プロローグ

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・・授業終了のベルが鳴る。
それと同時にキャンパスのあらゆる場所からざわめきが聞こえ始めた。
テストが終わったという事もあるだろう。いつもよりざわめきが大きく感じる。
俺は筆記用具をバッグにしまい、テスト時間確認の為に置いていた腕時計を付ける。
携帯をポケットから取り出しマナーモードを解除する。
・・・・メール着信件数1・・・・という内容がディスプレイに表示されている。
着信時間は11時36分と表示されていた。
「・・・テスト中にメールしたのか。終わってからでもいいものを。」
そんな事を思いながら慣れた手付きでメール受信BOXを開き、着信のある
“グループフォルダ名:大学”を開きチェックする。
**テスト終了次第噴水前に集合!!**
という短くかつ端的な内容が書かれたメールを確認する。
「ふぅ・・・前に書いていた無駄に長い文章よりよっぽどマシになったな。」
俺は心の中でそんな事を思いながら返信ボタンを押し、テキパキと文章を書く。
**了解**
・・・我ながら見事な文才だとつくづく思う。
送信したことを確認するとバッグを持ち、先程テストのあったPCルームを出ようとした。
「御陵(みささぎ)君!!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
名前を呼ばれた方向を見ると、俺と同じ学科を専攻している女性が俺の方に駆け寄ってくる。
「あの・・・これ忘れてましたよ。」
寄ってきた女性は手を差し出す。
彼女の手に握られているものには・・・
“情報システム科:学籍番号###### 御陵 葉月(みささぎ はづき)”
と書かれた学生証があった。
「悪い、ありがとう。」
と彼女に言い、学生証を受け取るとそのままPCルームを出ようとした。
すると、さっきと同じ声色でさらに呼び止められた。
「あの・・今日のプログラムのテストどうでした?あたし分からなかったところがあったんですけど、
この後お時間あれば昼食一緒に食べながら教えてもらえませんか?」
「・・・なんで俺なの?」
俺は言葉を返す。
「いえ、御陵君って成績トップクラスだから、それに・・・。」
その後の言葉は聞き取れないくらい小さかった。
顔色が多少赤みがかって見えるのは気のせいだろう。
「悪い、先約あるから、学生証ありがとう。」
そう言いPCルームを後にする。
 建物の外に出ると、夏の日差しが体に降り注ぐ。
ムっとした空気が冷房で冷やされた体を急速に温めていくのを感じる。
「さてと、噴水前だったな。・・・行くか。」
そんな事を思いながらカラカラとした空気に包まれたキャンパスを歩き出した。
自販機で缶ジュースを買い飲んでいる人、教科書を団扇代わりにしている人、日陰から日陰に移動している人、
それらの人込みの中を歩きながら約束していた噴水が見えてきた。
「葉月!! こっちこっち!!」
この暑い中、テンションが明らかに周りの人間より高い声が俺の名前を呼ぶのが聞こえた。
「待たしたな。」
俺は名前を呼んだテンションの高い人物の前に行った。
名前は遠藤 亮太(えんどう りょうた)。俺と同じ情報システム専攻の2年生。
情報系統は人気が強く、学科で募集している人数も多いため、授業を2クラスに分けている。
その為、さっき受けていたテストも亮太とは別の教室で受けていた。
「待った待った!!ってのは嘘だけどな。俺もさっき来たばかりだし。」
そう言いながら向こうから近づいてくる影が2つ・・・2つ?
