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<丘の牧場>を選んだあなたのための続き・・・をどうぞ
汗を浮かべたランスロットの額を、そっと誰かがぬぐってくれていた。
クレアが戻ってきてくれたのだろうか。ランスロットはそう思った。
―――献身的な優しい少女だ。
この人たちのためにも、もう少し記憶喪失を演じなければならないのだろう。
自分が立ち上がって、戦うことができるまでは。
?
花のような少女の香りが漂ってこないことに、ランスロットは気づいた。
おぼろに見えるのは、青年だった。
やはり『彼』だ・・・。自分には、わかる。
「お前、どうしてここにいる?」
「・・・すみません。お起こしてしまいましたか?」
「まだぼんやりとしているが、・・わかるぞ。私には。・・・お前が。」
「・・・ふふっ、バレてしまいましたか。」
「・・・・・・・・・・・」
「そうか、じゃ、だいぶよくなったんですね。
先ほどのお姫様の悲鳴で、僕はとうとうお弔いの準備をしなければならないのかと。」
「・・・・・・・・・・・」
ランスロットは少々、むっとした顔をしていた。
「あ、あなたの演技のすごさに僕は・・・あ、あはははは。」
とうとう腹の底から笑いはじめ、いつもの『彼』にもどった。
先ほどの騒ぎを、どうやらどこかで窺っていたらしい。
「・・・やはり、おかしかったのかな?」
ランスロットは、気にかかっていたことを口にした。
「いやぁ、上出来でしたよ。僕も本気で心配してうっかり様子を見にきて。
ふっ、失敗したな・・。
まさか、あなたが僕に気づくなんて思っていませんでしたし。」
「あ、そうだ、お前、確かパラティヌスに行っているはずではなかったのか?!」
「それが、僕の”奔流のパプア3世”に三つ子が産まれるところだったんで、デスティンが代わってくれて・・・。」
「三つ子?」
「ええ、ヘルハウンドの子犬が6つの頭を並べてお乳を飲んでるとかわいいんですよ。
本当は連れてきたかったんですが、・・・」
『彼』のあいかわらずの明るさに救われる気持ちがする。
戦乱時においても、どんな相手でも
『彼』の眼にはすべてが愛すべき対象に写るらしかった。
デイモンだろうが、竜だろうが、慕い寄ってくるものすべてを仲間に加え、大事にしていた。
それこそガルフまでをも「寂しそうだから、仲間にしてやろうよ。」と言い出しかねない奴だった。
「あいかわらず、のようだな。」
「ええ、みんなのおかげで僕は幸せですよ。」
大事な『仲間』の命を奪いに来るモノだけが敵だったということで、戦乱が終わると
他の功労者が地位を得たというのに、さっさと田舎に引っ込んでしまったのだ。
トリスタン王の側近は最初、彼がゼノビアの支配に無頓着ということを信じられなかったようだ。
知能にも恵まれて、人望もあつい彼が、権力や高みをめざさないのはおかしいと。
普通は、そうなのだろう。
人を信じぬタルタロスには、『彼』のことなど永遠に理解できないだろうな。そして『彼』の真の力も。
力の強弱で、そして損得だけで全ては測れるとしか考えられないのなら。
哀れな奴だ。
「・・・いい為政者になれると思うか・・あの姉弟は?」
「ええ、そうですね。二人とも、あなたの痛みをあれだけ想像できるなんて立派ですよね。
たしか上に立つ人は、人々の痛みや苦しみを想像できなければならないって。」
「そうだな、サラディンがそんな話をしていたな。」
「東方の8つの苦しみ、でしたよね?」
「ふふ、そういえば、お前みんなにあの時、つるし上げをされていたな。」
「・・・変なことを覚えているんですね。
みんな恋愛論に脱線したから、サラディンはがっかりしてましたね。
想像するだけでなく、それを乗り越える手だてを考えよと、まじめに講義は始まったのに。」
「あれは、何の苦しみって言ったっけ?」
「『愛別離苦』って、愛する者のそばにいたいのに、離れる苦しみのことをサラディンが説明していた時に・・」
・・・・・
デネブがちゃかしたのだった。
「あら、それって片思いの人には関係ないわよね。お互い、愛し合っているからこそ
別れがつらくて苦しいのよね〜。ね、ノルン」
法皇ノルンは、真っ赤になって下を向いてしまった。
恋する乙女たちが、それぞれいっせいに口を開く。
「ひど〜い。片思いでも、つらい気持ちには変わりないわよ〜!!」
こういう話題になると、皆、がぜん元気になった。
「・・・でも、全然好きでもないオトコに
『愛別離苦』〜!!って言われて追いかけられたら、絶対に気持ちわるいわよ。」
とラウニィーが言ったので『彼』がつい吹き出して、皆のターゲットにされてしまったのだ。
「お前、あの時なんて言っていたんだっけ?」
「『一人より二人の苦しみのほうが、やっぱ数的には大きいんだよね』って言ったら
みんなに『色気がない!猛獣にしか興味がナイなんて』とかいじめられたんですよ・・・ふふふ。」
「お前にしては、無用意な答えだったよな。」
「・・・ああ、そろそろ僕は行かなくちゃ。
もう休んでください。・・少し青い顔をしていますよ、ランス。
早く王の下に帰還できるよう祈ってます。ブリュンヒルドもきっと戻りますよ。
じゃ、王と神のご加護が、あなたの上にありますように。」
「どこに、・・・行くんだ?」
「さぁ、デネブの店にでも行って隠れていようかな・・。
出発前にウォーレンが占っていたのを見たけど、最後に出た悪いカードを手で隠して見せてくれなかったんですよ。
気になるんで、もう少しヴァレリアにいようかと。
あ、ウォーレンには内緒にしておいてくださいね。」
・・・教会の外に出てから、金髪の青年は照れたような笑顔を浮かべた。
「本当の答えをあなたに聞かせるのは、ちょっと恥ずかしかったんだ、あの時。」
・・・相手が別離に苦しんでいないのなら、僕はそれで、いい・・。