せんかしの雑文

公園の東側

子供の頃の遊び場は、今では建中寺公園となっているが、当時はまだ寺の境内の面影が残っていた。
その東側部分の記憶を書いてみる。

総門から山門にかけて石畳の参道があり、いくつか石灯籠があった。
参道の脇は、松が植えられたスペースで、東側には所々に背の低い茂みがあった。
奥には南北に続く土塀があり、その向こう側はいくつかの区画に分かれていた。
ここは、以前は何かの建物があった場所だったのだと思う。
東南の区画には竹藪があり、材木などの資材が置かれていた。

総門の東の方に東西に続く土手があった。
どうしてこんな所に土手があったのだろう。
寺の境界線の名残なのだろうか、今思うと不思議な気がする。

土手の高さは大人の背丈より少し高いくらいで、子供にとっては大きく見えた。
北側に登れる所が2か所あって、土手の上を歩くことが出来た。
それほど大きな木は生えていなかったが、西側の登り口付近の木はかぶれる木だから触ってはいけないと言われていた。
ここら辺りにはツユクサが生えていて、青色の小さな花が綺麗だった。

土手の北側には民家があったはずだ。
住んでいた人のかすかな記憶があるが、早い段階で無くなっていた。
その家の名残なのかもしれないが、柿の木が一本あった。
実がなった時に、友だちと一緒に食べてみたことがあった。
柿はみんな甘いものだと思っていた。
渋い柿があるのを初めて知った。

土手の南側には、遊べるくらいのスペースがあった。
ここで拾った廃材の竹を振り回して、チャンバラごっこをしていたことがあった。
竹を持ってハンマー投げの様にぐるぐる回っていたら、手からすっぽ抜けてしまった。
直接持つと手が痛いので、持つ所に紙を巻いていたら滑ってしまったのだ。
竹はスローモーションの様に真っ直ぐに飛んでいって、側にあった事務所の大きな窓ガラスを割ってしまった。

どうして良いのか途方に暮れていたら、事務所の人が「わざとやったんじゃないよね」と聞いてそのまま許してくれた。
本当なら、謝りに行くべきだったのだろうが、そのままで済ませてしまった。
その頃は、そんな分別を持っていなかった。
黙って後かたづけをしていたあの女の人は、優しい人だったんだと思う。