おかざきたかし/創作童話作品集


 私のささやかな楽しみは、童話を書くことです。
仕事の合間の休みなどにポツポツと書きためたものを、昨年中日新聞の「みんなの童話」に応募してみたところ、思いがけず素晴らしい挿し絵と一緒に掲載していただきました。今もその時の喜びを、私は忘れることができません。

 2013年、これまで書きためたものも、ここに公開させていただく事にしました。
本当につたない作品ばかりでお恥ずかしい限りですが、もしご感想などお寄せいただければ望外の喜びです。  (2013.3.7 おかざきたかし)
  
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( 作品リスト )


2013. 3 /公開分

「オバケの手」

「オバケのかなしみ」
「よろこびの歌」

「涙」
「花火」
「カマキリ先生」
「校長先生

「愛の夢」
「別れの曲」1  「別れの曲」2  「別れの曲」3
「トロイメライ」
「荒城の月」
「子猫のフー助」
「ドント・ウォーリー」
大草村の「じょうやとう」

「けんたのヴァイオリン」

「オバケの手」 (2003.6.15)
「黄みかんと青みかん」
(中日新聞「みんなの童話」入選/2000.10.1)
「エリーゼのために・2」 (中日新聞「みんなの童話」入選/2000.7.30)
「乙女の祈り」 (中日新聞「みんなの童話」入選/2000.4.16) 
「子犬のワルツ」 (中日新聞「みんなの童話」入選/2000.1.31)
「雨だれの前奏曲」 (中日新聞「みんなの童話」佳作/1999.10)
「雨だれの前奏曲」 (オリジナル版)
「エリーゼのために」
「白いブランコ」
「こどものきらいなかみさま」 (福井新聞「おはなしトントン」入選/2001.1)
「こいのぼりのかなしみ」 (福井新聞「おはなしトントン」入選/2001.6)
「こいのぼりのかなしみ」 (オリジナル版)


 黄みかんと青みかん

 

「らっしやぁーい。みかんが安いよぉーっ」
さあ、味覚の秋です。スーパーの入り口には、青々とした冬みかんが丸いザルに山盛りにされています。そのずっと奥に、透明なパックにつめられた、黄色い温室みかんが置かれていました。
「おいこら、青いのっ」
パックの中の黄みかんが言いました。
「え?、僕たちのことかい」
ザルの青みかんが、びっくりして答えました。
「お前ら青くて、いかにもスッパそうだな」
「そんなこと言ったって・・・僕たち冬みかんは、今の時期にはこういう色をしているのが普通ってもんだ。それを何だい、まだ秋になったばかりだというのに、そんなに黄色くなっちゃって!」
「おれたちはな、この季節でもおいしく食べてもらえるように、最新の技術で黄色くなっているんだ。
お前らみたいな青くさいのを、世の中では『未熟』って言うのさ!」
「なにイ、この野郎っ、表へでろっ」
青みかんは、真っ赤になって怒鳴りました。
「まあまあ、気にするな・・・売り場を端っこに移されて、ひがんでいるだけなんじゃから」
別の青みかんが言いました。
「のう、黄みかん君。君たちも、人間においしく食べてもらうのが、一番の願いじゃろ?」
「う、うん。まあそうだけど・・・」
「だったら、わしらと一緒じゃ。つまらない言い争いをせず、人間たちがわしらのどちらを選んでくれるか、静かに待とうじゃないか」
みんなが納得して、けんかはおさまりました。
その時、太ったおばさんがやって来ました。
( あのおばさん、わしらを買ってくれそうじゃのう・・・)
青みかんがつぶやきました。でもおばさんは黄みかんのパックを手に取り、分厚いめがねにぐっと近づけ、張ってある値段シールをジイッと見つめました。
「まあ、高いことっ!」
そう言うとおばさんは、黄みかんのパックを元の場所にドンッと返したのです。
「いてててて・・何て乱暴なおばさんだっ」
黄みかんがパックの中で悲鳴をあげました。
おばさんは、こんどは青みかんのザルを手に取ると、自分のかごの中にザザーッと入れました。
「黄みかん君、お先にーっ」
おばさんの買い物かごのなかで、青みかんたちは勝ち誇ったように呼びかけました。
「おれたちの方がずっと甘くて美味しいのになぁ・・・」
黄みかんが悔しそうに言いました。
「人間なんて、しょせん品質よりも、値段の高低で物事を決めるものなのさ」
別の黄みかんが、分かったような顔をしてつぶやきます。
「まあ、おれたちの本当の価値を分かってくれる人間が現れるのを、気長に待つとしようや」
「そ、そうだよな」
黄みかんたちは、うなずき合いました。
「らっしやぁーい。みかんが安いよぉーっ」
スーパーの昼下がりが過ぎていきます。