「やっほ〜♪♪ やっと着たわね。」
「穂波・・・なんでお前が居るんだ??」
亮太に続いて来たのは、高校が一緒でクラスも一緒だった、真坂 穂波(まさか ほなみ)
俺と亮太とは違い、経済学を専攻している。
「・・・居ちゃいけないの??」
「いや、誰も拒否はしてないだろ。その先走り的考え直した方がいいと思うが・・・。」
「ぶ〜〜・・・亮太〜〜葉月が苛める〜。」
「はいはい。そこまでにしとけって。さてとっと・・・そろそろ本題に入るか。」
亮太は穂波に「よしよし」と慰める仕草をしながらそう言った。
「本題?その為に俺を呼んだって事だな。で、内容は?」
俺は溜め息混じりに亮太と穂波を見ながら答えた。
「ふふん♪君達分かってると思うけど、今日から夏休みだ〜!!という訳で、これから遊びに行くぞ〜!!」
「・・・どういう訳なんだか。」
と俺の心の声と穂波の声が見事にハモった。
「ツッコミ禁止!!とにかく遊びに行くことは決定事項だから、拒否権を発動させることは、裁判官亮太が許さん!!」
「・・・で、具体的な計画プランは?」
俺は溜め息混じりに聞いた。
「・・・・・ははははは・・・考えとらん!!行き当たりばったりが人生ってもんだよ。」
そう言いながら遠い目をしている。
「ふ〜〜・・・そんな事だと思ったわ。で、遊ぶのはOKだけど、ほんとに何する??」
と呆れた苦笑をしながら穂波が俺と亮太の顔を交互に見る。
「そういえば、葉月はバイト大丈夫か??今日は夜までフルコースだけど・・・たぶんな。」
「バイトって確か・・・ホストだったよね?・・・まだやってたんだ。」
そう言いながら穂波は少し暗い顔をして俺を覗き込むような仕草をした。
「バイトやめたよ。時々ヘルプ頼まれるけど、あんまりやってない。一応現状では金には困ってないしな。」
「やめたんだ〜♪♪そうそう!!あんなバイトしない方がいいって♪♪」
パっと明るくなった顔をしながら穂波はウンウンと頷いている。
「学費、生活費は親の遺産が結構残ってるし、バイトしてた金も使い道無くて貯蓄したのがかなりあるからな。」
俺の両親は、俺が小さい頃に交通事故で死んでしまった。
それからは、1人で住んでいても仕方の無かった家を引き払い、叔父と叔母が快く俺を引き取ってくれた。
高校に入って俺は叔父と叔母に迷惑が掛からないよう1人暮らしを始めた。
生活費と学費は親の残してくれた遺産がそのままの状態であったので十分に間に合った。
高校でのバイトで貯めたお金と、大学に入って貯めた貯金は使い道も無くかなりの額になっている。
亮太と穂波はその事を知っているので、俺がホストのスカウトを受け、それをやり始めた事に異を唱えなかった。
最近貯金残高を確認して余裕が持てたって事が分かり俺はバイトをやめることにした。
「で、どうする〜??此処で時間潰すの勿体ないよ。」
「う〜ん・・・何も考えてなかった事がここで裏目にでるとは。」
「何も無いなら、俺は帰る。」
俺はそう言うと歩き始める仕草をした。
「そうだ!!亮太の家に行かない??あたし教えて欲しいことあるんだよね〜♪♪」
穂波はそう言いながら亮太に顔を向ける。
「教えて欲しいこと??」
「じゃあ俺は関係無いか。帰るな。」
「もう!!葉月も一緒に来るの!!」
そう言うと穂波は帰ろうとした俺の手首を握り思いっきりひっぱる。
「お前は亮太に用事あるんだろ。俺は無関係、だから帰る。」
「そうやって、すぐに引き篭もる!!葉月の悪い癖だよ。」
「悪かったな、悪い癖で。」
「はいはい♪そこまでにしとこうぜ。で、聞きたいことって、The Worldの事??」
亮太は俺と穂波の間に入り込み穂波に言った。
「うん♪♪欲しいアイテムあるんだけど、どこのエリアにあるのか検討が付かないんだよ〜。」
「・・・ゲームか。なおさら俺には無関係だな。」
俺は生まれてTVゲーム等の類はやったことがない。精々コンピュータ相手のチェスくらいだ。
「だ〜か〜ら〜葉月もThe Worldしようよ♪♪全国で何千万人もやってるんだよ〜♪♪」
「・・・で??俺がやる理由にはなってないと思うが。」
「まあまあ。OKだよ。葉月も来いって。付き合いだと割り切ってさ。」
亮太はそう言うと笑いながら俺の肩をポンポンっと叩いた。
「ふぅ・・・分かった。付き合うよ。お前には負ける。」
「きっまり〜♪♪じゃあ、とりあえずどこかで昼食食べて亮太の家にレッツゴー♪♪」
そう言うと穂波は歩き出した。亮太は俺に微笑し穂波の後に続いた。
「ふぅ・・・行くか。」
俺は煙草をポケットから取り出し、火を付け紫煙を肺から吐き出し歩き出した。


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