少女と女との過渡期にあるかのような華奢な身体は、彼の視線に縛られたままで敷布の上にくずおれた。小刻みに震える身体、最後に堪えきれずにあげた、小さな悲鳴。 だがすでに、それは初めてでは・・・なかった。 未だに心のどこかでは拒み続けている、とでもいうのだろうか。瞳の奥では、自分の潔癖感に楔を打ち込んで粉々にしてしまった男を恨んでいる炎が燃えている。首にかけられた首飾りの紅光を放つ宝石のように。瞳からあふれ出た涙は、首飾りの縁取りにあしらわれている金剛石の小片(かけら)のようだ。 しかし・・・・。 表情には出さぬが、男は可笑しくてならなかった。まぁ、それを言葉にして相手を嬲ることも出来ないわけではないが、いたづらに機嫌を損ねても仕方がない。 そろそろ、自覚も出来たことだろう。理性や心より大きな動きをするものが、己の中に潜んでいるということが。 冷たく彼女を見下ろす彼の脳裏には、愛や憐憫や、ましてや快感や衝動のかけらなどなかった。 女は、女だ・・・・あくまでも女、でしかない。 甘やかされ、征服され、支配され、被虐されることをどこかで望んでいる。 どんなに高貴な血筋であろうと。 聖なる魔法をいくら会得しても。 いや、会得しえるだけの感受性と聡さがあればこそ、罠にはめやすいのだ。そして・・・心を愛に縛られ、その相手に必死に手を伸ばそうとしている瞬間こそ、人はもろい。理想を掲げて戦う自制心の強い騎士だろうと、それは同じだと思う。”戦略”にはめられたものが、敗れ去る。 そう、剣技や軍勢の配置だけが”戦略”ではない。 勝利は時の運でなく、”戦略”の必然の結果だ。 強固な城も、攻め方ひとつ。一つの波が堰を越えて城の外壁が崩れ去れば、征服など、あとは時間の問題だ。長引けば長引くほど城の内側がきしみ、壊れていくだけ。城を守る意識が、どのくらい持ちこたえるかは、征服者の快楽にしかならない。 こちら側の波のせいではなく、城の中から堪えきれない波が生じて外壁が崩れる。俺を最も快楽に導いてくれるのは、その情景だなと男は思う。 愛だろうが理想だろうが、手を伸ばしたものに届かないと気づいた時の絶望感に苛まれ、自ら堕ちていく人間。砕け散る瞬間のきらめきは、金剛石の輝きにも匹敵するのだ。 「・・・ヴァレリアは、お前のものだ。カチュア。」 その言葉に偽りなど、ない。 若き美しき女王が統治して、民が幸せな笑顔を取り戻せばいい。 目の前の苦しさや痛みや心配事から開放された、その時・・・怠惰な者達は忘れてしまうのだから。 自分を律することも。自分自身を磨き上げることも。 生活に流され、甘いものだけ口にして・・・快楽に溺れて麻痺すればいい。 本当に自分は幸せなのか、自分を自由にしてやれているのかなどと考えることなど忘れて・・・操られればいい。 「・・・美しいよ。みな、お前に従うだろう。」 女の好きそうな甘い言葉、だが彼女は力無く首を横に振る。 「・・・・お前に従わないものは、私が地獄に落としてやろう、・・お前のために。」 「・・・・。」 返事など、どちらでも構わない。そのまま、部屋を出て扉を閉め、錠をかける。 心の中で自分が呟く。 ―――地獄の方が、現世より甘美だと思うがな。 その甘美さを楽しめる特権を与えてやるのだ。 廊下を歩きながら、次の”戦略”を考える自分に苦笑する。 対の宝石のついた首飾りがふっと脳裏に浮かぶ。 同じだ・・・。小さな金剛石のかけらの縁取り。 最も高貴で最も硬いと称えられる金剛石も、真に美しいのは、ほんの一握りだけだ。ほとんど小さ過ぎるものの方が多い。それらは結局、他の宝石を輝かせる役割を担わされるだけだ。 そう、金剛石の小片(かけら)は、屑(くず)でしかない。 だが、慈愛深い神はお赦しになることだろう。 真に価値在る理想という宝石を輝かせる縁取りとなって生きていくことを。 〜Fin〜 あとがき(イイワケ): この作品は、GINGERさまサイトへ3周年の貢ぎ物として捧げた物です(おめでと〜!!)。 ちょっとダークなものを飾っていただいて申し訳ないやら・・・恥ずかしいやら。というわけで拙宅でも責任をとって(?)上げました。 ダイアモンド(白・聖を象徴しようと意図してます)を馬鹿にしている風に読めちゃいそうですが・・そうじゃなくて(^^ゞ。 作者は、黒団長を”才能を愛する、怜悧な人物”だと夢想していますので、磨けばダイアモンドのようになれるのに、自分を磨くこともせず、楽な方へ走りがちな、弱い人間を馬鹿にしていると思ってください。ああ、自分でも耳が痛いです(笑)。 [TOPのメニューページへ] |