      ( 2000. 10.1  中日新聞「みんなの童話」入選・掲載)


 中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
金子玲子様、素晴しいイラストをありがとうございました。

(作者ひとこと)


 中日新聞サンデー版「みんなの童話」入選第4作目です。
これまでの入選3作はいずれも曲名をタイトルとした音楽物語で、作者自身はこれからもこの路線で行こうと思っていたのですが、ややパターン化してネタ切れ気味だったこともあり、気分転換にまったく気楽な気持ちでファンタジー物を書いたのが、この作品です。これを読まれたあと「だから、どうだって言うんだ!」と言われてもしかたが無いような他愛のない内容なので、正直言って入選は予想外でした。
「青みかんが未熟といわれて真っ赤になって怒る」ような場面が面白いと思っていただけたのかも知れません。
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「エリーゼのために」・2



「はいっ。二時間目の工作では、おうちの方と一緒に竹とんぼを作りましょう!」
先生の言葉に、恵里は思わず両手で耳をふさぎ、机に突っ伏してしまいました。
それを見て、先生はあわてて恵里の席まで駆け寄ってきて、言いました。
「恵里ちゃんは、先生と作ろっ」
今日は父毋の参観日です。でも、恵里のママだけが、どうした訳か、教室に姿を見せていません。
「最初は、この竹から削るのよ」
先生に言われて、恵里はしぶしぶナイフを手に取りました。
恵里のまわりでは、皆大きな声をあげて、勢い良く竹を削っています。
でも恵里は、手に持ったナイフがだんだんと涙でぼやけてくるのを感じていました。

「ママ、どうして学校来てくれなかったのっ」
その夜、恵里はママに激しく言いました。
「ごめんね、恵里。ママ、今日どうしても行かなきゃならない契約のお仕事があったの」
「だって、だって・・・・家から誰も来てくれなかったの、恵里だけだったんだもん。
恵里、先生と竹とんぼ作らされたんだもんっ」
 そう言ってママの顔を見た恵里は、ハッとしました。ママの目から大粒の涙がこぼれているではありませんか。
「パパが亡くなってから、ママが外回りのお仕事で大変なのは、恵里もわかってくれてると思ってたのに・・・」
そういうとママは顔を両手で覆ってしまいました。
恵里は何かとても悪いことをしてしまった気がして、ぬいぐるみをしっかりと抱きしめると、ふとんの中にもぐり込みました。

次の日、家に帰るとママはおらず、テーブルの上にはいつものように夕食の支度がして
ありました。
( 今日は恵里の誕生日なのに・・・)
その時です。恵里はテーブルの端に、ママの手紙とリボンをかけたオルゴールが置かれているのに気付きました。
( 恵里、きのうはごめんね。ママがなかなか一緒にいてあげられないので、本当に悪いと思っています。今日は恵里の誕生日なので、何とか早く帰れるようにします。そうしたら、二人でケーキを食べましょう  ママより )
「ママ・・・・」
恵里は手紙を読み終えると、そおっとオルゴールのふたを開けました。
箱の中から澄みきった調べが、部屋中に溢れ出てきました。
「『エリーゼのために』だわ!」
恵里は、玉のような調べを聴きながら、いつかのママの言葉を思い出しました。
( この曲はね、亡くなったパパが大好きだったの。だから、生まれてきた女の子にも
『恵里』って名付けたのよ ) と言っていたことを・・。
「ママ・・・・ママ、ありがとうっ」
恵里はオルゴールを、小さな両手でしっかりと抱きしめました。

 
      ( 2000. 7. 30 中日新聞「みんなの童話」入選・掲載)


 中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
関戸千香様、素晴しいイラストをありがとうございました。

(作者ひとこと)


 中日新聞サンデー版「みんなの童話」入選3作目です。前回の「乙女の祈り」よりは、ストーリーの展開等でやや出来が良かったのでは・・・と自分で勝手に思っています。
 今回の作品は父毋の参観日に親子で竹とんぼ作りをするところから始まりますが、これは私の実体験です。
( ナイフで派手に手を切ってしまったので、よく憶えているのです・・・)
この時は親が来ていない子はなかったと記憶していますが、他の参観日には結構親が来ない子が多く、そんな時子供は何とも言えぬ寂しい思いをするんじゃないかな・・・・とふと思ったのが、この作品を書くキッカケとなりました。
 またこれまでの作品では、曲名をタイトルにした作品の主人公は「ピアノを練習している女の子」という設定ばかりだったのですが、今回はこのパターンを変えたいという願いがあり、作品のクライマックスにオルゴールからタイトル曲が流れる、という展開にしてみました。


