大唐西域異伝
〓第一章・第三部〓

〓第一章・第九回〓
三人の妖少女(2003年7月4日)

「何事!?」
あまりの音の大きさに私は勢いよく立ち上がった。
そのせいで手にしていた湯飲みからお茶がこぼれて両手をぬらす。
三蔵さんは落ち着き払った、しかしこれ以上ない真剣な表情で窓の外をじっと見る。
とりあえず湯飲みを机に戻し、見えないところで両手を拭くと、私は三蔵さんの言葉を待った。
「・・・・・・」
「三蔵! 夜襲だ!!」
入り口の扉が大きく開いたかと思うと、悟空が飛び込んできた。
急いで走ってきたのか、息が少しだけ乱れている。
「分かった。すぐに行こう」
三蔵さんは私に目で促すと、居間に立てかけられていた錫杖をつかみ、外へと駆け出していった。
私も遅れをとるまいと、自分の錫杖を胸に抱えると表へと出た。


「あなたが三蔵さんね」
「えぇー、殺しちゃうの?勿体無い」
「違うわ、食べるのよ」
「そっか」
広場の中央には青い顔を持つ3人の少女たちがいた。
それぞれ髪を左右に結い、裾の長い着物をまとっている。
凍りつくような瞳は私たちを見据え、その足は宙に浮かんでいた。
「君たちは・・・操鬼?!」
「なんでてめーらがここにいるんだよ」
三蔵さんと悟空が少女たちに問う。少女は答えぬままクスクスと嘲笑した。
「ある人がね、ここに連れてきてくれたの。弱ぁい三蔵さんがいるから今のうちに食べちゃいなさいって」
残りの二人も一緒になって笑う。
「三蔵!!」
そのとき、先ほどの音に気付いた八戒・涼鈴・悟浄さん・・・いえ、悟浄が広場に集まってきた。
八戒と涼鈴は眠たい目をこすりながらやってくる。
どうやら悟浄に起こされた様子。
「あ、あれぇ〜、なんで操鬼がここにいるんです?」
「ホント、あいつら天界の化け物じゃなかった?」
三人の姿を見て、二人の眠気は吹き飛んだようだった。


「じゃあ、そろそろ始めましょっか」
一人の少女が右手を高く上げた。稲妻が走る音と共に彼女の右手に光が集まって行く。
大気がピリピリと張っているのが判る。
「あっ…!」
足元から吹き上がる風に足をとられ転びそうになった。
「大丈夫?三蔵!」
地面にひざがつく直前、涼鈴が私の腕を取って引き上げてくれた。
八戒と悟浄が私を守るかのように前に立つ。
最前面では悟空が不敵な笑みを浮かべて少女達を見ている。
三蔵さんは…皆の中心に立ち、防御体制を取る。
ハンドボールくらいに膨れ上がった光の玉を少女が笑顔のまま放り投げると同じに辺りに悟空の咆哮がこだました
「阿鼻獄炎」と。


〓第一章・第十回〓
大猿炎上魔法(2003年7月18日)

村は紅に染まった。
月の光の柔らかい蒼い夜に立ち上がる真紅の炎。村の広場を中心に民家ギリギリのところまで炎は吹き溢れた。
間近にいた私達には熱風が襲い掛かる。熱を持ち始める肌を着物の袖で覆うのだが、悟空の力の強さの前には意味をなさなかった。
だんだん息をするのが苦しくなってくる。
どうしよう、皆は・・・大丈夫なのかな?
私より前方にいる三蔵さんはどうしているんだろうか。着物の隙間から垣間見えた涼鈴の顔がいつもと変わりなくて、
私は自分の弱さに苛立ちを感じた。

ふと、布の向こうに見える『赤』が消え、熱がやわらいだのを感じ、腕を下ろす。
「大丈夫か?」
低い声が頭上から聞こえた。目の前には悟浄。
「私の後ろにいると良い」
そう、悟浄が壁となって私を守ってくれたのだ。悟浄こそ、熱に弱いはずなのに。
私は錫上を強く握り締めた。熱が収まったら参戦する、決意をきめる私の左がわで、涼鈴が刀をすらりと抜くのが見えた。
目が合い、『一緒に頑張ろうね』と二人でうなづく。


