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♪2004年9月の思い出♪


 去年の今頃はパレコンの練習で寝ても覚めても『カン・イービル』と『火の鳥』でした。『火の鳥』はロシアのストラヴィンスキーのオケですから、それはもう、耳にタコができるほど聴かされました。 マーチング初心者なのにメンバーに入れてもらって苦しいながらも充実してました。

 嵐の前触れ。 地震で言えば余震…。
今になってみると、よくわからないことが、よくわからないまま過ぎ去っていってしまったみたいです。
 
始業式終了後に早速あった実力テストでは惨めな結果で(特に理数系は「は?」って感じ)、ついに階段を下りる速度が加速してきた感じでした。

 とはいっても、落ち込んでばかりもいられず、「終わっちまったものはしょうがない」と開き直って、パレコン招待演奏の練習に励む日々。 招待なので、『パチュコ』とかの楽しいノリのいい曲かと思いきや、ショスタコの『祝典序曲』ときた…!! まだまだ暑い9月、去年のパレコン以来、マーチングなどまともにやってない初心者のMMのこと、それはもう、地獄そのもので…。 スコアも変調せず、原調のため、「わけわからん…動けん…」と…。
 MMは持久力はあるんです、1000m走は中3の時、バスケ、ハンド部に混ざって学年2位の記録でしたから…。
でもね、瞬発力には今ひとつ。。。 普段のMM見てればびしっ!ばしっ!ってターンできるほうがおかしいってもので(笑)。

 そうやって子供が頑張っているときに、1日楽しい日がありました。
最初で最後となってしまったけれど、ウィーンメンバー中心の保護者と先生との懇親会がありました。
1人ではとても緊張するので、仲良くしてもらってるママさんと相談してせっかくだからと参加することにしたのです。
(決して、決して先生が嫌いなわけではありません; 緊張して舞い上がるのです;; はい。。。)
名駅で待ち合わせして、全員で席がくじ引きだったらどうしようかとか、先生と同じ席だったらどうしようかと色々心配しましたが、パート毎に席で安心、安心でした。(くどいようですが、先生が嫌いなのではありません、はい。)
 ここでも先生のお話はウィーン一色。 でも、その日その時間おなじ場所にいた私は、先生の気持ちが少しだけかもしれないけれどわかるのでした。
 SAXパートは先生から一番遠い席。 食事は気楽でしたが、遠い分、挨拶に行こうと思うと他のパートの方が先に行かれてしまって、結局お話できたのは部屋を出てからでした。 そこで、「頑張ってますよ、能力ありますよ」って褒めていただきました。 せっかくだったからもっと話したかったのだけれど、私、単純なので、帰りはとってもうれしかったです。

 「名曲鑑賞会」これも最初で最後の1度きりでしたが参加しました。
毎年学校が「オープンスクール」の1つとして開催していたものです。 前半は勤務の調整希望をいつも出し忘れて行けなかったのですが、やっと申込みができました。 先生の解説を聞きながら鑑賞したDVD『アマデウス』は忘れることはありません。 次は『フィガロの結婚』でとっても楽しみだったのに残念です。

 中旬から、なんだかMMの様子がおかしくなりました。
私はMMに限らず、子供にあれこれ部活や学校ののことを聞きます。 子供もめんどくさがらず、話してくれるのですがこの頃だけは話の端々がなんだかオブラートに包んだような、苦虫を噛み潰したようなちょっと違う雰囲気…。 そのうち暫くの間は休部になると言いまして…。 さすがに問い詰めました。 1年生の時は年末年始3日間しか休みはなかったこの部に理由のない休部なんてありえないですもん。 先生が体調を崩されたというわけでもなく、MM自身もよくわかっていないようで、ものすごい不安に襲われました。

 それでも依頼演奏だけはこなしました。 近くの2つの小学校での敬老会行事の演奏と、パレコン県大会の招待演奏の3件。 でもそこには先生の姿はなく…。

 敬老会行事…、私はこのときのお客さんの拍手が一番好きです。 難解な曲こそ演奏しないけれど、童謡や演歌など演奏するたびに惜しみない拍手を笑顔でして下さいます。 指揮こそ副顧問の先生でしたが、変らない暖かい拍手をいただきました。 感謝で心がいっぱいになりました。

 パレコン県大会招待演奏…、決して完成形ではなかったかと…。 でも集中することすら大変だった当時のMM達は短い練習時間の中で頑張っていたと思います。 MMはこの日、初めてドリル用の衣装を着ることができました。
もう着せてもらえることなんてないなあと思っていたので、いい思い出になりました。

 9月最後の日、先生が久しぶりに学校にいらっしゃって、なんとか10月からいつも通り部活ができることになったとMMから報告。 休部中は気の抜けたような状態だったMMも「先生が戻ってきたんだよ。これで今までどおり練習できるよ。」と笑顔で話してくれて、ほっとしました。 広島での公演も控えていて、この先どうなることかと心配していたのでよかったです。 この先どんな大変なことが待っているかも知らずに。。。