Two of Swords


   〜 剣 の 2  Reverse Position(逆位置) 〜

  『・・・カードに描かれている人物は、たった一人だ。目隠しをされた状態で剣をかざしている人物。その影が、湖水に映っているのだった。
 現実の剣と映った剣とで、2本の剣を表しているのだった。(文中より抜粋)』


 ☆ 調和させる

 ☆ 埋め合わせる

 ☆ 受容性

SMACさまの素材です♪


 まっすぐに自分を見つめるデニムの視線が、突き刺さるほどに思えた。

 なぜ、私はあんなことを口走ってしまったのだろう。
「待って! 置いていかないでッ!!」なんて。

 なぜこんなに涙が出てくるのだろう。
暗黒騎士ランスロットを頼りにしていた訳ではない。大事に扱われていたけれど、軟禁状態にされていたのだから。でも、そんな状態から逃げられないということが、自分自身への言い訳になっていたのだ。
 もう、デニムのことなんか忘れてしまっていい、心の痛みから目をそむければいい、と。
 いきなり、ヴァレリアの王の忘れ形見というシンボル、ベルサリアにされてしまったことも、忘れていることができた。
 暗黒騎士ランスロットは、プライヴェートではベルサリアではなく、カチュアという名を呼んでくれていた。それが優しさからでたものではなく、彼流の洗練された人を懐柔する方法なのだろうと想像しつつも、どこかうれしかった。
 でも、私は、感じてはいた。利用されていたことを。
 そして、ドルガルア王の忘れ形見、ベルサリアという人間に利用価値がなくなり、それどころか邪魔な存在となれば、司祭ブランタも、暗黒騎士ランスロットもそれを消し去ることに躊躇などしないことも。
 でも、暗黒騎士ランスロットは逃走した。戦いは、終わったのだ。

デニムのまわりには、また多くの優れた人が増えたようだ。戦闘中から彼女は、そして暗黒騎士ランスロットさえも、驚きを隠せなかった。
優秀な騎士、そしてプリースト、数え切れないくらいのたくさんの人々。
 
取り巻く精鋭とともに、こちらを見つめるデニムの視線の強さに顔を上げられない。
なぜ、そんなに見つめるの・・・・・?
心配してくれているから?
敵として、あなたの邪魔をして戦っていたから、怒っているの?
私が、ベルサリアという新しい名前に従って、人格が変わってしまったとでも思っているの?
私は、デニムの目にどう映ってみえているの?

デニム、いったい何をするためにここまで来たの?
私がゴリアテに戻ったときは、知らぬ顔で放置していたはずでしょう?あなたにとっての、他の離反者と同じように・・・。

「姉さん、話をしたいんだ。」近寄ってくる足音。
反射的に後ずさりをする。
彼の取り巻きの中から、聞き慣れないおだやかな声が見かねたようにとりなしてくれる。

「少し、休ませてあげて。・・・戦闘が終わったばかりなのよ。少し位の時間なら、いいでしょ? ・・・・あなたの気持ちもわかるけれど。」

デニムの気持ちがわかる、ですって?
・・・・少し心がチクンとする。
私には、もうデニムの気持ちはわからない。
自分が、どうしてデニムと離れたのか、自分の心すらよくわからない。
今、どうして身体が震えているのかも、・・・!
 
そして、お茶が運ばれてきた。バーニシア滞在中、彼女の身の回りをさせられていた中年の女性が呼ばれたようだ。表情の硬い彼女を気遣うように小声で話しかけてくる。デニムと他の者は、一定の距離を置いて彼女を監視しつつ、残党狩りの相談をしているようだ。

「かえって、よろしゅうございましたよ。わたしゃ、あの、ローディスの騎士の方たちは、どうもねえ。おそろしげで。ええ、あのお方はご立派な方のようじゃありませんか。噂より、優しげで、ねえ。わたしども、下働きのバクラム人にも怒鳴りつけるようなことは、なさらんかったし。」
 
そう、理性的で優しいデニム。
あなたに出会う多くの人がなぜかあなたに惹かれていく。数日前までは、ゴリアテの英雄という鬼神のように強い、ウォルスタ人を、みなが恐れて、噂をしていたと言うのに。
私は、デニムを恐れて、震えているんじゃない。
ずっと恐れていたのは、・・・デニムに会うことだったのかもしれない。

デニムは、どちらの私に用があるというのだろう?
カチュア?・・・・それとも、ベルサリア?
どちらをあなたは、望んでいるの?

