泌尿器科情報局 N

前立腺がんの治療選択肢3

以上、様々な選択肢があることが分かったでしょうか。実際に自分が前立腺がんと診断されたとき、どれを選ぶのが良いのでしょうか。実のところ正解はありません。驚くべきことに手術と経過観察の両極端の方法が並んでいます。つまり、そもそも治療が必要かどうかさえ、場合によっては分からないのです。自分が何を優先するかで選ぶべき治療法は違ってきます。

治療を選ぶ際の一番大きな判断基準は、根治を目指すかどうかという点です。根治を目指すのであれば、手術か放射線治療を選びます。さて、根治治療として手術を行うことでどの程度根治が得られるのでしょうか。見つかったがんの状態によっても変わりますが、一般的な早期前立腺がんであれば6割から8割程度の根治が得られると考えられます。では、根治できなかった2から4割の患者さんはすぐに死んでしまうのでしょうか。いえ、そうではなく、前立腺がんの進行は遅いことも多いため、根治が得られなかったとしても、必ずしも困った事態を引き起こさないかもしれません。

欧米での調査になりますが、早期の前立腺がんの患者さんを、手術をしたグループと、治療をせずに様子をみたグループの2つに分け、生存率を調査した報告があります。その結果、10年後の生存率は、手術をした場合と治療をしなかった場合とで3~5%程度の差がありました。この3~5%の患者さんというのは、手術をしないと死んでしまうが手術をすれば助かるという患者さんであり、残りの95~97%の患者さんは、ほかの病気で亡くなった患者さんと、手術をしなくても大丈夫であった患者さんと、手術をしても治らなかった患者さんです。この3~5%は大きいでしょうか、小さいでしょうか。これは考え方次第です。

現在の医学はこの数%づつを積み重ねて、今の長寿社会を形作ってきました。煙草を吸い、運動もせず、食べたいだけ食べて太っている人にとっては、この数%は小さな数字です。しかし、きちんと病院に通院して高血圧の治療を受け、食事を我慢し、毎日運動を続け、歯磨きをきちんと行うなど、頑張って健康を維持している人にとっては、決して無視できる数字ではありません。手術を受けるという努力は無駄ではありません。また最大限の治療を行ったという安心感は、今後の人生を過ごす上でとても大事なものでもあります。

さて、前立腺がんが根治できた患者さんはその後も永遠に生き続けたのでしょうか。そんなことはありません。現在の医学では人間の寿命にはかならず限りがあります。死の前には老いがあります。誰しもが最後は死ぬと考えたとき、命の長さのことだけを見るのではなく、どのような最後を迎えるかということも、考えてみてもよいかと思います。極端な話ですが、ボケて死ぬぐらいなら早く死にたいなどという意見もあるでしょう。老いというものは、着実に進行して命を終えることができますが、多くの場合非常にゆっくりで、予測の難しいものです。なかなか“ぴんぴんころり”とはいかないものです。弱った体で長生きはしたくないという考え方は珍しいものではありません。医療者にどのような病気で最後を迎えたいかというアンケートを行うと、がんは比較的上位に上がってきます。がんという病気は、治らない状態にまでなってしまうと、とても痛くて苦しい病気ではありますが、着実に進行して少しだけ早めに命を終えることのできる病気です。苦しい期間がずっと続くことはありませんし、対策もいろいろと考えられてきています。無理に治療をしないという選択肢も、考え方を少し変えないといけませんが、あながち間違った考え方ではありません。

さて、前立腺がんの治療には、様々なものがあり、どれも一長一短があるということでした。最終的には自分自身でどの治療法を行うのかを選ばなくてはなりません。その際にどれを選択したとしても、自分に最適な治療を選択したと信じましょう。もしあの時こっちの治療をしていれば、と考えたくなりますが、その時は、きっと治療が全然効かなかったかもしれませんし、ひどい副作用で今頃とんでもなくつらい状況に追い込まれていたかもしれない、と考えましょう。どのような結果が出たとしても、精一杯考えたうえで自分で選んだ選択肢であれば、その結果は受け入れることができます。選択は一つしか選べず、自分の人生もやり直せません。結果を受け入れ、その中でよりよい人生を送るしかありません。ぜひ、考えに考え抜き、もうこれ以上考えても何も出てこないというところまで考えてください。そこまで考えれば、最終的にどれを選んでもそれがベストの回答です。もし最後まで決まらなかったのであれば、どの選択肢も自分にとってはベストなのかもしれません。そこまで考えて決めらなかったのであれば、主治医の先生に選んでもらったとしても良いと思います。ただし、一生懸命考えた時間は必ず作ってください。少し古い調査ですが、前立腺がん手術の全国調査では、がんの診断から手術までの期間の平均は3か月でした。そのため準備期間も含めて考えると、どの治療を選ぶのか1か月ぐらい考える期間があってもよいと思います。