@サーバー ルートタウン 商業都市ヴェルクリス
「……」
彼は自分のホームで依頼人を待っていた。依頼人には先ほどメールで依頼達成の旨を伝えておいてある。
後は、依頼人がこのホームまで来るのを待つだけだ。
ガチャ、という音とともに依頼人が姿をあらわす。
「ありがとうございます。“Solomon”さん。」
“Solomon”とは、彼のゲームの中での本当の名ではない。
ゲーム内で設定している名は“レイヴン”。
つまり“Solomon”は便宜上のコードネーム、というわけだ。
「金はいつもの口座に…」
そう言って、彼はホームから依頼人を追い出した。
奥のほうにある椅子に腰をおろした。正確には「おろす」という動作をさせた。
彼のホームの内装は一風変わっている。
ホームを持つほとんどのプレイヤーが、見た目すごしやすいように作られているのだが、
彼のホームはいろんなものが所狭しと、それこそ個展でも開けそうなほどにひしめき合っていた。
まず、入ってすぐに目にとまるのが、入り口の正面の壁にかけてある『墜ちた天使』の巨大な絵だろう。
さらに、奥に進むと左右の壁にかかった奇怪なオブジェが見えるが、
その悪趣味さは人並みはずれている。
まず、何かの儀式にでも使われるような巨大な角の生えた水牛の頭骨、
その隣に並ぶ無表情に微笑む仮面の額には、剣が突き刺さっている。
それだけではない、床に放置されている物品もなんに使うのだか判らないものが多い。
例えば、部屋の中央に通行人を遮るような形で置かれたビリヤード台や、
どうやって造ったのか判らないほどに複雑に彎曲した硝子のオブジェ。
極めつけは、その薄ぐらい部屋の奥に一人黙然と座っている、死神レイヴン。
どれをとってみても、普通とはいえなかった。
それでも、このホームに足を運ぶものが耐えないのは、彼の便利屋としての腕のよさだろう。
このヴェルクリスにはそれこそ何百人もの便利屋が店を構えているが、
そのうち依頼が来るのはほんの一握りにしか過ぎない。
レイヴンの存在を知らないものが、彼の家に入って真っ先に飛び出して他のところに行くか、
あのオブジェがどうも好きになれないという連中しか、他の便利屋に頼む人間はいないからだ。
「さて……」
そう言って、彼はFMDを外した。
今までFMDで見ていた画像が、パソコンの画面にそのまま映し出される。
FMDを外したまま、彼は記録のためにレイヴンを記録屋に向かわせた。
やはりFMDのあるのとないのでは感覚が違う、と改めて思う。
現実感がまるで違う、とでも表現するのだろうか。とにかくそれはまるで世界が違って見えた。
ヴン…
低い音とともに、パソコンのスイッチが切られる。
これで、レイヴンはいったん封印され、
現実世界での狩野恭次として日常生活を送ることになる、はずだった…。


http://www.medias.ne.jp/~kuon/.hack.html