しばらく沈黙が続いた。そして、一瞬そのエリアが大きくゆれた。
そして、下から何かモンスターが競りあがって来るのが見えた瞬間、ワイズマンが叫んだ。
「下がれっ! “DD”されるぞ!」
「…!?」
レイヴンには“DD”の意味は理解できなかった。
だが、そのワイズマンの鬼気迫る表情から、本能的に危険物と察知し、ワイズマンとともに後ろに跳んだ。
バシュッ…!
今までレイヴンのいた地面を、レーザーのようなものが焼き払う。そして、その部分が蒸発するかのようにデータ化する。
「っ…!」
レイヴンは声もなく、そしてワイズマンは驚愕の表情でそれを見つめていた。
「なぜだ…! なぜ八相がまだ生きている…!?」
≪くくく…、我を八相というか…? 我は八相ではない。違うか? ワイズマン。八相は主らが斃したのだろう…?≫
レイヴン達の耳にくぐもったような声が響く。いや、耳にではない。鼓膜を揺らすことなく、直接脳に信号を送ってきている感じがする。
「八相ではない…、だと?」
≪我は八相ではない、いや、我らは…だな。もっとも“クビア”も八相ではない。
我らと同じ部類に属する…、“死四天”のうちの一つ…、“蒼天のクビア”だ。≫
「蒼天…!?」
レイヴンが驚愕を声に表す。
≪例の“蒼天のバルムンク”…か? ふん、我らの名を勝手に使いおって…。クビアこそが真の蒼天だった……≫
「で…? お前はなんなんだ?」
ワイズマンが、語調を強くして問いただす。
≪我は、“昊天(こうてん)のカドゥケス”…≫
「後は…“旻天(びんてん)”と“上天”…か」
レイヴンが呟く。それにワイズマンが小さく頷く。
「ヘルバ…、こいつを斃さなければならない様だ…。手伝ってくれるな…?」
ワイズマンは、ヘルバに同意を求める。
「よくってよ…? でも、カイトのいない状態で勝てるのかしら…?」
ふぅ、と小さくため息をついて、彼女は答えた。
「ああ…、やってみせるさ……!」
ワイズマンの答えとともに、カドゥケスが襲い掛かってきた。
全員が散らばり、元いた場所が砕け散る。
「こいつ…」
レイヴンの言葉に反応するかのように、カドゥケスは向きを変え、そして空高く上っていく。
「…?」
その様子を、不可解だという表情で見つめるレイヴン。次の瞬間、カドゥケスは弾け飛び、替わりに、2人の人間が下りてきた。
片方は双剣士の少年、そしてもう片方は重剣士の少女…。
「カイト…?」
「ブラックローズ…?」
ワイズマンとヘルバの声が重なる。“カイト”、“ブラックローズ”どちらの名もレイヴンは聞き覚えのある名前…。
“.hackers”の初期キャラクター。伝説の勇者として知られる、唯一“The World”の最後の謎を解き明かした2人…。
「なぜ…? 君たちがここにいるんだ…?」
ギィン!
ワイズマンの質問に全く答えるそぶりを見せず、双剣士“カイト”がヘルバに斬りかかった。
が、鈍い音が響いてそれを間一髪で受け止めたヘルバの目先には、“The World”で同じパーティだった仲間の姿があった。
「ヘルバ…!」
ワイズマンの呼びかけに、ヘルバは小さく笑って頷く。
「敵…のようね」
そう呟くと、ヘルバは杖の先をその二人に向けた。
「オル・メアンクルズ…!」
カイトの周りに、黒い塊がいくつも浮かぶ。そして、それらは全てカイトに向かって突進した。
が、余りダメージを受けた様子のないカイトに、一瞬戸惑いを隠せないヘルバ。彼女の背後から、ブラックローズが斬りかかった。
「…っ!」
ヘルバの反応の遅れたところにその重剣が振り下ろされる…。
ガギィ…ンッ!
耳を引き裂く金属音と同時に、ヘルバとブラックローズの間に、黒い剣士が立ちはだかる。
「2人がかりで襲うとは…。伝説のパーティも堕ちたものだな…」
そう言ってレイヴンは、ニヒルな微笑をブラックローズに向ける。
後ろの飛びのき、距離を保つヘルバを目で確認すると、レイヴンはブラックローズのほうに無防備な状態で歩いていった。
手にした黒い剣は自然に垂れ下がっている。
「……」
沈黙を先に破ったのはブラックローズだった。レイヴンとの距離を一瞬で詰め、さらにその重剣をレイヴンの肩口から振り下ろそうとする。
「甘い…」
レイヴンの呟きは、その剣同士の交差する音でかき消されたが、
それはブラックローズの攻撃をレイヴンが完全に見切っているということと同じだった。
「閻神衝(えんこうしょう)!」
黒い閃光がブラックローズを包み、一気に弾ける。
ダメージはパンプアップしないが、それでもダメージを受けていることはわかった。
≪ふふふ…、そいつらを倒せるかな…? 我が作製せし“.hackers”は…≫
カドゥケスの声が頭の中に響く。
「ち…、厄介なもの送り込んできやがって」
レイヴンの愚痴も聞こえないかのように、カドゥケスは自信家のような口調で続ける。
≪せいぜい、苦労して斃すことだな…。“Solomon”…いや、レイヴン≫
レイヴンは口では答えず、ブラックローズを両断した。
「何を苦労して斃すって…?」
血塗られたその剣を携えて、闇に溶けるかのように立つ黒き剣士の目には、最早“.hackers”などは入っていなかった。
≪……≫
カドゥケスは、消していたその姿を一瞬あらわすと、そのまま遥か天上へ飛び去った。
レイヴンは、静謐な怒りとともに、カドゥケスの飛び去った方向、上を眺めていた。
「双邪鬼斬!」
カイトが、合成音のような声で言葉を発する。
「……」
カイトの双剣は確実にレイヴンを捕らえていた。
レイヴンの黒い身体が、斬り刻まれ四散した。
「レイヴン…!?」
ワイズマンの呼びかけに、レイヴンは反応しない。いや、それどころか亡霊すらも出現しない。
「どうなっているんだ…?」
亡霊が出現しないことに加え、その手に握っている感触が、
コントローラーではなく杖のものに変わっていることに気がついて、ワイズマンは驚愕の声を上げた。
「気づかなかった…? カドゥケスとやらが出てきてからずっとそう。“Desirer”はそんなゲームではなかったはず……」
二人の話している目の先には、先ほどから時が止まったかのようにカイトが双剣を手に立ちすくんでいた。
「……?」
ワイズマンの首が疑問に傾けられた瞬間、そのカイトの身体は弾け飛び、替わりにカイトのいた場所にレイヴンが立っていた。
いや、“立っていた”のではない。レイヴンは、目にもとまらない速さで、それこそ1秒に何十回とカイトの身体を斬り刻んでいた。
先ほど四散したのは、レイヴンの残した幻像だったということなのか。
「さて…、“昊天のカドゥケス”…か。厄介なものが出てきたな…。ログアウトまで封じるとは…」
ワイズマンの呟きに、一同は深刻な顔をしてその場に立ち尽くした。
「とりあえず、私はタウンに戻る。何か新しいことがおきているかもしれないからな」
ワイズマンの言葉を最後に、3人は違う方向に歩き出した。それぞれ、誰も心中を話さず、ただ無言で…。


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