日本の作曲家たち/ 12   川島 博

                      (1933〜2018)

(文中敬称略)   (2021.10.8 更新)

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名古屋が生んだ最もロマンティックな音楽 〜 絃楽合奏曲「セレナーデ」 (1994)


 2011年2月26日、愛知県武豊町・ゆめたろうプラザ響きホールで開催された「名古屋パストラーレ合奏団/武豊ビエンナーレコンサート」で、ある日本人作曲家の作品が、17年ぶりに再演された。

 「とても素敵な曲でした」
「初めて聴いた曲なのに、なぜか涙が出て来てしまいました・・・」

演奏終了後、舞台に上がった川島氏は私の手をガッチリと握り、「素晴らしい ! 」と言ってくださった。

この作品こそ、「名古屋が生んだ最もロマンティックな作品」として、知る人ぞ知る川島博の絃楽合奏曲「セレナーデ」だったのである。

(試聴はこちら) ヨ

川島 博/絃楽合奏曲「セレナーデ」(演奏=名古屋パストラーレ合奏団, 指揮=岡崎隆)
  part1, part2



 この「セレナーデ」は1994年9月27日、名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールで開催された「第17回 名古屋音楽大学作曲学科教員作品演奏会」で初演された。 (演奏/黒岩英臣指揮名古屋パストラーレ合奏団)  もともとはマンドリン合奏のために書かれた作品で、150名もの大編成で演奏されたこともあるという。しかし川島はこの「セレナーデ」を、当初より弦楽合奏を想定して作曲していたのだ。
 それを物語る、川島自身による下記のようなコメントがある。

「皆様、よく御存知の曲にチャイコフスキイの「セレナード」があります。誰しもこのような曲を書きたいと思っているのではないでしょうか。私も弦楽合奏曲の作曲を依頼された時、あの全弦を揺るがす力強い響きはどこから生まれるのかとスコアをしっかりと見てしまいました」

 川島はマンドリンの原曲の作曲を、当時まだあまり誰も手掛けていなかったパソコンの楽譜作成ソフト・FINALEによって行った。
私事で恐縮だが、その当時私は手書きのパート譜作成を頻繁に行っており、氏が作成したパソコン譜を見て「ついに、こういう時代が来たのだ・・・」という、ある種恐怖のような感情・・そう、活動写真の弁士がトーキーに初めて出会った時のようなショックを受けたのを、今も鮮やかに覚えている。
「セレナーデ」が初演されたコンサートで演奏された他の作品は、そのほとんどがいわゆる「現代的な実験作品」であった。
作曲家の努力には敬意を表しつつも、その耳慣れない刺激的なサウンドは、私にとり正直辛いものだった。
そんな時である。突然ユニゾンで奏された伸びやかでロマンティック極まりないメロディー・・・・私は一瞬、耳が洗われたような気持ちになった。
それがこの「セレナーデ」との初めての出会いだった。

 何と女々しい・・・もといっ、美しい曲だろう!! 伸びやかなメロディーはやがて舞曲へと移り、リズミックな展開を重ねたのち、荒々しい不協和音の連奏に続いて、得も言われぬ情緒たっぷりのヴィオラとヴァイオリンのソロへと受け継がれる。パウゼのあと、チェロの伴奏音型に導かれ表れたメロディーの美しさといったら・・・一瞬私は芥川の「赤穂浪士」を連想した・・・いや、あれよりもずっとずっと抒情的だ !! しかし、よくまあここまで溺々たるメロディーが次々と書けるものだ (ヴァイオリンを演奏していたある女性奏者は「まるでトトロが出て来るような音楽ね」などと、幼いことを言っていた) ・・・下降音型は遥か彼方の山々に舞い散る切ない小雪だ。もの悲しいコラールの後、重々しい和音の連奏で曲は突然閉じられる。
私はいつしか遠く過ぎ去った幼少の頃生まれて初めて感じた「生きて行くことの切なさ」みたいな、何とも言えぬ感情を思い出し、不覚にも涙してしまった。
 いわゆる「ゲンダイオンガク」全盛だった当時、音楽大学の教員がこのような前時代的 (もちろん良い意味で) な、美しいメロディーとハーモニーに満ちた作品を発表したという勇気にも、私は感動した。他の前衛的作品たちは、申し訳ないが恐らく1回演奏されただけで終る事だろう。しかしこの「セレナーデ」だけは、もっともっと多くの人々に聴いてほしい、いや聴かれるべき作品だと思った。