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「乙女の祈り」



「ママ、きれいな曲ね。何ていうの?」
 ピアノの横から、真由美が聞きました。
「これはね『乙女の祈り』っていう曲なの。昔ポーランドに住んでいた、真由美と同じ位の年の女の子が作曲したのよ」
「ふぅーん。すごいなぁ」
「きっと神様に、何かお願い事をしながら、作曲したんでしょうね」
「そう・・・私、次の発表会で弾きたいな」
「いいわよ。そのかわりちゃんと練習してね」
「はぁーい」
 次の日から真由美の猛練習が始まりました。
あんなにピアノが嫌いだったのに、一体どうしたんだろう・・・そう思いながらも、ママはその様子を、嬉しそうにながめていました。
 ある日、ママが部屋の掃除をしていると、『乙女の祈り』の楽譜の間から、何か写真のようなものが、パラッと落ちました。
「あら、何かしら」
それを見て、ママはあっと声をあげました。
「やっぱり、そういうことだったの・・・・」
写真を手に、ママはある決心をしました。
発表会の日、『乙女の祈り』を弾き終えて楽屋にもどった真由美あてに、ものすごく大きな花束が届けられていました。驚いている真由美に、ママが優しく言いました。
「この花束をくれた人がロビーで待っているから、お礼を言ってらっしゃい」
( もしかして・・・) 真由美は一目散に駆け出しました。ロビーには、真由美がこの一年の間、一度だって忘れたことのない、懐かしい懐かしい、写真と同じ顔の人が待っていました。
「おかあちゃんっ!」
「ま、まゆみっ」
二人はロビーの真ん中で、まわりの人たちがビックリしているのもかまわず、しっかりと抱き合いました。
「まゆみ、まゆみ・・・、会いたかった」
「わたしも・・・おかあちゃんっ」
ロピーの隅では、ママがそっとハンカチで目頭を押さえています。
女の人はママに気付くと、そっと頭を下げました。
「今日は真由美の発表会のことをご連絡くださって、本当にありがとうございました」
「いいえ・・・・私がいけなかったんです。真由美の母親は私だけだ、と突っ張っていたために、どんなにこの子に寂しい思いをさせて来たことか・・・
真由美にとって、生みの親はあなただけですのに・・」
 あとは二人とも声になりません。
やっとのことで、女の人が真由美に言いました。
「『乙女の祈り』とっても上手だったわ・・」
「・・・だって私、おかあちゃんにもう一度会えますようにって、いつもお祈りしながら、
練習したんだもん・・・ねえママ、これからは時々、おかあちゃんに会ってもいいの?」
「ええ、もちろんですとも」
「ヤッターッ」
真由美は小さな手を、力いっぱい上げました。


        ( 2000. 4. 16 中日新聞「みんなの童話」入選・掲載)
 中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
金子玲子様、素晴しいイラストをありがとうございました。

(作者ひとこと)
 中日新聞サンデー版「みんなの童話」入選2作目です。
作者としては、前回の入選作「小犬のワルツ」に比べると、いまひとつの出来だと思っていましたので、入選は正直言って意外でした。(もちろん嬉しいことには変わりありませんが・・・)
家内も「ちょっと読んだだけでは、よくわかりにくい」と言っていました。
でも、どんな境遇にあっても断ち切る事の出来ない、強い親子の絆のようなものを、きっと評価していただいたのだと思っています。
 現代は身勝手な親が増え、その犠牲になるのはいつも何の罪もない子供たちです。
そのことにいつも割り切れない思いを抱いていた事が、この作品を書くきっかけとなりました。
私は基本的に「社会の中で一生懸命生きているのに、つらい思いをしている人たちが結果的に幸福になってゆく」ような、そんな心暖まる童話を、これからも「曲名シリーズ」として、書き続けていきたいと思っています。

