外れている。
もう最後の飴は食べてしまったしな、と悩むフランシスの扉が叩かれたのはその直後だった。


開かれた扉から姿を現したのは死神の格好をしたカイルだった。頭をフードで覆い、
引きずるほど長い裾を持ったローブに身を包んだその姿にフランシスは少し驚いたが、
必死になって台詞を言おうとしているカイルが微笑ましくて仕方がなかった。
「あ、あの、トリック・オア・トリート」
語尾が小さくなるのはその台詞を恥ずかしがっているせい。
広がった袖からスッと手を伸ばしながらカイルはフランシスの台詞を待った。
いや、台詞は今のところ必要はない。必要なのは手の上に乗せられるお菓子だけ。
「じゃあ、トリートで」
うつむいたままのカイルの頭上に降りかかるクスクスと笑う声。
「えええっ!」
「・・・冗談だよ」
「はぁ」
「半分な」
いつも見せる表情を取り戻したカイルがフードを持ち上げて現れる。
それにしても悪戯の方を好むとはフランシス先生らしい。
そのらしさにカイルはホッとし、胸をなでおろす。この際言われていることは後回しだ。

冗談を言ってみたものの、フランシスはその次の言葉を考えていた。
しょうがないな、はい、飴をあげよう。と言いたいところだが、最後の一つは口の中にある。
そして包みを纏った飴はすでにない。このままでは本当にカイルに悪戯をさせてしまうことになる。
それも面白いがきっと彼を困惑させてしまうに違いない。どうしたものかと考えるが、答えは簡単に見つからない。
ならば仕方ない、カイルに選ばせよう。その結論に達するまでの時間はそれほどかからなかった。

「カイル」
「はい?」
「悪戯されるのとするのでは、どちらがいい?」
おかしな事を真顔で聞くフランシスにカイルは目を見開く。
もしかして、先生の口からその後に続くフォローが成されるのではないかと暫く待ってみるが、
一度閉じられた口は簡単に開きそうにない。奇妙な時間だけが過ぎ、お互いが相手の言葉を待った。
「ええと・・・、それは・・・」
そのままの意味で取って良いのか判らず、カイルはフランシスに説明を求める。
「君が来るのが遅すぎたんだよ。今ここにお菓子はない。だから君が私に悪戯をするか、と尋ねているんだよ」
「だからって先生から僕に悪戯しなくてもいいじゃないですか」
カイルの意見は間違ってはいない。
舌で飴を転がしながら、フランシスはカイルに一つの提案をした。
私に悪戯をしてみるか、何が何でも私からお菓子を貰ってみるか。勿論カイルからの答えは想定しての提案だ。

「う・・・うーん。お菓子が貰えるなら、そっちの方が良いですけど」
自分から悪戯なんて出来ない。
思いつく『悪戯』が少しばかり卑猥なのもあるが、一番の理由は悪戯した事に対し、フランシスから仕返しを受けないか、
と言うことだった。先生の性格を考えればその先は簡単に検討はつく。
「・・・どうしても、欲しい?」
カイルの顔を覗き込みながらフランシスは尋ねる。カイルの意思は固かった。
「はい。貰えるなら、下さい」
「素直だね」
コンマ一秒の回答にフランシスは口の端を上げて笑った。

上を向かせて目を閉じる。
カイルはフランシスに言われるまましたがった。何をされるかは判らないが、多分嫌がらせではないはず。
「先生、まさかと思うんですが、どんなお菓子か教えてもらえないままの『あーん』じゃないですよね?」
この状況から伺えるお菓子の授与を思い描きながら質問をする。しかし、それ以外思いつかないのも事実。
「鋭いな。その通りだ」
「えー、この状況でゲソとかは嫌ですよー」
喉に詰まったら大変だ。眉間にしわを寄せて講義するカイルの瞼の上にフランシスは手を置くと、
「目は閉じてろと言っただろう」
とだけ注意を促した。
しぶしぶ目を閉じて上を向いたカイルを確認するとフランシスは自分の髪の毛を首の後ろで纏め、『あーん』と告げる。
カイルは素直にそれに従い口を開いた。文句を言う割りに素直なところは今も昔も変わっていない。
それを愛しく思ったのか、フランシスは息を止めると、おもむろに自分の唇を重ねた。
閉じられていない口から先ほどの飴がカイルへと転がる。
驚いたカイルが飲み込まないよう、フランシスはそれを確認すると同時に顔の角度を下げさせた。
「ん・・・っ!」
「はい、飴」
不敵に笑うフランシスの顔と、真っ赤に染まるカイルの顔。
完全に対照的な顔を暫く楽しむフランシスだったが、その楽しみはすぐに笑いへと変わった。
「かっ・・・辛いッ!」

他人の口の中で暖められたハッカはその表面が溶けているのもあって、すぐに炎を放った。
舌先が感覚をなくなるのと、鼻の神経が攻撃され続けているのもあってカイルは口を押さえて座り込む。
「どうしても欲しいというからあげたんだよ」
「ほ、欲しいとは言いましたが、まさかこんな・・・こんな貰い方するとは思ってなかったから!」
抗議しながらも涙が止まらない。なんでこんなにキツイ飴を先生は平気で口にしていたんだろう。
「もう!人でなし!」
「ははは、人でない格好をしているのは君の方じゃないか」
「悪魔!」
「死神も悪魔の一つだろう」
カイルの攻撃はことごとく交わさる。


 遠くで行事の終了を知らせる鐘が鳴り響いていた。



†後書き†
ハロウィンだし、なんか書きたい!! と思い立って書いたのがこれです。
先生、大人気ないし。最近先生の年齢を考慮しなくなってきてしまっています。うぉぉ、それではイカン!!
ところで私的に先生の年齢を27歳(くらい)のつもりで書いているんですが、
一体先生幾つなんでしょうね。気になります。
そしてそして口移しネタ。良くあるネタです。ありきたりすぎてごめんなさい。