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2004.11 Reminisences

ちいさな灯
 夢と消えた「パレコン東海大会招待演奏」、「広島公演」、「アンサンブルCD」、山ほどあったはずの依頼演奏。
MMが以前話してくれたこと。
2学期の初め頃、会計の仕事をしていたMMに先生は、『年内は土日も祝日も休みがないぞ。下手したら午前・午
後とダブルヘッダーもあるかもしれん』と…。
これは職場と同僚にに無理言って、土日祝は全部休みにしてもらわないと…と思っていたけれど、そんな心配をす
ることもなくなってしまった。
企画ができあがっていなかった広島はともかく、パレコンは県大会とコンテを変えて練習していた中、本番が迫っ
てからの、事実上、「演奏辞退」要請のようなものだったと思う。
残ったMM達に何の罪もないはずなのに、傷口に塩をすりこむような状況にやりきれなくなった。
頑張ってるMMに『頑張れ…』としか言えなくて、何もしてやれないそんな自分の不甲斐なさが情けなくて、腹立た
しささえ感じた。
何とかしてやりたい気持ちは、思えば思うほど空回りするだけで虚しかった。

 唯一の大きな舞台、「福岡国民文化祭」。
辞退するかどうかで、宇一先生が指揮をしてくださることで、なんとかこなせた。
いつもなら、どんな小さな演奏会でも楽しみに出かけてた私は、今回行かなかった。
福岡という場所が遠かったこともあるけど、何より気持ちがついていけなかった。

 そんな中でも、幾つかの依頼演奏を聴きに行った。
10月の区役所コンサート、金山でのエイズキャンペーンコンサート、芸文大ホールのプレ万博イベント、学校見学
会。
本音は、気持ちをわかってくれる友達ママに会っていないと、家にいたらつぶれてしまいそうで仕方なかった。
それぞれの場所でお客さんから頂いた拍手はどれも暖かかった。

 2年生の保護者だけで集まりもした。
初め、副顧問の先生を通して、学校の1室を貸してくれるという話も、1学年の保護者の集まりだとわかると、「その
ような目的で学校を使うのはまかりならん(先生談)」と一転、学校から拒絶された。
急遽、代表で市内の施設を手当たり次第あたって、場所を確保した。
平日の急な開催の割りにたくさんの人が来てくれた。
話し合って何が解決するでもないけど、いろんな人の想いを聞くだけで、少なくとも私は救われてたと思う。
「福岡国民文化祭」に行ったママさんは、当日の様子を語ってくれた。
何を話しても聞いても涙になったように思う。

 11月は桐田先生の誕生月。
あの日、あの新聞に書かれたMMの話と食い違うことを到底信じられない、信じていない私は、どうしても先生に
会いたかった。
1年半とはいえ、お礼もお別れも言えず、いなくなってしまった先生に、どうしても感謝の気持ちを一言伝えたくて、下旬の先生の誕生日、プレゼントを持って会いに車を走らせた。
住所なんて知らない私は、連絡網にあった電話番号だけメモして北へ向かった。
庄内川を越えた辺りで岐阜の山が見えた。
結構、距離を感じた。
この遠いところから、子供達のためだけに、体調がすぐれなくても、何年も朝早くから毎日学校まで来てくれたんだ
と思ったら、目の前が曇った。

 先生の家はある程度のところまで行ったら公衆電話で同じ番号を探して、住所を見つければいいと考えていた。
19号線から1本入った道路の公衆電話を見つけて、早速ページをめくる。
でも……、ない。
2文字目が「川」「山」「生」しかない…。
手の中にある番号に電話をかければいいのだけれど、かける勇気がない。
「せっかくここまで来たのに、どうしよう」
そんな時、ある人の顔が浮かんだ。
MMの中1の1年間だけ顧問をしてくれた先生で、桐田先生と知り合いの先生。
「さわやかウインドクリニック」では先生に、講師の小松先生の出迎えを頼まれた程の先生。
MM達が名電に入学(入部)する時、「自分の教え子がいくから…」とお願いしてくれた先生。
ダメ元で勤務先の中学校に電話をしてみた。
「先生に会うために○○まで来て住所を調べてるんですけど、見つからなくて…」といきさつを説明すると、先生の
家は、実は今自分がいる市ではなくて、隣の市だった。
いくら探しても載ってるわけがない。
手帳には控えてあるからと、教えてもらった。
感謝!!

 予想以上に簡単に見つけることができたけど、その分、急に緊張しだした。
門扉の表札の2文字が懐かしくもあったけど…。
深呼吸してから、思い切って表札のとなりにあるチャイムを押した。
「名電」という言葉を出したら、追い返されるのを覚悟してたけど、そんな思いに反して、すぐに笑顔で先生を呼んで
くれた。
(応対してくれた人の事を当時は娘さんだと思っていたけれど、実は先生の「教え子」さんだったのかなと最近思っ
たりする。お正月と同じように、きっと先生を慕ってるみんなが集まってたんだよね)
思ったより元気そうな先生。
「ごちゃごちゃといますけど、上がりますか?」と声をかけて下さったけれど、何しろ【アポなし】で来た私。
それにせっかくの楽しい場を私が上がり込むことで、雰囲気もぶち壊すし…と玄関先の庭でしばらく話をした。
先生は子供達の事をとても心配して下さっていた。
初めて先生の涙を見たような気がした。
もしかしたら、目にごみが入っただけだったかもしれないけど。
今までMMがしてくれた話の中に感じてきた、先生の優しさや繊細さを目の当たりにしたような気がした。
それから嬉しかったのは、私が思っている以上に、申し訳ないくらいMMを高く評価してくれていたこと。
本当に嬉しかった。
それとここには書けないけど、ある話から、先生がMM達には本当にたくさんの愛情を持って接してくれてたし、そ
の思いは、子供達から離れた今になっても変わらないんだなってこともわかった。

 誕生日でお花を持っていったのに、帰り際「何かMMに…」と、先生自身が忙しい中、株分けして育てて、やっと
今年初めて花をつけたという、ミニカトレアの鉢をいただきました。
車の中でもほのかに香って、とても安らいだ気持ちになれた。

 家で、本当は部活をサボってついて来たかったけど、アンコンの校内選考会で、どうしても来ることができなかっ
たMMに、こと細かに今日の話をした。
予想通り、8重奏にこだわったMM達は朝日のアンコンには落ちてしまったけど、元気そうだった先生の話を聞い
て少しは安心したように思う。

 同じように先生の事をメールで報告した数人のママさんからは『抜け駆け』だと『ブーイングメール』がきた。
誘おうと思ったけど、無事に到着できるか自信なくて、ぬか喜びさせたくなかったから、誰も誘わなかったんだけど
、平謝りするしかなかった。
ミニカトレア、家の中に、ピンクの『ちいさな灯』が灯ったみたい。