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「白いブランコ」


「真由美・・・・まゆみ・・・」
 おとうさんは暗い部屋で、じっと古ぼけたアルバムをながめていました。
「あなた・・・まあ、モーニングも着替えずに・・・真由美の小さい時の写真なんか見て」
「かあさん・・・、真由美は本当にアメリカへ行ってしまったんだなぁ」
「ええ、今ごろはきっと飛行機の中ですよね」
「まさかアメリカ人と結婚するなんてなぁ」
「いいじゃありませんか。素敵な方と巡り会う事が出来たのですから」
「そういうことか・・・今日は疲れたよ」
「早くお休みになった方が」
「うん、そうする」
 そう言って立ち上がろうとした時、おとうさんの胸に突然ズキーン、と物凄い痛みが突き抜けました。
「ウッ、ウウウーッ」
「あ、あなたっ、どうなさったんですか!あなたっ、あなたぁーっ」

 ・・・・・おとうさんがふと気がつくと、目の前に見覚えのある昔の家が現われました。庭には、懐かしい白いブランコがあり、保育園のスモックを着たまゆみが乗っています。
「おとうさん、押してー」
「よぉーし」
「キャハハハハ・・・・」
 まゆみはとっても嬉しそうです。
「おとうさん、まゆみ次は立ち乗りする!」
「ええっ、大丈夫かい?」
「うん、まゆみがんばってやってみる」
「よぉーし・・いいぞ、うまいぞ! まゆみ」
「わぁー、できたーっ、まゆみ立ち乗りができたー。 おとうさん、もっと強く押してよー」
「・・でもおとうさん、今日は胸が痛くって」
「おとうさんのいくじなし!」
「えっ」
「まゆみ、がんばって立ち乗りできたよ。おとうさんも、痛いのなんかとんでけーって、やればいいじゃん」 
「・・・・・」
「さぁ、もっぺん押してよ、おとうさん!」
 どのくらい時間がたったのでしょう。
「わたし、行かなくちゃ・・・」
「え? どこに行くんだい、まゆみ」
「とおーいところ」
 そう言うと、まゆみはブランコを降りて、タタッとかけ出しました。
「まゆみっ、どこに行くんだ。まゆみーっ」

 集中治療室のベットで、体中に管を付けられたおとうさんが静かに目を開けました。
「まゆみ・・・まゆみ・・・・」
「あ、あなたっ」
「まゆみが、真由美が助けてくれた・・・・」
「真由美の夢を見てらしたんですか」
「かあさん・・・真由美はいつまでも私たちの子供だよな・・・・私たちの・・・」
「ええ、ええ、そうですとも」
 おかあさんはそう言うと、おとうさんの手をぎゅっと握りしめました。

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「小犬のワルツ」



(ガタガタッ・・・・ガタッ・・・)
こきざみに窓をふるわせる物音に、おばあさんは、思わずふとんから起き上がりました。
「コロ、・・・コロや?」
静まりかえった部屋の外からは、冷たい冷たい木枯らしの声が聞こえてくるばかりです。
(やっぱり夢だったのか・・・)
おばあさんはコロの夢を見ていました。去年おじいさんが亡くなったあと、すっかり元気をなくしてしまったおばあさんのことを心配して、世話好きのおばさんが連れてきてくれた小犬です。
でも一週間ほど前、車に跳ねられて死んでしまいました。
( クウィーーン・・・・・)
泥だらけのコロの悲しそうな鳴き声が、おばあさんの耳の底によみがえって来ました。
「やれやれ、こんな寒い夜は腰が痛むのう」
おばあさんはそうつぶやくと、またふとんの中にもぐりこみました。

「おばあちゃーん、いるぅ?」
縁側でコックリコックリしていたおばあさんは、思わず目をさましました。
「おお、おお、真由美ちゃんかい。久しぶりやのう。今日はどうしただ」
「うん、お隣からミカンたくさんいただいたので、ママがおばあちゃんとこへ少し持ってけって・・・・あ、マンマアンしなきゃ」
 真由美はそういうと、仏壇のまえにちょこんと座りました。
「おじいちゃん、こんにちわ」
写真のおじいさんも、ニッコリしているように見えました。
真由美はふと、隣の部屋にあるピアノに目をやりました。
「おばあちゃん、あのピアノ弾いてもいいかなあ?」
「いいともいいとも・・・あんたのママが昔よく弾いていたピアノじゃからのう」
真由美はピアノのふたを開けると、勢いよく弾きはじめました。
「ほう、真由美ちゃん『小犬のワルツ』が弾けるようになったのかい」
おばあさんはピアノを聞きながら、死んだコロの事を思い出していました。
足元でいつもじゃれていた、かわいいかわいいコロ・・・
「おばあちゃん、泣いているの? どうして?」
「・・・この前生まれた真由美ちゃんが、上手にピアノが弾けるようになったのが嬉しくて・・・な」
真由美はポッと頬を赤らめると、また『小犬のワルツ』を弾きはじめました。
おばあさんはおじいさんの写真に語りかけました。
( あなた・・・あなたがよくオムツを変えてやっていた真由美が、こんなに上手にピアノを弾けるようになりましたよ。真由美は私に、生きる元気を持ってきてくれましたよ・・・
またおあたにお会い出来る日まで、コロと一緒に待っていてくださいね )
 おばあさんは心のなかでつぶやきました。
            

