大唐西域異伝
〓第二章・十回〓

「さーて、鍵も手に入ったことだし、帰るか」
 悟空の意見に反対する者なんていない。私も笑顔でそれにうなづいた。
 しかし、この時私達は大切なことをすっかり忘れていたわけで…。

 それに気づいたのは岩場を下って、最初に辿りついた街へと向かう途中だった。
「ねぇ、どうやって帰るの?」
 涼鈴が進む足をぴたりと止めて私に問う。
 あ…、そう言えば!

 少しだけ道を戻って、小高い丘から街を見下ろす。繁華街の中央に、あの過去へと続く扉なんてない。
 あるのは近代建造物と行き交う人の群れだけ。
 三蔵さんと悟空と一緒に見たようなそびえ建つ扉はその姿すらみえない。
 …これはもしかして、両界山の近くまで戻らなきゃいけないの?
「まぁ、それしか方法がないってんなら、しょうがねェよなー」
 私の心を読んだのかどうかは分からないけれど、悟空がそう口にした。
「ええーっ、やぁだぁー! こっからじゃ距離がありすぎるよー!」
 涼鈴が私の代弁をするかのように不満を漏らす。
「しょーがねェだろ、それしか方法がないんだったらよ」
「他にその『扉』ってのはないのか?」
 今まで寡黙に伏していた紅孩児も参加する。
「あんなもんがぽんぽんその辺にあってたまるか」
 それも、そうね。
「じゃあ、やっぱり戻らなきゃだめなのかな…」
「玄娘・・・。そうなったら、私が背中に乗せて飛んでってあげる!ね!」
「…目立つがな」
 肩を落とす私にフォローを入れてくれる涼鈴。涼鈴だって、この距離を戻るのはイヤなのに。

「とりあえず、ここから先に進んで探してみるって言うのはどうなんだ?」
 紅孩児が新しい意見を出す。だけど、それで道が見つからなかったら…戻るのはもっと大変になっちゃう。
 しばらくは進むか戻るかという談義になったのだけど、結局答えはすぐに出てこないわけで…。

「んもう、私たちで話していてもしょうがないよ。やっぱこう言うときは玄娘に決めてもらわなくっちゃね」
「ええッ?! わ、私が決めるの?」
 3人の視線が一度に私の方を向く。皆の目は真剣で曖昧なことは言えない。
「え、えっと、た、多数決で決めるっていうのは…どう、かな?」
 うう、我ながらなんて決断力のない提案なのかしら。

「多数決など必要ありませんよ」
 丘の向こうに広がる林の中から聞いたことのある声がした。
「げっ」
 涼鈴は思わず身を固める。
 ゆっくりと私達の前に姿を現した人物は豊かな金色の髪をかきあげ、にっこりと微笑んだ。
「公主、こんなところにいらっしゃったのですか。さぁさ、早く帰りましょう。結婚式が始まってしまいますよ」
「だっ、誰の結婚式よ!! あれはもう取りやめになったでしょ?!」
「取りやめになどなるわけがないじゃないですか。少しだけ延期されただけです。早く帰ってお父様達に晴れの姿をお見せしなくては、ね」
「触ンないでよ!」
 穏やかに笑う霊感公子さんと涼鈴。なんだか、漫才でも見ているみたい。
「玄娘、笑っている場合じゃないの!」



「んで? 多数決の必要がないってェのはどういう意味だ?」
 あまりの涼鈴と公子の会話の長さに悟空が話の腰を力ずくで折り曲げる。二人は一瞬きょとんとしたが、それぞれ自分の置かれた状況をもう一度確かめ、凛とした表情に戻る。
「ああ、そのことですか。そんなの、あなたが一番分かっていることじゃないですか、悟空」
「呼び捨てにすんな」
 そんなやり取りを交わしながら霊感公子さんは私の方を向く。青く澄んだ綺麗な目。ちょっとだけドキッとしたけど、その澄みきり過ぎた目は心の中を見透かすようで怖い。
「私達は『げんじょう』三蔵氏に付き従う者達なんです。私達の意見を聞いてくださるのはとてもありがたいのですが、
 あなたは『げんじょう』三蔵として私達に指示を与えなくてはいけないのです。多数決ではなく、あなたの意見を聞かせて下さい」
…反論は…でなかった。


 進むか、戻るか。
 確実なのは戻る道なんだけど…、戻っていたら三蔵さんたちとの合流に遅れてしまう。
 どうしよう…。
「おや、解答にお困りですか?」
「う、うん。だって、2つとも正しい意見なんだもん…」
「二つ?」
 霊感公子は眉をひそめた。
「え、だって、進むか戻るか、でしょう? 2つとも正しく…ない?」
 私の意見に霊感公子は何かを考えているようだった。

 そして数秒後、彼は私に正しい選択肢を教えてくれた。
「そうですね。
 あなたが初めて過去に来たという両界山の門へ戻るのが一つの選択肢。
 そしてこの先に門があると信じて進むのが二つ目の選択肢。
 あと、私がここに来た扉を使うというのが三番目の選択肢としてありますが、どうします?」


   え?


「ちょっと、なんでそれを先に言わないのよ!」
 私が言う前に涼鈴の空中蹴りが公子の後頭部を直撃する。
「公主ー、気づいていなかったんですかぁ?」
 頭を押さえながら霊感公子さんは弁解する。そういえば、どうして霊感公子さんがここにいるかという疑問は解けていなかったんだわ。
あああ、良く考えたらそうよね!



 霊感公子さんの言っていた門は、林の中の小さな祠の中にあった。入り口はとても小さくて、幅は1mもなさそう。
 高さも腰のあたりから、やっぱり1mくらいしかなくて、両手を伸ばして中に入って、過去からは頭から出るという形になるみたい。
 とりあえず、悟空が一度入って向こうを確認することになった。
 この祠の門は珍しく、向こうからとこちらからとで行き来が出来るみたいで、悟空は確認に出かけた後しばらくして、またこちら側(現代側)へと戻ってきた。
「大丈夫みたいだな。うん、お前らもゆっくりこい」
 そう言って悟空はまた門の向こうへと消えた。つながっているみたいだし、大丈夫。
「では、公主、お先にどうぞ」
「いやよ」
「どうしてですか?」
「やらしいわね、そう言って前のめりになった私の下着をみるつもりでしょ」
「そ、そんなぁ、公主〜。…そう言うことは後から言ってください。しないかもしれないじゃないですか」
「するかもしれないんでしょ?」
「…公主に今教えてもらいましたからね」
「ほら、するんだ! はいはい、アンタが先に行きなさい」
「はぁぁ…」
 この二人って結構相性良いのかも。
 その後、私・紅孩児・涼鈴と続いて、過去へと戻ってくることが出来た。

 さてと。これで旅が再開できるわね!

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††小さな言い訳。††
なんか無駄に長いんですけどー。
霊感公子が出てくると話が進みますね!(好きキャラなのが問題か?)
はてさて。これで物語りは進むのですが、玄奘サイドは・・・気になりませんか?(←書きたい)