部屋の戸口の方で、兵士の声がした。残党狩りの報告なのだろうか。デニムが、声に応じて戸口に向かう。
無意識にデニムの後姿を目で追ってしまう。
抜き身の剣を下げたままのデニムの横に、剣を持った誰かがすうっと近づいたように見えた。
驚いて、声をあげそうになる。
違った。

ベアスさんの描いた『剣の2』デニムVer.  大広間の磨き上げられた鏡に、デニム本人の姿が一瞬映っただけだった。
まるで、デニムが2人いるみたいだった。あの姿は、以前どこかで見たような?
  ・・・・あの時、流浪の占い師が言っていた、{剣の2}のカードの絵だわ。 そう、あの絵とそっくり。 遠い昔のことなのに、昨日のことのように彼女の声を思い出せそうだ。

「逆位置に出たので、それほど悪い意味とはいえませぬ。例えば、{調和を図る}、{埋め合わせをする}などですね。
しかし、カードの向きの正、逆ばかりに気をとられてはいけないのですよ。カードの出た箇所、そしてカードの寓意をも、考える必要があるのです。」
「おまえ様自身の問題、ということの鍵として現れたこのカード。
正位置の{行き詰まり}、{相談する人がいない}という時の手助けを与えようとしてくれているとも考えられるのです。」

さらに占い師は、絵を指し示して、こう言った。
「なぜなら、このカードの絵では、もともと孤独、また2つの人格をも表すのです。
これは、2本の剣という意味でありながら、棒、聖杯、金貨とは異なって、現実には、1本の剣しか実在はしていないのですよ。」
  
その通りだった。
カードに描かれている人物は、たった一人だ。目隠しをされた状態で剣をかざしている人物。その影が、湖水に映っているのだった。
現実の剣と映った剣とで、2本の剣を表しているのだった。
「そう、この者はひとり。しかし、自分自身だと分からぬままに、おのれに剣を向けているようにも見えるのです。」
カードの意味をくみ取ろうとして、じっとカードを見つめる彼女に、占い師は付け加えた。

「ここまでが、占い師として師匠から教わったこと。ただ、私は思うのです。
人というものは、自分自身が分からなくなる時もある。いわれのない、不安を感じ、そして、自分が2つの人格に引き裂かれそうな思いをすることもある。
でも、調和を図るのは、本来自分にしかできないのです。心を埋め合わすのも、自分。
孤独でさびしいことではありますが。
でも目隠しをとって、いつかは気づいて欲しい。
あなた自身が大切だということ。
そして、自分だけではなく、多くの者が同じように悩み、苦しんでいることを。
そんなメッセージも、このカードには含まれているのだと思うのです。・・・・」

・・・・・・

そう、いつからか私は自分自身がわからなくなってしまった。
デニムのそばにいたかったはずなのに、離れてしまったのは、なぜ?
デニムから離れれば、淋しくとも、心は楽になると思ったのは?

私の占いだったはずなのに、今、あの占いのカードの絵のように映って見えたのは、デニムだったのは、どうしてなのかしら。
もしかしたら、デニムだって、軍をまとめるために、英雄と優しげな少年との2つの人格のはざまで、ずっと心を痛めていたのかもしれない。
それなら、私の気持ちも少しはわかってくれるかもしれない。
カチュアとベルサリア。2つの名前の間で、気が狂いそうな気持ちを。
そして、私の望みも。

あの異国の占い師に占ってもらった時はまだ、自分は田舎娘のカチュアにすぎなかった。
そして、ただデニムの姉として、そばにいた。
血のつながりがない、なんてことは知らなかった。
でも、今は、今は・・・・・!
「姉さん」ではないことを、私もデニムも知ってしまった。

ずっと、胸がはりさけるばかりに想っていたのに。
私の想いなどはるかに越えて、成長しつつ、理想を語る弟。私は、ただ昔に戻りたいだけ。
「恋人みたいに仲の良い姉弟だね。」と言われていた平和な頃の私たちに。
いつもただそれだけを、願っていたのに。
でも、私はもうあなたの「姉さん」ではないのね。子供の頃のようには、もう戻れない。互いにそばにいることが、なにより自然だったあの頃のようには・・・。
今のデニムにとって、私はいったい・・・?必要な人間?