             ( 2000. 1. 30 中日新聞「みんなの童話」入選・掲載)
中日新聞社のご了解をいただき、新聞掲載時のイラストを転載させていただきました。
関戸千香様、素晴しいイラストをありがとうございました。

(作者ひとこと) 童話の公募というものにチャレンジするようになって、生まれて初めて入選を果たした、私にとって忘れられない作品です。
 中日新聞「みんなの童話」には、1999年の夏から投稿を始めました。
初投稿の「エリーゼの為に」は見事ボツ。ところが、どうせダメだろうと思っていた第2作目の「雨だれの前奏曲」が、意外にも佳作に選ばれ、ごほうびの図書券が送られてきました。そのときの嬉しさがバネとなり、家族との夕食時に、この作品のストーリーがむくむくと沸き上がってきたのです。少し昔風で、どこかで聞いたような話だという気もしますが、殺伐とした今日この頃、このような傾向の作品が少なくなっていることもあって、取り上げていただけたのかもしれません。
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「雨だれの前奏曲」


「・・・・・・・・・・・・・」
弱々しいピアノの音に、ふと目をあけた健太は、思わず「あっ」と叫びました。
一体いつの間に入り込んだのでしょう、ぼさぼさの髪に青白い顔をした見知らぬおじさんが、ピアノを弾いているではありませんか。
おじさんは健太の方を振り返り、言いました。
「君、この曲好きかい?」
「ん・・・・あ・ん・ま・り・・・」
「そうだろう! 君がとてもつまらなそうに弾いていたので、僕は思わず出てきてしまったのさ」
 そう、健太はいやいや練習していたピアノに疲れて、横のソフアーの上に寝込んでしまっていたのでした。
「おじさん、だあれ?」
「ま、とりあえずフレディって呼んでくれ」
そう言うとおじさんはまたピアノを弾き始めました。曲はショパンの『雨だれの前奏曲』。
・・・・その演奏の何と素晴しいことでしょう。さっき健太が練習していたのとは、まるで別の曲のようでした。
( このおじさん、どっかで見たような顔だぞ。)
曲が中間部にさしかかると、おじさんの額からはジワジワと汗がにじみだして来ました。
「サンド、サンド・・・早く、早く帰って来てくれ。僕を一人にしないでくれよ・・・・ほら、ほら、僕が一人でいると、またいつもの幽霊があらわれて・・あぁぁっ、あーっ」
おじさんは大きな叫び声をあげると、バァーン!とピアノの上に突っ伏してしまいました。
「お、おじさん。だ、大丈夫?」
鍵盤からそうっと顔をあげると、おじさんはボソッと言いました。
「フレディって呼べっ、と言ったろぉ・・」
「ご、ごめんなさいっ。」
「ふふふ・・・この曲を弾くと、いつも決まっておかしくなってしまう・・・」
そう言うと、おじさんは今度は急に真面目な顔になり、健太に向かって言いました。
「いいかい、坊や。音楽っていうのはね。どの曲もみんな、それこそ血の出るような思いで作られているんだよ」
「う、うん」
「それを今日の君みたいに、いかにもつまらなそうに弾いているのを聴いたりすると、僕は黙っていられなくなってしまうのさ。」
「・・・・・・」
「さあ、今度は本気になって弾くんだ!」
そう言い残すと、おじさんの姿はスウッと消えてしまいました。
「ショパンのおじさん!」
 健太は、おじさんが誰だったのか、はっきり気がつきました。そして「ピアノが弾きたい!」という気持が体中にムクムクと沸き上がってくるのを感じていました。
「よおーし、さっきのおじさん、いや、フレディみたいに弾くぞおっ!」
そう叫ぶと、健太は小走りに鍵盤に向かいました。
         

          (1999.11 中日新聞「みんなの童話」佳作)

