僕の宝物。

「絶対に嫌です!」
 クラスメイトの殆ど全員が声の主に驚いて顔を上げた。
 教壇に立つフランシスと、その前で抗議しているセリオス。
 怒鳴りに近い声を出したのはセリオスだったのだ。
「1からやり直すだけだ。完全に別物になるとは言っていない」
 少々面倒くさく説明をするフランシスは髪をかきあげてため息を付いた。

 途中から話に加わったクラスメイト達はその話の流れが読めず、
 二人のやり取りを見守った。
 先ほどまで読書をしていたカイルも思わず本から視線を外す。

「だから、新学期ごとにマジックエッグの入れ替えをしなくてはならないのだと何度言ったら判るんだ」
「それが判らないと言ってるんです!」
 セリオスは胸の前で小さな宝物をぎゅっと抱きしめた。
「キュルルルー…」
 ピンク色の花系ペットが寂しそうな声を上げる。
「入れ替えなんかする必要がどこにあるというのです?」
 声に少しばかり涙がかかる。喉の奥からこみ上げてくるものをぐっと抑えたセリオスの声に
 女子生徒は胸を熱くする。

(セリオスが泣いているわ・・・!)
(なんとかしてあげなくちゃ!)

 フランシスは主席簿をパタンと閉じるとそのまま話を続けた。
「マジックエッグは君の魔力そのものの結晶なのだよ。
 まだ可能性を秘めている君達が一つの結晶にこだわってどうする?」
「こだわってはいけませんか」
 セリオスはフランシスをにらみつけた。
「いけないね」
 冷たい台詞にクラスは静まり返った。

 どうやらクラスの全員がこのやり取りを聞いているらしい。
 それに気付いたフランシスは姿勢を正すと、全員を見渡した。
「良いか。このクラスの殆どがマジックエッグを孵化させ、成獣させている。
 そしてその成獣に愛着を持っているのも判らなくはない」
 語尾の最後でふとフランシスと目が合ったカイルはそっと自分のペットを隠す。
 小さな蝙蝠は机に押し込まれ、小さく「キィ」と鳴いた。
「だが、その成獣は今までの君達の魔力で育ってきたのであって、
 今以上に成長する事はない。すなわち、現在の形が最終形態だ。
 この先、君達の余りある魔力はどこに吸収されるのか。
 判る者は居るか?」
 誰もが持っている問題にざわめきが起こった。
「ど、どこかしら?」
「しらねーよ」
 前列のクララが隣にいるレオンに問いかける。
「結局それらの魔力は放出され、君達の手元には残らない。
 ・・・それでいいと思うかい?」
「・・・・・・」
 セリオスは無言のままだった。


「だから一度回収し、再び君達の手に新鮮なマジックエッグを与えようというわけだ」
 言いたい事は良く分かる。だが・・・
「回収された後のペットはどうなるんですかー?」
 中央よりやや後ろの席に座っていたユリが手を大きく上げて質問をする。
 万が一でも愛着のあるペット達を処分される事などあってはならない。
「ペットは結晶となり、君達の魔力として還元される。
 そしてその姿は校長のみ使える退化の術を施され、再びマジックエッグとなる。
 勿論、ちゃんと自分の手元に戻ってくるのだから問題はなかろう?」
「問題なんて・・・問題なんてあります!」
 マジックペットを抱きしめたセリオスが強い口調で訴えた。

「以前回収されたときは気にならなかったけど、今回はちゃんと綺麗な花になるよう、
 頑張って調整したんだ。花子は誰にも渡さない!」

 ・・・・・・花・・・子?

 一瞬にしてクラス全員が凍りついた。
 もしかして、セリオスさえも自分のペットに名前を付けていたというのか。
 それにしてもセンスがない。
 クラスは一瞬にして緊張が解かれた。

「なっ、笑う事ないじゃないか!」
 明らかに照れを隠すような怒りをセリオスはクラスに向けた。
「いんじゃなーい? …ぷっ、ってか、可愛いねー、セリオスっ」
 ルキアが豪快に笑う。
「良いだろ、そんな事! 君はどうなんだ?!」
「あたし? ウチのはドラゴンちゃんって呼んでるよ。名前は…ぷぷ、付けてないけど」
 笑いながらルキアは自分のドラゴンを机の上に置いた。
 口から小さな炎を吹くドラゴンは、クルリとターンしてぺとんと腰(?)を下ろした。
 クラスが笑いの渦に巻き込まれる中、セリオスは真っ直ぐにカイルを指差す。
 驚いたカイルは目を瞬きながら事の顛末を待った。
「カイルだって自分の蝙蝠に『キィたん』って名前をつけてるじゃないか!!」
「えっ」
 ・・・僕はセリオスの事笑ってないのに!
 ・・・運命共同体って知ってるか?
 少しばかり離れていても親友だ。目だけで会話は成り立つ。
「へぇ・・・」
 事情を知っているフランシスだったが、その場は意地悪く見守るだけだった。


 結局。
 学期末に生徒達のペットは回収され、生徒達は、ペット達のいない休みを過ごした。
 この事態を、休み中に帰省するものはペットの世話をする必要がないため良しとし、
 寮に残るものは僅かだが不満が残った。
 多くのペットは行き先がわからないものの、教師達の手によって回収された。

 そして新学期。
 タグ通りにマジックエッグは生徒の手に戻され、セリオスはそのエッグを抱きしめた。
 「早く、孵化しろよ…」
 まるで親鳥のように。
 それを見守るクラスメイトの目は何気に生暖かかったのだが、
 それはセリオスに告げる事ではないだろう。


 数ヵ月後。


 セリオスの目の前にあるエッグに小さなヒビが入り、その感動的瞬間にカイルは呼び出された。
「見ろよ、カイル!! やっと花子に会えるんだぞ!」
 楽しそうなクラスメイトの声に、カイルは少しだけ安心した。
 回収以来塞ぎこみがちになっていた友人だけに、この明るさは嬉しい。
 日当たりの良い、セリオスの部屋のベッドの上には一つのエッグが大切に乗せられていた。
パリン…パリ…パリ…ン…
 薄い殻を割って現れたのはピンク色の花弁を持つマジックペット。
「花子!!」
「キュルルルルー!」
 再会を喜び合う二人(?)にカイルも思わず涙がこぼれそうになる。
 このマジックペットが前の花子と同じなのかは判らないが、時間をかけて生まれた自分の分身に
 セリオスはこれ以上ない愛情を注ごうと決めたのだ。



 その後。新学期体勢で新しいエッグに『苦手科目の着色』術をかけられていた事に対し、
 セリオスは誰よりも凄い勢いで抗議しに行った事は言うまでもないだろう。



†後書き†
IからIIへ。IIからIIIへ変わるときにペットがリセットされる理由と、
格好可愛いセリオスがどうしても書きたくって。
カイルとフランシス先生は、今回はただの当て馬です。それ以上でもそれ以下でもないですー。

ネーミングは…クララが一番良さそうな気がしますね。なんか、たくさん本を読んで、その中から決めた。
そんな風に名前付けてて欲しいです。ユリはペットにコミューンだかそんな名前を付けてたら良いよ。(決め付け)
この話は「僕のキィたん」系列のお話でした。ううーむ。早くそっちの話もUPせねば!!