若手泌尿器科医のための排尿障害入門
下部尿路機能障害と下部尿路症状
下部尿路機能障害は大きく蓄尿障害と尿排出障害に分けて考えるとわかりやすい。そして、それぞれに対応する下部尿路症状が、蓄尿症状および排尿症状である。下部尿路症状にはさらに排尿後症状が含まれる。ここで、障害と症状がそのまま一致するのであれば、排尿障害の診療は非常に簡単であるが、障害と症状は必ずしも一致しない。蓄尿障害からも排尿症状を訴える場合もあるし、尿排出障害から蓄尿症状を訴える場合もある。そこで排尿障害を判断するためには、症状だけではなく、その他客観的な評価を加え、蓄尿機能と尿排出機能の2つの下部尿路機能を判定する。そこまで判定できれば、ひとまず蓄尿障害に対する対症療法や尿排出障害に対する対症療法を行うことができる。
しかし、泌尿器科専門医の診療としては、対症療法だけでは不十分である。我々泌尿器科専門医としては、下部尿路機能障害の原因の推定と、その原因に対する特異的な治療を提案できなくてはならない。また可能であれば将来的な予測も行いたい。そのため少なくとも比較的頻度の高い疾患については、正しく診断ができるようにならなくてはならない。
下部尿路症状の原因となりうる、比較的頻度の高い疾患や状態
・感染症(尿道炎、膀胱炎、細菌性前立腺炎、結腸憩室炎)・結石(尿管結石、膀胱結石、尿道結石)
・腫瘍(尿路上皮癌、前立腺癌、直腸癌、婦人科腫瘍)
・前立腺肥大症
・骨盤臓器脱
・神経因性膀胱
・加齢
・心因
・生活習慣
なお、過活動膀胱は症状症候群であり、専門医は疾患名として使用するべきではない。排尿筋過活動の存在が疑われる状態を表す用語として使用する。あえて診断名として使用するのであれば、加齢による過活動膀胱という形で使用するべきである。
下部尿路機能の評価と原因疾患の推定
問診
問診は診療の中でも最も重要な要素である。既往歴、併用薬、アレルギーなどを聴取することは当然として、患者の訴える症状の内容やその経過、発症契機などを詳しく把握する。加えて診療に対する希望を聴取しておく。また、ある程度の認知機能の評価や、ADLについても把握しておく必要がある。症状を把握するうえで、IPSS、OABSS、ICIQ-SF、CLSSなどの質問票はある程度は有用であるが、問診を質問票のみで終わらせてはいけないし、逆にしっかりとした問診を行っていれば質問票は不要ですらある。
IPSSは疾患の症状の重症度と相関するが、前立腺肥大症と診断することへの特異度はほとんどなく、また前立腺サイズとの相関も高くない。OABSSは過活動膀胱と診断するためには有用であるが、そもそも過活動膀胱とは症状のある状態を表しており、疾患の診断とは意味が異なる。患者集団に対する治療の優劣を比較する必要がある臨床研究に、これらの質問票は欠かせないが、個々の患者に治療を行う上で必須であるとは言えない。質問票の点数をよくすることが唯一の治療目標となってしまわないように注意する。
理学所見
続いて理学所見を確認する。男性においては、包茎の有無を把握し、直腸診を行い、進行前立腺癌の確認や、肛門括約筋の収縮力を判断する。女性では外陰部の視診と、骨盤臓器脱の有無を評価する。
検査
さらに疾患の診断に向けた評価を加えていく。感染症や結石、腫瘍性疾患の鑑別や併存していないか判断するため、尿沈渣、エコーを行う。もしこれらの疾患を疑う状況があれば、必要に応じて、尿細胞診や腹部CT、PSAの確認や腎機能把握のための採血を行う。エコーでは、膀胱壁の厚さ、トラベクレーション、膀胱の形態、前立腺サイズ、前立腺の形態などから、前立腺での閉塞の程度を予測する。時にはエコー所見から膀胱の収縮力が判定できることがある。また場合によっては、残尿の程度が判明することもあるし、膀胱内に浮遊するものが描出され感染の合併が疑われることがある。もし膀胱の変形が強ければ、下部尿路を支配する神経の異常が、一定期間継続していることが推測される。もし、病歴やこれらの所見などから神経疾患の存在が疑われる場合には、神経疾患に関する問診や神経所見の確認を追加する。必要に応じて、MRIなどにより脳や脊髄の画像検査を行う。
感染の合併が、現在の下部尿路症状の原因となっているかどうかの判断は時に難しいことがある。この判断には病態の経過を推測することが重要である。症状の経過が慢性的である場合には、多くの場合感染はその症状の原因とはなっていない。逆に、エコーなどで病態の経過が慢性的な悪化であることが推測されるにも関わらず、症状の出現が急に始まっている場合などでは、感染の影響が強く推察される。もし判断に迷う場合には、ひとまず治療を行い、感染がコントロールされた状態で再評価を行う。