・・・・・・これから、どうすればいいの?

私のことを本当に心配して、さがしにきてくれたと信じたいけれど。
もしも、私がカチュアという名でもなく、ベルサリアという名でもないとしてもデニム、私を受け入れてくれる?
デニムが、私を『わたし』ということだけで必要と言ってくれたら。
 
  昔と同じように、ずっとそばにいて互いをかばいながら、あらがえない運命に対して共に戦っていけるのなら。
そうよ、未来というものに希望を持って、ベルサリアとしての立場との{調和を図る}こともできるかもしれない。

しかし、彼女は寂しい不安な気持ちを棄てきれなかった。
最後にケンカしたときのデニムの言葉が、まざまざとよみがえってきたのだ。

・・・・「姉さんは、勝手すぎるよ。自分のことだけを考えるのはやめてよ。」

そしてデニムは、あの後もやはりゴリアテの英雄としての自分を優先させていたのだわ。
きっと私のことは心から追い出して。
理性的なデニム、あなたは立派。
決して間違ったことは、してはいない。
多くの人々のために。平和のために。そのためなら、自分の心など、理性で抑えることができるのね。 そんなあなたなら、私がベルサリア王女ではいたくないと言ったら、わがままと思うかもしれないわね。

わがまま・・・あなたはずっと私のことをそう思っていた。
でも、ほんとうに私がいつも自分の思うままに行動していたと、言葉を選んでいたと、そう思うの?
あなたを傷つける言葉を投げつけ、ケンカをするのが私の望んでいたことだと・・・。
私の本当の望みをどうしてわかってくれないの・・・?

多くの優秀な仲間が増えたときに、デニムがわざと私との距離を置いているように思えて寂し かったのに。それは、新しい仲間を歓迎するためのあなたの優しさだったのかもしれないけれど。
素直にあなたに尋ねることが出来ていたのなら・・・。
でも、きっとあなたは私の望む答えをくれなかったに違いない。どんなに仲間が増えたとしても、私はあなたにとって、特別な存在として必要だと言って欲しかった。
そんな望みは、私の、私だけのわがままなの・・・?
 
もう、遅いのだわ。けっして過去は戻らない。
動き出した運命の歯車は歩みを止めたりしない。

  あと、もう1歩ね。
あなたがヴァレリア全土を統一できるのはあと少し。
あなたにつきしたがう人々は、あなたを望んでいる。
長く続いた戦乱の世を優秀なリーダーが鎮めてくれることを多くの人々が望んでいる。
もしかしたら・・・・。
そう、もし私がいなくなれば、デニムが覇王(ロード)になれるのかもしれない。
私が生きている間は、私を傀儡(かいらい)として操ろうとする者が登場し、デニムはいつまでも戦いをつづけなければならないのかもしれない。本当は、さきほどの戦闘で私が生命を落としていれば、デニムや人々にとって好都合だったのかもしれない。
 
それとも、デニム、あなたが大義のために私をあやつるの?
あなたへの想いを知りつつ、それを利用してベルサリア王女とたてまつって?
王女を手に入れるためには、私のわがままさも我慢するというの?
デニム、あなたにだけは、王女ベルサリアと呼ばれるのは・・・いや。
デニムがロスローリアン達と同じように、本心など隠して表面上私に対して慇懃(いんぎん)に ふるまうとしたら、我慢などできない。ロスローリアン達は、私に心があることなど考えていなかった。またそんな必要も感じていなかったに違いない。

デニム、もし私の淋しさを少しでも考えてくれたことがあるとしたら、取り繕わずに本当の気持ちを聞かせて・・・・。
でも、偽りの優しい言葉は、絶対に聞きたくない。

・・・・・
残党狩り、そして捜索はほぼ終わったようだ。
デニムが話をするために戻ってきた。
彼女は、隠してあったバルダーダガーを服の上からそうっと確かめた。


                              to be Continue・・・・・・

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