泌尿器科情報局 N Pro

残尿の病的意義2

感染

残尿が尿路感染の原因となるかどうかは、なるとする報告もあれば、ならないとする報告もあるなど、状況によって異なるというのが正解です。患者背景や、残尿の定義、残尿のカットオフも報告ごとに異なりますし、感染の定義も、細菌尿の出現なのか、有熱性の尿路感染なのか、まちまちです。それぞれの症例の残尿が出現する病態によって感染をきたしやすくなる場合もあれば、ならない場合もあるということです。概して、ある程度の量までの残尿であれば、感染のリスクを上げないが、ある程度以上の残尿は感染のリスクとなるのでしょう。とはいえ、残尿は感染のリスクに多少の影響をあたえますが、それ以外にも影響する因子が多数あり、残尿量だけが感染の有無を決定するわけではありません。

しかし、尿閉などによって急激に残尿量が増加し膀胱内圧が極端に上昇すると、もともとある慢性細菌尿は非常に高い確率で有熱性の尿路感染を引き起こします。腎機能障害で述べたのと同様、膀胱の高圧環境が問題となります。膀胱の高圧環境を除外するためには、残尿はとてもよい指標となります。残尿量が少ない状態では、神経因性膀胱がない限り膀胱内圧は低いと考えてよいと思います。ただし前述の通り、残尿があったとしても常に膀胱が高圧となっている患者さんはそれほど多くありません。残尿があるからといって、必ずしも尿路感染が悪化しているとは言い切れません。

残尿によって腎機能障害をきたすことはそれほど多くないと思われると述べましたが、そうであれば残尿に対して治療を行うべきかどうかは、感染が問題となるかどうかで決まることが多いと言えます。では、どの程度までの残尿量までであれば、尿路感染による問題を引き起こさないでしょうか。答えは患者さんごとに異なります。残尿が発生している病態によっても、患者さんの状態や、置かれた状況なども関係します。また問題を起こす危険性の大小の問題ですので、危険性が高くても運がよければしばらく問題を起こしませんし、危険性が低くても問題が起こることがあります。根拠のある話ではありませんが、短期的には残尿量400mlまでは問題とはならないことが多い様に思います。しかしそのような患者さんが長期にわたり安定しているとは言えません。長期に安定した状態を維持するためには、あくまでも個人的な印象ではありますが残尿量が膀胱容量の半分以下程度であるとよい様に感じています。日本の多くの泌尿器科医は、残尿100ml以上は異常で間欠導尿が必要と判断することが多い様ですが、海外では300ml程度が一つの目安とされていることが多い様に感じます。

以前、当院に入院した患者さんの入院時に測定した残尿量の集計結果を示します。

半数以上の症例では残尿は25ml以下ですが、100ml前後にも一定数の分布が認められました。様々な状況の患者さんが含まれているため残尿が出現している病態も様々なのですが、もし残尿量の分布に境界線を引くのであれば、300mlから400mlの間に何らかの病態の変化があることが疑われます。残尿量300ml程度までは比較的安定した状態を保ちやすいが、400mlを超える状況ではさらなる悪化を引き起こしてしまいやすいのかもしれません。

膀胱機能障害

残尿があることで起こりうる問題の一つは膀胱機能の障害です。残尿が発生する主たるきっかけは必ずしも膀胱機能とは無関係であるかもしれませんが、多少なりとも下部尿路の問題が存在しているために残尿は発生していると思われます。それに加えて、尿閉によって膀胱が過度に拡張することでも膀胱機能は低下します。障害の程度は、拡張の程度、膀胱内圧、拡張の持続期間などの要素によって左右されます。障害のメカニズムとしては、単純に進展による障害の影響かもしれませんし、最近は血流障害の影響を疑わせる実験結果が報告されてきています。

数日間以上にわたり溢流性尿失禁が放置された後に大量の残尿が発見された場合、典型的な例では尿閉の原因が改善したとしても、しばらくの間は、尿意が消失し、膀胱の収縮も消失します。その後間欠導尿で適切に対処を続けていくと、ある時点で尿意が回復し、その後膀胱の収縮も回復してゆきます。膀胱の収縮力は徐々に回復していきます。尿閉となるもともとの状況まで回復することもありますが、障害の程度によっては、尿閉となる前の状態まで回復しないこともあります。

また、尿閉という急性の変化だけではなく、慢性的な残尿増加の状態も、場合によっては膀胱の機能低下の原因となる可能性があります。残尿があると膀胱は常に一定容量よりも小さくなることはありません。つねに残尿量までしか収縮しない状態が続くことで、膀胱壁は一定容量以下までしか収縮することができなくなります。いわゆる膀胱壁が伸びてしまった状態です。このような状態の患者さんでも、間欠導尿をしばらく続けていると、徐々に膀胱壁の収縮性が改善し、残尿量が徐々に減っていくことがあります。ある程度の状態まで改善すると、その後は間欠導尿を中止しても残尿が増加しないことがあります。間欠導尿にはこのようなリハビリ効果があるかもしれないと思っています。もし残尿が増加した原因が残っていれば、間欠導尿を中止すると徐々にまた間欠導尿を始める前の状態まで戻って行ってしまうかもしれません。多少の残尿があること自体はそれほど大きな問題にはなりませんが、大量の残尿が出現してしまうようなケースの場合には、間欠導尿を再開しないといけません。そのような症例はそれほど多くないように思いますが、その場合1日1回の間欠導尿を続けることで安定した排尿状態を維持できることがあります。このように間欠導尿には維持リハビリ的な作用があるのかもしれません。イメージとしては運動前のストレッチのような感じでしょうか。