せんかしの雑文

建中寺公園の工事

私が小学校低学年の頃、建中寺山門前のエリアは、まだ昔の面影が残っていた。
その後、ここは整備されて公園になっていった。
その時のことを、書いてみようと思う。

この工事は、徐々に時間をかけて行われた。
完了するまでには、数年かかった。
その間、立ち入り禁止になることもなく、少しずつ変化していく中で、私たちはその時々の状態を楽しんで遊んでいた。

エリアの北西にあった幼稚園が、今の位置に移ったのが最初だった。
建物が取り壊された跡に、竹材が残っていた。
誰かの提案で、コンクリートの基礎に竹をこすりつけて削って、武器らしき物を作った。
それを使って何かをしようという訳ではないが、なんだかそれがかっこいいことに思えた。

その後少し時間が経ってから、参道の脇のスペースに植えられていた松が切り倒された。
のこぎりで切り目を入れられ、くさびを打ち込まれて木が倒されていくのを見ていた。
作業をしていたおじさんも、別に私たちを邪魔にはしなかった。

やがて、エリア内を区切っていた土塀が取り壊された。
しばらくの間は、土とか石の一部が残っていて、石をどけてコオロギを捕ったりしていた。

ある日突然、大量の土が運び込まれて、大きな丘の様な物が幾つも出来た。
その土の中には、人体模型の様な物とか金属の棒とか訳の分からないゴミが混じっていた。
一時的に産廃置き場にでもなっていたのだろうか。

エリアの南東にあった土手も削り取られた。
残った土手の断面から、動物の骨の様な物が出てきて、みんなで騒いだのを覚えている。

祭りのお囃子の練習などに使われていた不動会館も取り壊された。
この建物の北側には、人が住んでいた。
壊される時に、日にさらされていた便器の異質な白さが印象に残っている。
この時の古材を使って、公園の脇に新たな建物が造られた。

公園をぐるりと囲む道路が造られ、周囲や内部を区分するフェンスが設置されていった。
この道路が舗装された時は、自転車でレースの様に走り回った。
新しい舗装は、段差が無くサーキットの様で、走っていて気持ちが良かった。

そして、樹木が植えられたり、新たに遊具やベンチが設置されて、だんだんと公園らしくなっていった。
外観はこざっぱりとし見栄えは良くなったが、私にとってはつまらない場所になった。
工事中や、昔の境内の名残のあった頃の方が、遊び場としては数段楽しかった。