泌尿器科情報局 N

前立腺がんの治療選択肢2

3. 内分泌療法(ホルモン治療)

前立腺という臓器は男性にしかありません。もともと前立腺という臓器は赤ちゃんのころに男性ホルモンがあることで作られます。前立腺の細胞は大人になってからも男性ホルモンの影響を強く受けています。そこで前立腺がんの患者さんの睾丸を取り去ることで男性ホルモンが無い状態にしたところ、前立腺がんが良くなっていくことが分かり、内分泌療法が生まれました。最近ではCABもしくはMABといって、睾丸からの男性ホルモンをなくすだけではなく、副腎などからも男性ホルモンが出るため、男性ホルモンをブロックする内服薬を併用する治療が主流となっています。

内分泌療法によってほとんどの患者さんに治療効果が表れます。残念ながら治療効果がいつまで持続するかは、患者さんごとに違います。ごくまれには数ヶ月で治療効果がなくなってしまうこともありますし、逆に10年以上治療効果が持続することもよくあります。根治を得られる場合もありますが、正確な調査はほとんどなく、根治はあまり期待できないと考えておいた方が良いでしょう。

副作用はそれほど強いものはありません。女性の更年期障害の軽い状態が起こる程度と考えてください。頻度はそれほど高くはありませんが、ホットフラッシュという急にのぼせたようになり汗をかく発作が起こることがあります。また、ゆっくりとした変化ですが骨が弱くなり骨粗しょう症になりやすくなります。欧米では心筋梗塞や脳梗塞などの重大な病気がほんのわずかですが増加するといわれています。そのため早期の前立腺がんでは、あわてて内分泌療法を開始するとかえって死亡率が増えてしまう可能性があるといわれており、欧米では早期の前立腺がんに内分泌療法はあまりお勧めできないとされています。ただし、人種差があって日本人ではそれほど心筋梗塞や脳梗塞が増加しないと思われています。とはいえ心筋梗塞や脳梗塞といった病気は、日常生活に大きく支障が出る病気であり、多少は心に留めておくべき副作用です。

間欠内分泌療法といって、ホルモン治療によって前立腺がんが減ったら治療をいったん中止し、再度がんが増えてきたらまたホルモン治療を再開するという治療方法があります。それによって、副作用が減ることと治療費が安くなることが期待できます。ただし、ほんの少しですが、ずっとホルモン治療を続ける場合に比べて治療成績が劣るといわれています。

実際の内分泌治療のやり方として、睾丸からの男性ホルモンをなくすためには、睾丸を手術で取り去るか、睾丸の働きを止める注射を打つかのいずれかを行います。手術は簡単なものですが、イメージが悪いこともあり、注射での治療を選ぶ患者さんが多いようです。注射は持続期間が1か月、3か月、6か月の3種類の薬が発売されており、定期的に注射を打つために通院をします。男性ホルモンをブロックする薬は飲み薬を毎日内服します。

4. 抗がん化学療法

抗がん剤と聞くと、気持ち悪くて食事が食べられず、毛が抜けて、顔色が悪くなるという、副作用を思い浮かべるかと思います。年々新しい薬剤が開発されてきており、副作用が少ない治療薬や、副作用を減らす補助薬のおかげで、抗がん剤の副作用は徐々に少なくなってきています。とはいえ、副作用が無いわけではありません。どういった種類の副作用がどの程度の強さでどのぐらいの頻度で起こるかということが調査されています。大まかに言えば抗がん化学療法では多少体力を消耗すると考えると良いでしょう。若い患者さんであれば多少の体力の消耗はほとんど問題になりませんが、高齢の方では注意が必要で、頻度は低いですが思わぬほかの病気の引き金になることがあります。

前立腺がんの治療では、内分泌療法という、比較的効果が高く副作用の少ない治療があるため、今のところ抗がん化学療法を選ぶ場面は内分泌療法の効果がなくなった時に限られています。ただし、現在研究が進行中ですが、早めに抗がん化学療法を行うことが良い治療効果をもたらす可能性が指摘されており、将来的には変化があるかもしれません。現在では2種類ほどの薬剤が保険適応となっています。薬剤を使用することでがんを減らしたり、増えることを遅らせたりできることが期待されており、がんによって命を落とすまでの期間を遅くできる場合があります。

経過観察

経過観察が治療法の選択肢の中に入っているのは、非常に不思議かもしれません。前立腺がんは、高齢の患者さんに多いことや、一般的な状況であれば進行が遅いことが多いために、全く治療をしなくても、患者さんが生きている間に何も悪影響を引き起こさないことがよくあることが分かっています。そのため、ほかに大きな病気を持っている患者さんや、高齢の患者さんでは、無理をして副作用のある治療を行うべきではないかもしれません。

ほかの病気で寿命を迎えるまで困った症状が出てこないことを期待して、様子を見てゆき、運悪く前立腺がんのために困った症状が出てきたら、もしくは困った症状が出てきそうになったら、その時初めて治療を開始するという考えです。ただし、症状が出現するまで様子を見ているため、がんが見つかってから数年たっていることが多く、治療開始が相当遅くなっているため、治療を開始したとしても根治の見込みはあまりありません。そもそもさらに高齢になっているので、根治治療自体も難しくなっているかもしれません。そのためそういった場合に選ばれる治療法は一般的には内分泌療法になります。よって、経過観察と書かれてはいますが、いずれはホルモン治療を行うつもりで様子を見ているため、遅延内分泌療法という言い方の方が正しいかもしれません。

近年、新しい治療戦略として、Active Surveillanceという考え方が出てきています。前立腺がんの診断がついたのち、厳重な検査を行いながら経過観察を行い将来的に問題が起こるかどうかを見極め、根治治療が必要かどうかを判断するという方法です。残念ながら現在の技術では、将来の予測は完全にはできていません。現時点では、全員に手術を行う場合と比較して、“ほんの少し”手遅れになってしまう患者さんが増えるかもしれないといわれています。この“ほんの少し”を許容できるのであれば、必要のない治療を受けなくてもよくなるかもしれないため、Active Surveillanceは有望な選択肢ではあります。ただ、もしこの“ほんの少し”を許容できるのであれば、いっそ遅延内分泌療法を選んでもよいかとも思います。少しでもがんで命が短くなる危険を減らしたいのであれば、早めに手術を受けるべきであり、Active Surveillanceという考え方は、少し中途半端な気もします。今後技術が発達することで様相は変わってくるかもしれません。