炎は少女達の体力を大幅に削って消えた。衣にすすをまとった操鬼達が赤い瞳に鬼力を宿し立ち上がる。
先ほどまでの余裕はなくなっていた。
「コロス」
「コロス・・・コロス」
同じ言葉を、同じような声で発しながら操鬼達は飛び上がった。
一人は悟空を狙い、一人は八戒と三蔵を狙い、最後の一人は悟浄と涼鈴を狙った。
悟浄の後ろに隠れていた私は的には入らなかったようだが、最初の一撃をはずし、私達の立ち位置が変わると、狙いも変えてきた。
尖った長い爪を持つ細く青い腕が私の顔面に伸びる。紙一重でそれを錫上で防御し、振り払う。
身軽な操鬼は宙で一回転して着地する。次の攻撃に備え、片足を後ろに引くと、
今度は低い体制で向かってきた。私と操鬼の間に悟浄が立ちはだかり、操鬼の動きを宝杖でとめる。
すかさず涼鈴が脇から刀を振り下ろすのだが、操鬼はそれを交わし涼鈴の後頭部を蹴り上げ再び宙を舞う。
やはり私が一番弱そうに見えるのか・・・実際に弱いけど・・・攻撃目標は再度私に。
まっすぐに降下する操鬼。
一か八か。錫杖の柄を両手でしっかりと握り、操鬼に対し垂直に構える。
攻撃態勢となった操鬼と自分との間を読み、私は叩き落とす形で錫杖を振った。
地面を擦る音と共に操鬼の体は地面に横たわる。最後の力を振り絞って立ち上がる操鬼の止めを刺したのは・・・涼鈴。
「人の頭、土足で蹴飛ばさないでよね」
操鬼の姿は風と共に消えた。

悟空は言うまでもなく、すでに倒し終えた後だった。最終的にはひたすらタコ殴りで片付けたらしい。
三蔵さんと八戒は、八戒の神獣変化で動きを止め、三蔵さんの術で止めをさしたそうだ。
とりあえず、皆が無事で・・・本当に良かった。

「いなかったね、如意仙人」
三蔵さんが悟空に話しかける。戦いを終え、満足した悟空は三蔵さんの心配そうな顔を見ると一言「ああ」とだけ返した。
本来はこの地を支配している悪い仙人がいて、私達はその元を絶って村を平和にするはずだったという。
「まぁな。でも、牛の野郎が俺達のことを覚えていれば・・・先に部下を制御したと考えてもいんじゃねェか?」
片手で如意棒を振り回し、それをしまいこむと悟空は前向きな返答をした。
「・・・そうだね」
完全に納得のいかないまま、三蔵さんはそれに同意する。
私だけに分からない不安が皆の心にもやを投げかけたまま、夜は明けた。

旅立ちの朝、私達は流沙河へと向かった。この河の向こうにいる次なる仲間に会うために。

〓第一章・第十一回〓
平和な桜道(2003年8月1日)

清らかな水の流れる大きな河が目の前に広がっていた。
河の名前は流沙河。
河の浅瀬を伝い、身を半分以上出した岩の上を、点を結ぶような形で私達は河を渡る。
私以外が心配していたような出来事もなく、しばらくして対岸に渡りきった。
「やっぱり牛魔王が先に手を打っておいてくれたのよ」
涼鈴が最後の石から私の隣へと降り立つ。
水の流れる轟音がしばらく背後から消えることはなかった。

