泌尿器科情報局 N Pro

残尿発生の原因3

排尿開始力

続いてトイレで実際に排尿をし始める時点の状態を考えます。前述の通り尿意がないと排尿が始められない患者さんが存在します。しかし多くの場合にはほんのわずかでも膀胱内に尿がたまっていれば排尿が可能です。排尿を開始できる膀胱容量は若年者では非常に少ない量ですが、高齢者ではこの量が増加すると言えます。排尿を開始する能力の一面を、排尿を開始できる最小の尿量で表現できるかもしれません。

排尿反射が始まる際には、尿道括約筋の弛緩と排尿筋の収縮が起こります。神経疾患ではこの反射が起こらないことがあります。また排尿筋の収縮が起こりながらも尿道括約筋の弛緩が起こらないDSDという病態も、神経疾患の存在を疑う所見です。

尿道の拡張

尿道括約筋が弛緩しただけでは尿道は広がりません。直接尿道を広げる筋肉組織の存在は異論がありますが、あったとしてもそれほど強く働くものではないと思われます。尿道が広がるためには、排尿筋の収縮によって膀胱内圧が上昇し、それによって受動的に尿道括約筋が広がる事が必要です。尿道括約筋の弛緩のタイミングに合わせてうまく腹圧をかけることで尿道括約筋が広がれば、排尿筋自体の収縮が弱くても排尿は可能となります。これは腹圧排尿と表現されるものです。ただし、腹圧はそのままでは尿道を閉鎖する力となってしまうため、単に腹圧をかけただけでは排尿はできません。腹圧が尿道を閉鎖せず尿道を開く方向に力が加わるような、骨盤底筋の使い方が必要だろうと思います。膀胱全摘後の代用膀胱は男性では腹圧排尿で排尿できる症例が多いのに対して、女性ではうまく排尿できない事が多いのは、男性では比較的上手に骨盤底筋を使える一方、女性ではうまく使えない患者が多いのかもしれません。

下部尿路閉塞

男性では尿道括約筋以外にも排尿の抵抗となる前立腺が存在します。前立腺肥大症では排尿時の尿道の広がりを制限し、尿が出にくくなります。膀胱内圧が同じであれば前立腺部や括約筋部の尿道の広さが、尿流量を決める事になります。この尿道の広さは膀胱内圧と尿道周囲の圧差によって変化し、男性では多くの場合、排尿筋圧と同じになります。女性では腹圧が尿道周囲に伝わらない事があるため必ずしも同じではありません。尿道が弛緩していても排尿筋圧がある一定の高さになるまでは尿道は広がりません。この圧はopening pressureなどと呼ばれ、前立腺肥大がなければおおむね20cmH2O程度と言われています。これはシェーファーのノモグラムを見ると分かります。前立腺肥大によってこのopening pressureは高くなります。排尿筋圧がこのopening pressureを超えることができなければ尿閉となります。

前立腺肥大では排尿筋圧の上昇に応じて尿道が広がります。一方尿道狭窄では狭窄部は排尿筋圧に関係なくいつも同じ広さです。そのためUFMでの波形は尿道狭窄ではある一定の流速で頭打ちになった台形の波形となります。尿道狭窄では排尿効率は悪くなるため残尿は出現することがありますが、opening pressureは高くならないため、急性の尿閉にはなりにくいと考えられます。ただし排尿筋収縮力が低下してくれば尿閉になることはあります。

その他、膀胱結石や膀胱腫瘍によって尿道が閉塞して尿閉となることがあります。まれに、便秘によって直腸内の便塊によって恥骨との間で前立腺が圧迫されて尿閉の原因となることがあります。

排尿筋圧

排尿筋圧が上昇することで排尿が始まりますが、排尿筋圧に影響する因子は何があるでしょうか。年齢、性別は大きく影響します。下部尿路閉塞も排尿筋圧に影響しますが、排尿筋の収縮する能力をWatt Factorで表した場合は、短期的には影響はしないと言えます。排尿の企図は排尿筋の収縮に強く影響します。骨盤底筋を収縮させ尿意を我慢した状態では排尿筋収縮を抑制する反射が起こると言われています。また排尿を我慢した状態での尿道の刺激は尿道括約筋を収縮させ排尿筋収縮を抑制する反射を起こし、排尿を企図している状態での尿道への刺激は、逆に排尿筋収縮を強めるとする報告があります。

排尿筋収縮の強さだけではなく、持続時間も尿排出には重要な要素です。排尿筋収縮が排尿の途中で終わってしまった場合、その後また排尿反射を起こすことができれば問題はありませんが、反射を起こすことができなければその残った尿は残尿となります。この持続時間もある程度は排尿企図の影響があると思われます。ある程度収縮が持続しても尿流量が減少し排尿が完了するまでに長い時間がかかるようであれば、やはり排尿の途中で収縮が終わってしまうかもしれません。また他にも加齢や神経疾患などの影響があるのかもしれませんが、あまり詳しく調べられていないのが現状です。

腹圧

尿が体外へ出る際に尿流量を規定するのは、シェーファーのノモグラムでは、排尿筋の収縮力と尿道の閉塞度です。しかしそれらが直接尿流量を規定しているのではなく、排尿筋の収縮力と尿道の閉塞度から尿道の広がりを予測して、尿流量が導かれる形になっています。そして、本来であれば尿流量を決めるのは、尿道の広がりと膀胱内圧です。男性では排尿筋圧が大きめであり膀胱内圧と排尿筋圧の差はそれほど問題となりません。しかし、女性では排尿筋圧が低く、尿流量に腹圧が与える影響が非常に強くなります。

また腹圧は体位によって変化し、臥位と立位では20~40cmH2O程度の差があります。この差は、排尿開始や尿流量の大小に十分な影響を与えます。排尿筋圧の低い女性では排尿ができなくなってもおかしくない差となります。さらに進んで、非常に全身状態が悪い虚弱高齢者では、やせによって腹腔内の脂肪が減少し、臥位の状態では腹圧は陰圧にもなります。これは、尿道カテーテルを留置中の患者さんで、膀胱内に空気を吸い込む現象として確認できます。腹腔内の圧力を保つために、何らかのものを腹腔内にため込む事となり、便秘、残尿が発生することになります。そのような患者で無理に膀胱内の尿を吸引すると、まれにひどい血尿となることがあります。