大唐西域異伝
〓第二章・一回〓
北路は南路に比べ起伏の激しい山道となっていた。
軽い傾斜が続く時もあれば、休憩を挟みたくなるような坂道が続く時もあった。
ただ、天候だけには恵まれていたため、思った以上の疲労は感じられなかった。
青い空に白い雲。なんだか平和だな、と空を振り仰ぐ。
鳶が声を高らかに空を舞っていた。
声はそのまま山の方へと続き、やがて聞こえなくなった。
「おい、あんまりのんびりしてんなよ!」
悟空のせかす声に視線を戻す。前を歩いていく涼鈴と紅孩児、そして悟空。
「ごめんね」
ちょっとだけ駆け足になって3人の下に駆け寄る。
「玄娘、辛くなったら私の背中に乗せてあげるからその時は遠慮なく言うのよ」
涼鈴が笑いながら言う。大丈夫、平気。


「ところで涼鈴」
「なによ?」
悟空の問いかけに涼鈴はきょとんとした顔で答える。
「この先って確か死んだ女の幽霊が出たよな?・・・また出るんじゃねェか?」
ニヤニヤと笑いながら意地悪そうに言う悟空。涼鈴はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、
「大丈夫よ、あの子は三蔵がちゃぁんと成仏させてくれたんだから、
もう出てくるわけがないわ」
と言い切った。
幽霊か、私もあんまり好きじゃないけど・・・。
「ほらー、玄娘が怖がっちゃったじゃないの! いじめっ子!!」
「うっせェーなー」
私の背後に立ち、そこから悟空をにらむ涼鈴。
悟空は面倒くさそうに顔をそらした。

紅孩児はひたすらもくもくと歩みを続けている。
そうだよね、私みたいにただ天竺に向かうだけなんていう曖昧な目的じゃなくて、
紅孩児には心のかけらを奪ったものを倒し、ご両親を元に戻さなくてはならないっていう使命があるんだもんね。
だけど、なんか・・・声をかけないでいるのはなんだか居心地が悪くて・・・。
「ねぇ、紅孩児さん。心のかけらってどんなのなの?」
「・・・・・・」
返事はなかった。
なんだか沈黙が気まずくてしょうがない。
「えっと・・・」
「透明な硝子みたいなヤツだ」
私と顔をあわせないけど、ぼそりと紅孩児は答えてくれた。
硝子みたいな塊、ということかしら?
「心が強いものは大きく、弱いものは小さい。済んだ心ほど透明で、よどんだ心ほど不純物が多い」
大体のイメージはつかめた・・・気がする。
「じゃあ、きっと紅孩児さんのご両親は大きくて透明だったのね」
「それはねぇーだろ」
ちょっと悟空。
私が少しでも良く解釈しているのに、そこで突っ込みを入れないでよ!
「フフ、まーな」
どっちに対しての答えなのか判らなかったが、私たちはそれ以上紅孩児に詳しい事を聞くことは出来なかった。


山間部に立ち入る手前に、私たちは小さな村落にたどり着いた。
廃屋のようなお寺と質素な小屋のような家々が立ち並んでいる。
枯れた大地からは蔓のような植物だけが生え、壊れかけた農耕具がほったらかしになっていた。
人目を避けるように閉じられた戸に閉塞感を感じた。
しかし通りに人影は見当たらないものの、どこからか小声でぼそりぼそりと話をしている声は聞こえる。
誰もいないわけではなさそうだった。
「ねぇ、また幽霊騒ぎ?」
涼鈴が誰ともなしに話しかける。そのまま両腕をさするように腕を組み、縮こまった。
「おい! 出て濃いよ!!」
ドンドンと扉を叩く悟空。中からはおびえた村人の声が聞こえる。
「悟空、そんなに乱暴に叩かなくたって良いじゃない!」
通り過ぎようよ、と訴える涼鈴。
しばらくして、村人が少しだけ扉を開けてくれた。
中に見えるのはやつれた顔の30前後の男性。。

「この先に変な門が現れたんだ。天まで届くようなでっかい門だ。
多くの者がその中に吸い込まれ、出てきたものはいないんだ・・・」
その人はそれだけいうと扉を再び閉めた。
大きな門・・・。私はここへたどり着いたあの門を思い出した。
現代から過去へと通じてきた門。もしかしてそれと同じものがここにもあるのかしら?
皆それぞれ考える事があったみたいで、沈黙が続いた。
「つまり、ここを通過する条件みたいなものが・・・」と紅孩児。
「その門を破壊するって事」と涼鈴
「だな」と悟空。
私はただそれに頷くしか出来なかった。


火炎山に一番近い峠を越えたあたりで、その門らしきものが見えてきた。
今までは火炎山の影になって見えていなかったが、そこには黒塗りの大きな門が聳え立っていた。
門自体は奥行きが5mもないのに、中を覗き込むと果てしない闇が広がっている。
光が一切差し込まない不気味さに、近寄る事さえ躊躇してしまう。
強く何かを叩く音が辺りに響き渡った。
悟空が如意棒で柱を叩き割ろうとしている。力強く振り下ろされる如意棒。だが、門は軽く震動を起すだけで倒れる気配は見えない。
どうしたら良いんだろう?
じぃっと門の奥を見つめた。なにか答えがあるかも知れないし。

一瞬小さな光のかけらがその闇の中に閃光を放った。
「あ」
光自体は一瞬の出来事だったのだが、私の脳裏に何かの映像がふわりと送られてきた。
それは山の上にある鳥の巣の中。その山から見えるのは・・・近代建築?
黒い、鳥の卵に似た宝石のような鍵がそこにある。それを破壊すればいいのかしら?

やがてそのイメージは消えていった。目の前に広がる闇。
それに誘われるまま、私は再び門をくぐるのだった。


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††小さな言い訳。††
言い訳もなにも・・・遅くなって本当に申し訳ありません。