序章:キッカケ

「お邪魔しま〜す♪♪」
穂波の声が1DKの亮太のマンションの玄関に響き渡る。
亮太は大学に通う為1人暮らしをしている。この1DKが亮太の自慢の王国だと言える。
俺達はあの後適当な店を見つけ、これからの夏休みについて語りながら昼食を取った。
「おうよ!!気兼ねせずに入ってくれ!」
俺と穂波は靴を脱ぎ、亮太の後ろに付きながらダイニングを過ぎ部屋に入った。
「おお〜!!意外に綺麗に整頓されてるね♪ちょっとビックリ♪♪」
確かに、本は本棚に綺麗に整頓され、壁掛けCDラックに様々なアーティストのアルバムが納められている。
「ちょっと待ってな。今飲み物用意するから。葉月、悪いけど俺のPC起動しといてくれ。」
そう言うと亮太はダイニングに姿を消した。
俺はPCの前に立ち、Powerと書かれている文字の下にあるボタンを押した。
プチっとディスプレイが起動する音が聞こえ、続いてHDDの処理の音とファンが回る音がごく静かに聞こえてきた。
HDDがPCを立ち上げる為小さくガリガリっと音を立て始めた。
「これは?」
俺はPCの横に置いてあったゴーグルを手に取り自問自答した。それを聞いた穂波は俺に近づいてきた。
「・・・葉月、これが何か本当に知らないの??」
「ああ。・・・知らないと悪い物か?」
俺がそう聞くと穂波はおもむろに俺の手からそのゴーグルを取り、自分の顔の横にそれを持っていって答えた。
「これはね、FMD(フェイスマウントディスプレイ)って言って、これを装着してThe
Worldってゲームをするの♪」
そう言うと穂波はこれはあれはと説明し始めた。
「2人揃ってそんな所でなにやってるんだ??」
お盆にアイスティーの入ったグラスを乗せた亮太がテーブルにそれを置き俺と穂波の所に駆け寄ってきた。
「今、葉月にFMDの説明してたの♪気になったらしいから♪」
「そっか!!葉月もついにThe Worldに目覚めたか。良かった良かった♪」
「ふぅ・・・どういう経路を辿ればその答えに行き着くのか。」
「キッカケってのは、ほんの些細なことから始まることが多いんだぜ。葉月がFMDに興味を持ったのもその事に当てはまる!!」
「・・・無理やりだな。まあ、間違っていると断定出来る要素が無いから否定は出来ないがな。」
こういう所で俺は亮太に負ける。負けるというより押し切られる感じが多いが。
「実際にやってるところ見せてみたら〜♪♪考え変わるかもよ♪♪」
「そうだな。穂波の疑問にも答えないといけないし。じゃあ、やるか!!」
「そのゴーグル着けないと説明出来ないんじゃないのか?」
俺はゴーグルを着けている亮太に聞いた。
「これは、より臨場感を出す為の物だよ。ディスプレイにも一応表示されるから、穂波にはそっちを見てもらうって訳。」
そう言うと亮太は慣れた手つきでゲームを起動し、コントローラを手に持った。
「それじゃあ、行ってみるか!!」
ディスプレイに画面が現れた。亮太は慣れた手つきで作業を行っている。そして・・・・・・
次に画面に表示された映像に、俺は正直驚いた。
**η(イータ)サーバ 貿易の都エル・メキア**
ディスプレイに表示された画像には、港があり、海に通じる川があり、その川を中心に左右に建物が建っている。
川沿いには緑を育んだ木々が並木のごとく植えられている。
そして、その町並みには多くのキャラが存在していることに気が付いた。
会話をしているPC(プレイヤーキャラクタ)、ベンチに座っているPC、買い物をしているPCなど行っている行為は実に様々だった。
その画面の中心に刀を片手に持つ、黒髪のショートカットで鎧は深い青色、肌は日本人と酷似している黄白色の青年が立っている。
「これが俺のPC♪。名前はリューカス。クラスはソードマスター。ここまで育てるのに結構苦労したよ。」
亮太は手短にPCの説明を終わらすと、ウィンドウを開きアイテムという欄の中の道具の欄を選択した。
