泌尿器科情報局 N Pro

症例017

解説

91才の高齢男性が、息子さんに連れられて来院しています。病歴を聞くのですが、常に息子さんが返事をします。この時点ですでにある疾患を考えないといけません。そうです、認知症です。家族はゆっくりとした変化に気づかないこともあり、自然と患者をサポートするようになっています。

このあたりを不自然と感じたため、本人と家族それぞれに、物忘れが無いかを聞いてみました。まずは受診のことについて本人に直接問いかけるのですが、ありきたりの返事はするものの、自らの意思を伝えようとすることはありません。家族に物忘れについて聞いてみると、記憶力が低下していることは知っていましたが、高齢なので記憶力が悪いのが当然と考えていたようです。問題となる行動を起こしたことが無いため、だれも患者が認知症であると考えていなかったようです。

おむつを使用していますが、本人は濡れていても気が付かないため、家族がおむつの交換をしていたそうです。尿失禁が最初の問題となる症状であったというわけです。尿失禁は比較的認知症が進行してから出現する症状ですので、それまで問題なく過ごせていたということは、多少珍しいことかもしれません。非常にやさしい家族に恵まれたということでしょうか。

認知症はそれなりに進行しており、尿失禁があってもおかしくない状況でしたが、1か月前から悪化しているとのことですので、細菌尿が多少なりとも影響している可能性があるため、念のために近いのですが抗生剤を投与し感染の治療を行ってみました。しかし、排尿状態になんら変化は見られませんでした。つまり、単なる無症候性細菌尿(ABU:asymptomatic bacteriuria)であったわけです。

その後、精神科に依頼しアルツハイマー型認知症の診断が下されました。

認知症の患者さんの尿失禁に、抗コリン剤が効果があるかどうかは、多少議論のあるところです。ごく軽度の認知機能低下がある患者では多少効果があるとする報告がみられますが、それ以外の状況での報告はほとんど見られません。重度の認知症において抗コリン剤が無効であることは明らかですが、どの程度までの認知症であれば抗コリン剤のメリットが得られる可能性があるかについては、今のところ不明です。

薬物治療ですから、問題があったり効果が無かったりすれば内服を中止するだけですので、とりあえず試してみるのも、一つの方法かもしれません。とはいえ認知症の無い患者での抗コリン剤の効果と副作用を考えると、使用するだけのメリットが得られるのはごく一部の患者に限られると思われます。ミラベグロンでは副作用も少なく、比較的気楽に試すことができますが、どの程度効果が得られるかは今後の知見の集積を待つ必要があります。いずれにせよ認知症は進行する疾患であり、最終的には薬物治療の効果はなくなるため、効果が無いのに漫然と投与を続けないように注意する必要があります。