泌尿器科情報局 N Pro

症例022

解説

膝痛で入院した2日後に肉眼的血尿を来した高齢女性患者さんです。

近年、肉眼的血尿の原因疾患が多少変化し、出血性膀胱炎の割合が増加しています。これは私は、社会全体の高齢化の進行に加えて、尿道カテーテルの使用割合が減少していることと関係しているのではないかと考えています。以前は寝たきりの患者さんでは尿失禁があるため、かなりの割合で尿道カテーテルが使用されていました。近年、必要のない尿道カテーテルは使用しないとする機運が高まり、寝たきり、尿失禁がある、ということで尿道カテーテルを使用することはなくなりました。必要のない尿道カテーテルは使用しないという点に関しては、私も大いに賛同します。しかし、寝たきりの患者さんの中には、尿閉の患者さんがある一定の割合で隠れています。昔は多くの患者さんに尿道カテーテルを使用していたため、尿閉が放置されていることは、少なかったのですが、最近その尿閉患者さんが問題を起こしてきているということです。頻度は少ないので、やはり寝たきりだからという理由で尿道カテーテルは使用してはいけませんが、尿閉のスクリーニングがあれば避けられるため、少なくとも急性期病院では残尿スクリーニングがもっと広く行われるべきであると思っています。

話がそれましたが、この患者さんでは、出血性膀胱炎を疑う状況が3つあります。私は救急対応時に真っ先に状況を尋ね、その返事をもって確信をしました。

出血性膀胱炎を疑った一つ目の理由は血尿の色です。画面の映りかた次第なので分かりにくいかもしれませんが、どす黒い感じです。出血性膀胱炎ではこのような酸化した黒っぽい血尿となることが多いように感じます。またかなり血尿が濃いのですが、その割に血腫は少ないことが多いです。この患者さんでもカテーテルは閉塞せずかなりの量が流出しました。ただ、炎症が強度であれば、血腫もできますし、必ずしも黒くなく、いわゆる新鮮な血色であることもあります。

もう一つはCTの所見です。膀胱内に空気が逆流しているのは、腹腔内が陰圧となっている証拠です。なぜ膀胱内が陰圧となるのでしょう。それは直前まで膀胱内に大量の尿が入った状態で安定していたが、カテーテル留置によって尿が排出され腹腔内の容積が減少し、結果として腹腔内圧が低圧となったからです。つまり、カテーテル留置中の膀胱内圧の空気の存在は、排尿障害や残尿を疑う所見なのです。(症例数を集め統計的検討を加えて学会発表をしましたが、論文発表はしていません。)

最後は状況証拠です。膝痛で入院した2日後に血尿が出現したので、排尿環境の変化によって排尿障害をきたした可能性がありそうです。

息子さんに、転倒する以前の排尿状態について聞いたところ、自分で尿意を感じて自分でトイレやポータブルトイレに移動し普通に排尿していたとのことでした。膝痛が出てからはどうしていたのかと聞いたところ、膝が痛くて歩けず寝たきりの状態であったため、息子さんがつきっきりで介護し、本人が尿意を訴えるたびに、ポータブルトイレに移していたとのことでした。本人に、病院ではトイレはどうしていたのかと聞いたところ、尿意を伝えたら看護師がおむつをしているから大丈夫と言ったので、気にしなかったとの訴えでした。看護師はおむつに排尿しても大丈夫と言ったつもりなのでしょうが、患者さんは排尿しなくても大丈夫だととらえてしまったのでしょうか。痛みがあると尿意はあいまいとなりますし、痛み止めも尿意を弱くします。排尿しようとしなければ失禁するか尿閉となるかのどちらかです。また排尿しようとしても高齢女性の場合寝たままではうまく排尿できないことが良くあります。いずれにしてもこの患者さんは、おそらく失禁が無かったため尿閉となり、その状態で2日間放置されてしまい出血性膀胱炎を来したわけです。

経過
膀胱洗浄を行い、血腫や出血が持続していないことを確認し入院としました。レボフロキサシン内服を行い感染のコントロールを行った後、尿道カテーテルを抜去しました。尿道カテーテル抜去後は、看護師が時間排尿誘導を行うことで自排尿が可能となりました。尿意の回復には少し時間がかかりましたが、徐々に尿意を訴えることができるようになり、泌尿器科からの介入は不要となりました。

なお、膀胱鏡は最後まで行いませんでした。尿閉のために感染が悪化して血尿となったのか、出血によって血腫ができそれによって閉塞したために尿閉となったのかは、場合によって区別できないこともよくあります。膀胱癌が否定できない場合には膀胱鏡で確認をする必要がありますが、この患者さんのように経過や画像所見で診断に確信が持てる場合には、必ずしも膀胱鏡は必要ないと考えています。

前の病院の看護師におむつを当てられたために、この患者さんは救急車で搬送されることになりました。尿意を訴える患者さんをトイレに連れて行くということは、当たり前のことのように聞こえますが、患者さんの状態によってはこのような失敗はいつでも起こりうる可能性があります。急性期病院での排尿管理や排泄に関する教育の重要性を、病院管理者は認識する必要があると思います。