(作者ひとこと) 童話の公募というものにチャレンジするようになって、初めて佳作となった作品です。
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「雨だれの前奏曲」 (オリジナル)


「こらあっ、またゴロゴロしてるっ!」
ママのどなり声に、健太は思わずソファーからビヨョォーンと跳ね上がりました。
「ンもうーっ、あしたは発表会だっていうのに、『雨だれ』全然弾けるようになってないんでしょおっ?」
健太は、うらめしそうにママの方を見やりました。
「ママ、ちょっと買い物に出かけてくるからねっ・・・・帰るまでずーっと、ずうううーっと練習してるのよっ、いいわねっ!」
 バタンッと戸をしめる音を背に、健太はしぶしぶピアノを弾き始めました。
曲はショパンの『雨だれの前奏曲』・・・
( この曲、イマイチ好きになれないんだなぁ )
健太はすぐに弾くのに飽きると、またソファーの上にでぇーんと横になり、いつの間にかスヤスヤと眠ってしまいました。

(・・・・・・・・・・・・・)

弱々しいピアノの音に目をあけた健太は、思わず「あっ」と叫びました。
いつの間に入り込んだのでしょう・・・ぼさぼさの髪に青白い顔をした見知らぬおじさんが、ピアノを弾いているではありませんか。
おじさんはそっと健太の方を振り返ると、言いました。
「君、この曲好きかい?」
「ん・・・・あ・ん・ま・り・・・」
「そうだろう! 君があんまりつまらなそうに弾いていたので、僕は思わず出てきてしまったのさ」
おじさんはそう言うと、いたずらっぽく片目を閉じました。
「おじさん、だあれ?」
「ま、とりあえずフレディって呼んでくれ」
そう言うと、おじさんはまた『雨だれ』を弾き始めました。
・・・・その演奏の何と素晴しいことでしょう。さっき健太が練習していたのとは、まるで別の曲のようです。
( すごいっ・・・でもこのおじさん、どっかで見たような顔だな )
曲が中間部になると、おじさんの額からは、ジワジワと大粒の汗がにじみ出て来ました。
「サンド、サンド・・・早く、早く帰って来てくれ。僕を一人にしないでくれよ・・・・
ほら、ほら、僕が一人でいると、またいつもの幽霊があらわれて・・あぁぁっ、あーっ」
おじさんは大きな叫び声をあげると、バァーン!とピアノの上に突っ伏してしまいました。
「お、おじさん。だ、大丈夫?」
おじさんは乱れた髪をかきあげながら、ボソッと言いました。
「フレディって呼べっ、と言ったろぉ・・」
「ご、ごめんなさいっ。」
「ふふふ・・・この曲を弾くと、いつも決まっておかしくなってしまう・・・」
そう言うと、おじさんはやさしく健太に聞きました。
「君、この曲の作曲者は、一体どんな気持ちでこの曲を書いたと思う?」
「う、うん・・・雨がしとしと降っていて」
「うん、それで?」
「何か、オバケみたいなものが現われて」
「すごぉいっ!」
おじさんが急に大声をあげたので、健太は、思わずいすから転げ落ちそうになりました。
「君いっ、そこまで分かるんだったら、どうしてもっと、それらしく弾けないんだい?」
「・・・ンなこと言ったってぇー」
「いいかい、こういう情景を思いうかべてごらんよ・・・ある作曲家が、恋人に置いてきぼりにされて、
ひとりで寂しく留守番をしている。すると、冷たい雨がしとしとと降ってくるんだ。
雨のしずくがポタポタ落ちる音を聞いているうちに、いつしか作曲家は恐ろしい幽霊の夢を見る・・・
そう、実は彼は、胸に重い病を抱えていたんだ」
そこまで言うと、おじさんは急に真面目な顔になり、健太をじいっと見つめました。
「いいかい君、音楽というのはどれも皆、それこそ血のでるような思いで、作曲されているんだよ」
「う、うん」
「それをだねぇ・・・今日の君みたいに、いかにもつまらなそうに弾かれたら、僕はいてもたってもいられなくなってしまうのさ」
「・・・・・・」
「さあ、今度こそ本気になって弾くんだ!」
そう言い残すと、おじさんの姿はスウッと消えてしまいました。
「ショパンのおじさん!」
 健太は、おじさんが誰だったのか、今やっとはっきり気がつきました。
そして、知らず知らずのうちに『ピアノが弾きたい! 』という気持が、グワァーッと心の中に沸き上がって来るのを感じていました。
「よおーし、さっきのおじさん、いや、フレディみたいに弾くぞおっ!」
そう叫ぶと、健太は小走りに鍵盤に向かいました。
(作者ひとこと) 中日新聞「みんなの童話」に応募するために書いたものです。
通常私は、心に浮かんだストーリーをまず全て文字に記し、その後添削をするというプロセスを取っています。このようにすれば自分の作品を客観的に見直せますし、何よりお子さんたちに分かりやすく、そして楽しく読んでいただけるには、どのように書き改めれば良いかということに思いを馳す事ができるからです。