 もう時効だと思うのでここに初めて公表するが、私は「セレナーデ」の録音を、当時愛知県豊明市にあったNAXOSレコードの日本代理店「IVY」に送った。
「名古屋にもこんな素晴らしい作品がありますよ」という長い手紙を添えて。
 1か月後、「IVY」社長の西崎敦さんから突然電話がかかってきた。

「いやあ、あれは素晴らしい曲だとクラウスも絶賛していますよ!」

クラウスとは、当時香港に住んでいたNAXOS創立主で社長のクラウス・ハイマン氏のことだ。
「セレナーデ」の録音はNAXOSのトップまでにも伝わっていたのである。私は込み上げる嬉しさを抑える事が出来なかった。私の心が共感した作品を、幾多の曲を知り尽しているハイマン氏が評価してくれたのだから。
 その後、「セレナーデ」はNAXOSからリリースされる方向で話が進んで行くかのように見えた。折しもNAXOSは「日本作曲家選輯」というシリーズがほぼ本決まりの段階だった。このシリーズでは著名な邦人作曲家のみならず、戦前の忘れられた作曲家にもスポットを当て、日本だけでなく外国のオーケストラでもレコーディングをしようという、これまでにない画期的なものであった。
 しかし・・・「セレナーデ」のNAXOSからのリリースは、ついに果たされなかった。
その理由はいろいろあるだろうが、ここでは敢て振返らないこととしたい。


            
             川島 博/管弦楽作品の夕べ (1996.4.26/愛知県芸術劇場コンサートホール)


 「セレナーデ」初演から2年後の1996年4月26日、川島氏は愛知教育大学退官を記念して、自らの作品演奏会を愛知県芸術劇場コンサートホールで挙行した。もちろん全ての作品の指揮は作曲者自身であった。そのプログラム・出演者等詳細は下記の通りである。

 絃楽合奏曲「セレナーデ」
 ピアノ協奏曲
 ピアノと管弦楽のための「里神楽」
 バレエ音楽「まひるのオルフェ」
 舞踏音楽「羽衣異説」より「剣の舞」
 合唱曲「いつまでもいつまでも」
 合唱曲「広い宇宙はお父さん」


指揮/川島 博  オーケストラ/名古屋フィルハーモニー交響楽団
ピアノ/川島 由美  合唱/コールブリュッセ、愛知教育大学有志

 なお、この演奏会のライブ録音が2枚組のCDとして自主制作されている。

             

 このCDにも「セレナーデ」が収録されているが、初演時の黒岩氏の情感たっぷりの解釈に対し、作曲者自身のタクトによる演奏はスコアに忠実でまことに慎ましく全体に抒情味を活かしており、大オーケストラの分厚い響きがそれを支えている。それぞれに興味深い演奏である。

 川島の管弦楽作品はNHKテレビ名古屋の創成期に委嘱された小編成のものが多く、純然たる管弦楽作品の数は限られている。
しかし「セレナーデ」をはじめ、どの作品も一度聴いたら忘れ難い魅力を持っているのだ。私はこれまで何度か川島氏の作品をオーケストラ奏者として演奏させていただいたが、例えばピアノ協奏曲にはバルトークへの共感と日本的なものとの調和が見られるし、ピアノと管弦楽のための「里神楽」フィナーレに聴かれる木管の詩情溢れる神楽囃子など、氏が幼少期を過ごした栃木県の田舎の風景さえ鮮やかに浮かんで来るのだ。
 川島氏は「セレナーデ」の他にもマンドリン合奏のために、多くのロマンティックなタイトルが付けられた作品を作曲している。
(「ワルツ」「ノクターン」「ファンタジア」「音の絵」「バラード」「優しき歌/第1,第2」「嘆きの歌」などなど)
「セレナーデ」の素晴らしさから、私はこれら他の作品たちも作曲者によって弦楽合奏のために編曲していただけないかな、などと夢みていたが2018年、川島氏は天に召されてしまった。享年85歳であった。

