せんかしの雑文

裁判員制度について

裁判員制度に対する賛成意見として、外国では裁判に市民が参加するのが当たり前だという人がいる。
こういう意見を聞くと思い出すことがある。

二千円札が発行される前、どこかのおじさんが得々としゃべっていた。
これが発行されるとどんなに便利になるかとか、外国では2の付く札があるのが当たり前だとか。
現在、邪魔なだけの二千円札は、ただのゴミになっている。

ここは日本なのだから、外国がどうこう言うのは関係ない。
こういう類の人は、いずれ、外国では徴兵制があるのが当たり前だから日本でも実施すべきだとか、紛争地で血を流すのは当たり前だとか言い出すのだろう。

裁判員制度なんて、法律の素人が短時間の審理に参加することに、どれほどの意味があるというのか。
そもそも仕事というのは、その道に熟達した人間がするものだ。
もしも、素人が造った建物とか素人が組み立てた自動車とかが有ったとしたら、私はそれを使う気にはなれない。

こういう制度を考えつく根底にあるのは、国民の金と時間と労力は自由勝手に使えるものだという意識だ。
裁判の現状を変えるのなら、もっと他にやるべき事があるだろう。