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「エリーゼのために」


「真弓ちゃーん、チャーミーを、お散歩に連れてってあげてぇー」
「はぁーい」
読んでいた絵本をポイッと放り出すと、真弓は、元気よく玄関の方にかけだしました。
「ワン、ワン、ワン!」
真弓の声を聞きつけて、小犬のチャーミーは、小屋の前で、今にもロープをひきちぎらんばかりに、いきおいよくないています。
「はいはい、今お散歩に、つれてってあげますからねー」
つないであったロープをはずしたとたん、チャーミーは、ダダーッとかけだしました。
「いやぁん、チャーミー、そ、そんなにひっぱらないでよぉー」
チャーミーの強い力に、思わずころびそうになりながら、真弓はロープをしっかりとにぎりしめ、チャーミーにひきずられるように走りだしました。
あたたかな春の日ざしが、元気よく走る真弓とチャーミーを、ぽっかぽかと優しくつつんでいます。
公園をすぎ、ほそい路地をぬけると、以前はくわ畑だったところに、最近たったオレンジ色の大きな家があります。じつはこの家の前を通りすぎることが、真弓のひそかな楽しみになっていました。
「ヤッター、きょうもれんしゅうしてるっ!」
家の窓からは、いつもと同じピアノの音が聞こえてきました。
そう、真弓はその曲が大好きだったのです。
「何という曲だろう・・・いい曲だなぁ」

 つぎの日も、真弓は大きな家の前で、チャーミーといっしょに、ピアノの音に耳をかたむけていました。
「おじょうちゃん、ピアノお好き?」
ふとふり向くと、家の玄関のところに、ちょっと太めのおばさんが、ニコニコしながら立っていました。
「はい・・・・あ、あの・・・」
「なあに?」
「あの曲、何ていう名前ですか?」
「ああ、あれはね、ベートーベンの『エリーゼのために』っていう曲よ」
『エリーゼのために』・・・何てすてきな題名だろう!・・・と真弓は思いました。
「もう、こんどの日曜日は発表会だっていうのに、ちっとも上手になってくれないのよ」
 そのときです。ピアノの音がピタッとやみ、窓がガラッと、あらあらしく開きました。見ると、青白い顔をした男の子が、こちらをじーっと見つめています。
「健太、このお嬢さんがね、お前が練習してるエリーゼが、とっても好きなんだって」
すると男の子は、顔が見る見るうちに真っ赤になったかと思うと、大きな声で叫びました。
「うるさいっ、お前なんか帰れっ」
「まあ健太っ、何てこと言うのっ!」
男の子のことばに真弓はビックリして、チャーミーのロープをにぎりしめると、いっきにかけだしました。走りながら、真弓の目からは涙がつぎつぎにあふれてきました。
・・・あんなきれいな曲をひいていたのが、あんないじわるな男の子だったなんて・・・。

 つぎの日、真弓はチャーミーといっしょに、川の土手にいっぱい咲いたレンゲの花をつんでいました。
「おいっ」
振り向くと、きのうの男の子でした。真弓は思わずササッと、うしろにさがりました。
きっとまた、いじめるんだ・・・・。真弓は男の子の顔をじっと見つめました。
しかし、意外なことばが、男の子の口からでてきました。
「きのうは、ご、ごめんな・・・・」
真弓は、思わずホッとして言いました。
「・・・ううん、いいの」
男の子は、横に生えている長い草をツンッとひきぬくと、ポイッと放りあげて言いました。
「うまくひけなくてイライラしてた時に、ママがあんなこと言うものだから・・・・。
おれ、ピアノなんか、だぁぁーいっきらいなんだ!・・・でも、おれがピアノの練習しないとママが家出するなんて言って、おどかすもんだから・・・しかたなく練習してんだ」
「どうして? あんなきれいな曲がひけるのに・・・真弓、すっごくうらやましいなぁ」
 男の子は、ちょっとテレたような、でもとってもうれしそうな顔でうつむきました。
「今度の日曜日、発表会あるんでしょ」
「・・・う、うん」
「真弓、聞きにいってもいいかなぁ」
「勝手にしろよっ!」
そう言うと、男の子は草むらのうえにドテーンと、あおむけに寝っころがりました。
真弓はクスッと笑うと、空を見上げました。
真っ青な空に、飛行機雲が一本、あざやかに伸びていくのが見えました。