                                    (2011.3/2018.9 追記  岡崎 隆 )


  作曲家・川島 博

1933年栃木県足利市出身。昭和32年東京藝術大学音楽部作曲科を卒業、同大学専攻科を修了。桐朋学園オーケストラ研究生指導科修了。
NHK名古屋放送局 (JOCK) のために数多くの作品を作曲、放送録音の指揮をとる。また愛知教育大学教授をはじめ、名古屋音楽大学・三重大学等でも教鞭を取る一方、日本教育音楽協会東海北陸理事・全日本音楽研究会愛知支部長などの要職を歴任、特に名古屋オペラ協会ではその設立から運営委員として邦人オペラの上演に尽力、またギター・マンドリンアンサンブルや合唱団の指揮も行い、それぞれの編成のために数多くの作品を作曲した。平成5年度栃木県足利市民文化賞受賞。
愛知教育大学名誉教授。女声合唱団「コール・ブリュッセ」指揮者。
2018年逝去。



 川島 博/全管弦楽作品

ピアノ協奏曲
バレエ音楽「まひるのオルフェ」(越智実バレエ団/NHKテレビ名古屋)
舞踊音楽「羽衣異説」 (花柳徳兵衛舞踊団/東京サンケイホール)
フィルム構成音楽「伊勢」(NHKテレビ名古屋)
フィルム構成音楽「夜のいぶき」(中川・熊谷氏との合作/NHKテレビ名古屋)
合唱と管弦楽による「古い足利の歌による交響的パラフレーズ」
テレビドラマ音楽「海底二万里」「アルプスの少女」(NHK)
テレビ劇伴「女の時計」「雪はまだ降る」「奥能登の塗師」「海から来た少年」
「はみだし順造」「遥かなる歌 遥かなる里」
ピアノと管弦楽のための「里神楽」
弦楽合奏曲「セレナーデ」
第十回栃木県国民文化祭開幕祝典曲



 その他の作品


(舞踊音楽)

「鬼界が島」「地炎」「喪失」「歯車の涙」「炎への道」

(室内楽曲)

クラリネット、ファゴット、ピアノ、打楽器の為の3つの習作
弦楽四重奏曲
ヴァイオリンとピアノのための「インテルメッツォ」

(ギター、マンドリン合奏曲)

「せしょ」「里神楽1〜3」「交響的三章」「さくら幻想曲」「ワルツ」「ノクターン」「ファンタジア」「音の絵」「バラード」「優しき歌/第1,第2」「嘆きの歌」

(合唱曲)

三好達治の詩による3つの合唱曲 (混声合唱)
立原道造の詩による合唱曲集「いつまでもいつまでも」「優しき歌」(混声合唱、女声合唱)
北設楽の民謡集1〜4 (混声合唱)
立原道造の詩による合唱曲「はじめてのために」「樹木の影に」(混声合唱)
「愛知の仕事唄」「南日本のわらべ唄」(混声合唱)
「黒い風琴」「愛知の仕事唄」「南日本のわらべ唄」「一日」「竹」「古谷の子守歌」(女声合唱)
「平針木遣り音頭」(男声合唱)

(ピアノ曲)

ピアノのための「4つの断章」

(歌曲)

「音の寺」「不思議なる顔」「戦争」「父なきあと」
立原道造の詩による「序の歌」「一日」「夢のあと」
ソプラノ、フルート、マリンバのための「4つのわらべ唄」
歌曲集「女の歌」

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