街道をしばらく進むと、両脇に桜の木が立ち並びはじめた。
今は桜の季節ではないけれど、きっと春になれば綺麗な桜並木になるのだろう。
深緑の葉が日光をさえぎり街道は先ほどより涼しく感じられた。
「もう少しで桜花原です」
隣に並んだ三蔵さんが笑顔で私に告げた。
「この先にもう一人の仲間が待っているんですよ」
そう言って三蔵さんは桜の木を見上げた。木漏れ日がきらきらと光る。
「桔花っていうの」
後ろから私の肩を叩いて、その名を告げるのは涼鈴。なんか楽しそう。きっと素敵な人なのね。
「どんな方なんです?」
少し気になって涼鈴に尋ねる。
「背が高くって、すらりとしてて、上品で。私とはちょっと違うけど素敵な公主よ」
公主。旅の途中でその意味が『お姫様』を意味すると言うことを知った。
涼鈴は話しながら身振り手振りで桔花公主さんの説明をする。
笑顔がとても綺麗だけど、怒らせると一番怖い人。弓の名手でもあり、いつも最前線で戦う自分達を援護してくれる
そんな格好良い仲間だそうだ。早く会ってみたいな。
「はッ、ちょっと違うじゃなくて“だいぶ”違うの間違いだろう」
先頭を歩いていた悟空が振り返ることなく涼鈴に嫌味を言う。
「なによぅ!」
「おっと」
涼鈴の怒声を聞いて走り出す悟空。それを追いかける涼鈴。
八戒はそれを見て笑っていた。三蔵さんも。平和だなぁ、そう思った。
ただ、悟浄だけは何かを考えている様子でじっと西の空だけを見つめていた。

〓第一章・第十二回〓
強風注意(2003年8月8日)

「悟浄?」
その真剣な顔つきがちょっと気にかかり、私は声をかけた。
悟浄は私の声に気づいてから視線を私に落とし、西を指差しながら告げる。
「黒い雲が西の山にかかり始めている。もうすぐ天候が崩れる」
そこには灰色を超えて、黒い塊となった暗雲がたち込めていた。
辺りの雲がその暗雲に巻き込まれて行くのを見て何故か背中がゾッとした。

桜並木を暫く進むと、強い風が吹き始めた。始めは髪がなびく程度。
だが、西の山に進むにつれ、その風は強さを増し、袖をまき上げる風は砂埃を巻き上げる風へと成長していった。
私は三蔵さんから借りた笠を飛ばされないように両端をしっかりと握り締めた。だが、そのせいでの風の抵抗は大きい。
「悟空!!」
三蔵さんが悟空を呼ぶ。
「なんだ?」
「お願い。彼女を守ってあげて。八戒、悟浄も!」
悟空に指示をした後に八戒と悟浄に声をかける三蔵さん。
その声に八戒と悟浄は私の両脇に立ち、そのあとが不機嫌そうな顔をして私の前に立つ。
私に降りかかる風はだいぶ軽くなった。3人が壁となってくれたのだ。
涼鈴は特に指示を与えられなかったもの、全体の背後を守るように後ろにつく。
そして三蔵さんが一番前を歩く形となった。
「ったく、てめーだってダメージがでかいだろうによ」
悟空がぼそりとつぶやいた。

山の脇に小さな洞穴を見つけた私立ちはひとまずそこに身を潜めることにした。
とりあえず風が収まるのを待つしかない。
「ここってこんなに風が強かったっけ?」
涼鈴が髪についた砂埃を払いながら皆に意見を求めたが、誰一人「そうだった」とは答えない。
ただ無言で首を横に振るだけ。
「こんなんじゃ桔花さんを迎えに行くのに時間がかかっちゃうね」
三蔵さんが入り口を見つめる。
あまりの風のすごさに、遠くまで見ることは不可能となっていた。
なんでここだけ風が強いのだろう?山間を通っているわけでもないし、風の通り道という訳でもない。
明かに何かの意図があるように感じられた。そう、あの操鬼達が私達の前に現れたように。

「このまま風が強いと、桜の木も折れてしまいそうね」
その風の強さを見ながら私はふとつぶやいた。この様子では葉っぱが全て落ちるだけでは済まなさそうだし。
しかし、その言葉が皆の落ち着いた腰を上げる事となった。
「そうか、この風の目的が判った」
悟浄が立ち上がる。悟空も、八戒、三蔵さんも涼鈴も。