「アイテムは十分だな。で、どのアイテム取りたいの??」
そう言うとFMDのサイドに付いているボタンを押した。すると目の前にあったFMDのディスプレイ画面が左右に開き、
亮太の目が現れた。その作業を行いながら亮太は穂波の方に振り向いた。
「えっとね〜・・・水精霊(みなしょうれい)の勾玉が欲しいの〜♪♪あたしの武器って水属性の攻撃方法無いから。」
「なるほど。確かにあれを装飾品で装備すれば、武器に水属性の効果が付くからな。でも、あれをソロで取るとなると結構きついぜ。」
「う〜ん・・・そこなんだよね(汗)特にあたしのクラスって、相当強くないとキツイから考えもの。」
「穂波のPCクラスって確かアーチャーだったよな。確かにソロプレイはきついかも。弓系は基本的に支援がメインだから。」
「お話の様子から察すると、相当Lv高いエリアっぽいね・・・亮太〜〜。」
穂波はそう言うと、捨てられそうな子犬の様な瞳で亮太を見つめる。
「分かったよ。そんなに欲しいんだったら俺の持ってるのをやるよ。」
「ほんとに!!さっすが亮太♪♪話が分かる〜♪♪ありがとね。」
「じゃあ、今日の夜に入ってきて。集合場所は・・・此処でいいよな??」
「OK〜♪♪ログインしたらメル1するね♪♪」
俺はその2人の会話をまったく理解出来ないまま椅子に座りアイスティーを飲んだ。
「・・・どうやら俺はお前らの話に付いていけそうに無いな。帰るか。」
そう言って帰り支度をしている俺の腕をFMDを外した亮太が掴みひっぱる。
「此処からが本番だぜ!!ほらほら、これを被ってみろって!!」
そう言い俺をPCの前の椅子に座らせ、FMDを俺に被せてきた。
ふぅっと俺は溜め息を出しながら亮太のされるがままにFMDを装着した。
そして・・・目を開けた瞬間、俺は俺らしくも無く膠着してしまった。
「どうだ。今の葉月の心を読んでやるよ。・・・ディスプレイで見たときよりずっと臨場感が溢れている。これ、本当にゲームか??」
俺は亮太の言葉を否定しなかった。まさに亮太の言った事に近い事を思っていたからだ。
視界に広がる町並み、内蔵ヘッドホンから聞こえる人々の声と水のせせらぎの音。現実とたいして変わらない世界が広がっている。
ぼーっとしている俺に穂波が声を掛けてきた。
「どう??すごいでしょ!!リアル感もすっごくあるでしょ!!これがThe
Worldなんだよ♪♪考え方変わってくれた??」
俺はFMDを外し立ち上がり、亮太と穂波の方へ顔を向けた。
「・・・想像以上だ。まさか此処までのリアル感をゲームで表せるとはな。正直驚いている。」
その俺の言葉を聞くなり2人の顔がぱぁーっと明るくなりガッツポーズまで取っている。
「よし!!そうと決まれば話は早い。これからのプランは、町に出てその後に葉月の家に直行だ!!」
「賛成〜♪♪ささ、早く用意して♪♪レッツゴー!!」
そう言うと亮太は起動していたPCの電源を切り外出する用意を始めだした。穂波もいつでも出れる用意を整えている。
「・・・おい。出かけるって・・・まさか。」
「そのま・さ・かだよ♪♪」
「ふぅ・・・確かにすごいとは言ったが、誰もやるとは言ってない。さっきも言ったが、その先走った・・・。」
俺が言葉を言い終わる前に亮太が俺の横につき、追い込みの一言を発した。
「俺もさっき言ったよな。キッカケってのは些細なことだって。葉月もたまにはこういう事をやってみるのもいいんじゃないか♪♪」
此処まで来ると、この2人を止めることは至難の技ということは知っている。
「ふぅ・・・分かったよ。そこまで言うんだったらやってみてもいいか。」
2人の顔がさらに明るくなったのがよく見なくても確認できた。
「それじゃあ、レッツゴー!!」
2人の声が見事なハーモニーを奏で部屋に響き渡った。


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