「こいのぼりのかなしみ」(オリジナル版)


 パタパタ・・・パタパタパタ・・・
五月のまっ青な空を、こいのぼりたちが、いきおいよく、およいでいます。
木々の緑のにおいをいっぱいすいこんだ風にのって、こいのぼりたちは、とても気持ちよさそうに見えました。 でも、こいのぼりたちの心のなかは、じつは、かなしみでいっぱいだったのです。
「ああ・・かなしい。 わたしたちはなんと、ふしあわせものだろう」
どうして、こいのぼりたちの心は、かなしみにあふれていたのでしょう。
 それは、五日ほどまえのことでした。 
いたずら者のからすが、こいのぼりたちの柱にとまって、こう言ったのです。
「きみたち、魚のかっこうをしているってのに、海をおよいだこと、ないだろ?
 海はいいぞー、広くて、きれいで・・・」
からすのことばに、こいのぼりたちはみな、ハッとしました。
そうか・・・いままでのんきに、風にのっておよいでいたけれど、わたしたちは魚のかたちをしていても、あの美しい海を、これからもずうっと、およぐことができないんだ・・・
 それからというもの、こいのぼりたちの心のなかは、かなしみでいっぱいになってしまったのでした。今日も、こいのぼりたちは、とおくに見える若狭の海の、きらきら光る波を見つめながら、大きな目から、ぼろんぼろんと涙をこぼしました。
「あら、雨かしら」
 庭のおそうじをしていたおかあさんは、あわててせんたくものを、しまいはじめました。

 つぎの日です。
こいのぼりのたっている家の中から、おかあさんが、小さなこどもをつれて出てきました。
「ねえ、ねえっ、おかあさん。けんちゃんのこいのぼり、どぉれ?」
「けんちゃんのは、ね。 ほら・・・いちばーん下の、小さな青いのよ」
おかあさんが、やさしく言いました。
「じゃ、ねえちゃんのは?」
「まゆみちゃんのは、ね。 そのすぐ上の、赤ーいの」
「じゃ、その上のおっきいのが、おかあさんと、おとうさんだねっ」
 おかあさんは、ニッコリとほほえみました。
「そう、そうよ。おとうさんのこいのぼり、とっても大きくて、つよそうでしょ? 
 でも、けんちゃんのこいのぼりだって、まだちっちゃいけど、ほら、あんなにいっし
ょうけんめい、およいでるわ。けんちゃんも、こいのぼりさんにまけずに、げんきに、大きくなってね・・・」
 おかあさんのことばに、こいのぼりたちはハッときづきました。
そうだ、わたしたちのやくめは、海でおよぐことなんかじゃ、ないんだ。わたしたちがこうして風にのっておよいでいるのを見て、こどもがあんなに、よろこんでくれる・・・・
 なんて、うれしいことだろう!
そうきづいたこいのぼりたちは、もう、かなしむことを、やめたのであります。
「がんばれーっ、がんばれー、けんちゃんの、こいのぼりーっ」
 小さなこどもは、その花びらのような両手を、青空にむかって、いっぱいに広げました。

 (作者ひとこと) この作品は2001年6月に福井新聞の「おはなしトントン」に採用された同名の作品の「オリジナル版」(応募原稿)です。
福井新聞に掲載されたものは、大幅に添削されています。 
 アマチュアを対象にした童話の公募では、多くの場合選者により添削されることが多く、私も過去に何回か中日新聞の「みんなの童話」で添削を受けた経験があります。
 でも、そのほとんどは「なるほど・・・」と納得させられるものばかりでした。しかし、今回のこの「こいのぼりのかなしみ」に対してなされた添削については、私はその批評も含めて不満でした。
 そこで、あえて私のオリジナル版を、ここに掲載させていただきました。
「こいのぼりのかなしみ」というタイトルをつけることにより、私がこの童話のなかに盛り込みたかった「新美南吉の香り」は、福井新聞では見事に削り取られ、ありきたりの作品に変えられてしまっている・・・私にはそのように感じ取られ、そのことがとても悲しかったのです。
 この作品を最後まで読んでくださった貴方は、どちらを気に入られましたでしょうか?


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