@サーバー 閉ざ♂れ∴ 永∝の 地‡牢※

「ここが…」

レイヴンが低く呟く。
この聖堂は一見すると
“The World”のエリア“Δサーバー 隠されし 禁断の 聖域”に似ていた。
だが、それと違っているのは、外の塗装が完全に剥げ落ちて、
その痛々しい素肌をさらしており、その扉も固く閉められているということだった。

レイヴンがその扉に近づくと、それを待っていたかのようにドアは音もなく左右に開いた。

「バルムンク…!?」

レイヴンはそこに立つ白銀の剣士の姿を見て驚きの声を上げた。

だが、聖堂内に響き渡ったその声にも彼は気づかないようにこちらを向こうともしない。

レイヴンは不審に思って、剣士に近寄り、その肩を叩こうとした。
が、レイヴンの手は、その肩をすり抜けその剣士は一瞬姿が歪んだと思うと光となって四散した。

「今の姿は…フィアナの末裔、“蒼天のバルムンク”…?」

その白銀の剣士は、まさにその“蒼天のバルムンク”と酷似していた、かのように見えた。

見えた…。“蒼天のバルムンク”のような…いや、どっちだ…? はっきり見たような気がしたが…。

レイヴンの思考はそれのみに費やされていた。

彼は記憶力には自信があった。
だが、今見た剣士の姿、その立っていた様子やその場所の風景は鮮明に思い出せるのに、
何故かその剣士の顔やその他の装飾品のようはな細かい部位は、靄がかかったように思い出せなかった。

鎖につながれた少女の像…。
ここまで“?サーバー 隠されし 禁断の 聖域”に似ていると、そこにいるかのような錯覚に陥る。

しかし、その風景は一瞬で崩れ去った。少女の像が砕け、四方に飛び散り、
それが元々あった場所は、何故かダンジョンの入り口のように変化した。

「入れ…ということなのか」

レイヴンは何事も起きなかったかのように、そのダンジョンに入っていった。

目の前に、広い何もないステージが広がる。“フラット・ステージ”呼ばれるものがそこにはあった。
いや、あったという表現もおかしいかもしれない。そこには何一つ存在していない。レイヴン以外は…。

「ここは…?」

レイヴンの口から一言こぼれる。

「ここは、“フラット・ステージ”…。データのバグで作成されたエリア…。」

背後で女性の声が響き、レイヴンは半ば反射的に剣を抜いて身構えた。

「警戒しなくてもよくってよ…? 私は敵じゃないから…」

その彼女の話し方、容姿、動作…、レイヴンはどこかで見た覚えがあった。
いや、頭の中にそれが作られていた。

「ヘルバ…?」

その名前が不意に口をつく。

「ご名答…」

(“ヘルバ”…。“The World”の基となった
“黄昏の碑文”では闇の女王として登場するこの名前。
確か現実世界では伝説のハッカーだったか…。)

レイヴンは、その記憶を探り、情報を引き出す。

「あんたも、変なメールか何かで呼び出されたのか…?」

「………」

レイヴンの質問にヘルバは黙ったまま、レイヴンの入ってきたダンジョンの入り口のほうに向かった。

「おい、答え…」

「レイヴン…」

レイヴンの言葉をさえぎって、ヘルバが話し掛ける。

「え…?」

いきなり名指しで話し掛けられて、戸惑いを隠せない様子のレイヴンに、ヘルバは質問する。

「ここから入ってきたのかしら…?」

そういって、例の入り口を示す。

「ああ…」

レイヴンはまだ名前を明かしていないはずなのに、なぜ名指しで呼ぶことができたのか…。
彼がそう思っているときに、ヘルバがその無言の問いに答えを返した。

「ふふ…。“何で俺の名前がわかるんだ?”って顔してるわね…」

ヘルバのその静かな口調に、レイヴンは一瞬背筋に寒気が走った。

(俺の名前を知っていることをあたりまえのように…?)

「私は、ハッカー…。だから、個人情報の詮索は得意なの…」

そういわれるとそういう気がしないでもない。と、レイヴンは納得する。
確かに彼女なら個人情報を詮索したり改変したりすることはたやすいだろう。

「おや…? ヘルバしか来ていないと思ったのだが…?」

独特な声がそこに響く。レイヴンとヘルバは声の出所を突き止め、そちらを振り向いた。

「やぁ…」

その初老の男性は軽く片手を挙げ、二人に挨拶した。

「ワイズマン…。あなたも呼び出されたのね…?」

ヘルバの発した名前に、レイヴンの耳は敏感に反応していた。

「ワイズマン…?」

その呟きを無視するかのように、ワイズマンはヘルバの問いに笑顔で答える。

「まあ…な、“例の場所”といわれたら此処しかないじゃないか…。ところで…」

ワイズマンは、レイヴンのほうを向きそしてヘルバに向き直って彼女に訊いた。

「彼はいったい…?」

その言葉には、初対面の人間の名前を知り合いに訊くという意味と、
もうひとつ、“なぜ彼が此処にいるのか”という意味合いも含んでいるものだった。

「判らないわ…」

ヘルバはそれだけ答えた。

「そうか…。で、君の名は?」

「レイヴン…」

ワイズマンの質問にレイヴンは短く答える。
ワイズマンは納得したように、頷くと彼女のほうに向き、
二、三言話すとレイヴンのほうに歩み寄ってきた。

「君が、あの有名な便利や“Solomon”ことレイヴンか…。
今後世話になるかもしれないからな、自己紹介しておこう。私はワイズマンだ」

レイヴンは、軽く会釈してあたりを見回した。

先ほどから、何者かは判らないが、強烈なさっきがその部屋に満ちていた…。

ほかの二人もそれを感じ取っているのか、無言であたりを観察している。

ザ…ッ…ザザ…

「…!?」

そのエリアが、ゆがみ、そして別のエリアに変貌してゆく。

ザザ…ザザ…ザ……ズ、ザザ…ッ

ヴゥン…ひゅぃぃぃぃん…

魔方陣の開くような音、そして時をほぼ同じくして、レイヴン、ヘルバ、ワイズマンの3人は
同じエリア、何もない空中に浮いた岩石の草原の上にたっていた。

「ここは…、“八相”のいた部屋か…?」

ワイズマンが小さく呟く。そう、その形はまさに“八相”のいたエリアだった。

「“八相”…? あの“波”か…?」

レイヴンが、ワイズマンに訊く。

「ああ…。しかし、八相はカイトが前に倒したはずだが…」

“カイト”。その言葉にレイヴンは聞き覚えがあった。
“The World”の“最後の謎”を解き、全ての異常を解決したという
伝説のパーティ“.hackers”のリーダーの双剣士、“伝説の勇者カイト”。
ゲームは違っていても、その噂自体がネット上全てのものに共通だった。
だから、ゲームの違いは関係なく、その噂は誰の耳にも入った。

だが、レイヴンは、そのパーティにワイズマンとヘルバが含まれていたことまでは知らなかった。

「なんで、あんたがそれを知っているんだ?」

ワイズマンに顔を向けてレイヴンが質問する。

「ん? ああ、『私はカイトに導かれて“世界”の核心を見た』のさ…。
これはバルムンクの台詞だ。だが、私も同じことが言える。なぜなら…」

「そのパーティにいたから…」

今まで黙っていたヘルバが、ワイズマンの替わりに最後の言葉を綴った。

「そう、そして、私も…」

「そうか…」

レイヴンはそれだけ言うと、再び黙り込んだ。


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