「姉さん、大丈夫かい?」
「私をどうするつもり・・・?」
「どうするって・・。」
カチュアが震えながら、後ずさりする。
―――僕が姉さんをどうかするとでもいうのだろうか?
言葉を飲むデニムの前で、カチュアは美しい金の髪を波打たせて震えている。
「私は、・・私はもうあなたの姉さんじゃないわッ!」
まさか・・・。デニムの脳裏に今までの心配事がバーンと広がった。
そうだ、・・・僕はずうっと心配していたんだ。
・・・暗黒騎士達が大事な姉さんに、何かしてやしないかって。
そういえば、仲違いしてから逢うのは久しぶりだけれど、微妙に雰囲気が違っている。
まるで蝶がさなぎから抜け出たようなというか、つぼみが花ひらいたというべきか・・・。
姉さんの涙に濡れた瞳をまともに見て「愛している。」なんて言おうもんなら、
それで、もしも抱きつかれでもしたら、やばいぞ、僕だって男のはしくれだ。
あんなことやらこんなことやら・・・なにしろ本当の姉弟じゃないんだし・・・。
いっ、いや、ここはひとつ冷静にならなければ・・・。
「姉さん、やっぱり何かあったんだね。すごく痩せたみたいだ。」
・・・・・・・・・・・!
さきほどのタルタロスの敗走とカチュアの号泣をふいに思い出し、デニムの心の中で怒りとジェラシーの炎がチリチリ痛いほどに燃え上がる。
「くそっ!タルタロスかッ」
「ううん、・・・いちばんひどいのはバルバスだったわ。
だって、無理矢理・・・」
その後の言葉は、デニムの耳に入らなかった。
―――あいつ、やっぱりさっき八つ裂きにしてやるべきだったか。
「バルバス!奴が姉さんを最初に・・・。」
「ううん。最初はマルティムだったわ。
思い出したくない位・・・(身震いしているカチュア)。
そのあとは代わる代わる・・・」
「ひどいッ!、も、もしかして全員が?」
「え?ええ、そうよ。・・・こんなこと聞きたいの?」
「い、いやっ。その、別に・・・」(といいつつやっぱり・・・だって若いんだもん♪)
「・・・アンドラスはそれほど怖くなかったわ。
あっさりしていて、しつこくないの。
でも、オズマはムチよ。ムチで責めてくるの。わかる?」
声も出せずに生唾飲み込んで頷く自分が情けない。
「あ、でもバールゼフォンはいい味だしてたわ。経験というか、テクニシャンっていうの?
毎回ちがった趣向をこらして・・・」
気のせいか明るい表情だ。
―――もしかして姉さん、親父が趣味なのか・・?
「タ、タルタロスは?」
「そうね。一口目はぐっと喉につまるかという感じなんだけど、慣れてきたら、イイ感じ・・」
カチュアはその先を続けられなかった。デニムが叫んだからである。
「く、口?う、うわぁーッ、そ、そんなことって。口でなんて。」
自分が発狂するんではないかと思う。
どうやら、カチュアもそう思ったらしい。きょとんとした顔でデニムを見つめる。
「デニム・・・?どうしたの?
ロスローリアンの料理が口に合わないっていう話がそんなにショックなの?」
「え?料理?!」
状況把握できない・・・。
妄想が急に消えたせいで、頭の中は真っ白だ。
「今まで何の話をしていたと思うの?
あなたが私の痩せた理由を聞きたいっていうから。」
「料理・・・。バルバスの料理?」
ちょっと考えられない。
まさかエプロン姿はしないだろうな、いや、してほしくない。
「バルバスは、無理矢理好き嫌いを無くそうとして、意地悪するんですもの。」
真っ白な頭の中にバルバスのエプロン姿が・・・ぐ・・・。
「・・・マルティムは?」
デニムはまだ放心状態である。
「一番まずかった。(よほどまずかったらしくて、また身震いするのである。)
『オレは美食家だ』だなんて調子いいこと言っていたけど、口だけなのよ。」
「アンドラス・・。」
ほとんど脱力しているデニムであった。
「海の幸のオイル炒め。見た目は油っぽいんだけど、あっさり味。
それに残してもあまり怒らないの。あれって、きっと性格よね〜。
オズマなんか食べ残しを見たら、ムチで叩くのよ!」
・・・いろいろ想像した自分が馬鹿だった・・・。
カチュアはデニムにかまわず、楽しそうに続ける。
「バールゼフォンは、きっと悪い奥さんかなんかに苦しめられたんじゃないかしら。
いちばんお料理上手。飽きないように工夫もしてくれたし。
タルタロスなんてね、生まれて初めて作った料理なんて、うふふ、
私もバールゼフォンも飲み込むのに苦労しちゃった♪」
「姉さん、じゃ、危険な目には?」
そうだよ、それを心配していたのに・・・(えっちな想像が楽しいわけでは、決して!ない)
「私が味にうるさいの、覚えているでしょう?
毎日のように、『こんなもん、王女の私が食えるか〜!』ってちゃぶ台(?)ひっくり返していたから、危険といえば危険だったかも♪」
そうだ、そういえば・・・。僕だって姉さんにやられていたんだっけ。
忘れていた過去が甦ってきた。食事番のものにはみんな『締め上げられる』運命がつきまとうものなのかもしれない。
「大丈夫?デニム。やっぱり私がついていないと駄目みたいね。」
形勢はいつのまにか逆転してしまったようだ。
「ああ、私、お腹空いちゃった〜♪デニム、何か食べさせて〜♪」
「ごめんよ、姉さん。でも、もう食事当番はしない・・。」
「あら、そうなの?」
ちょっと気にさわったようだ。
むっとした表情でデニムを見たカチュアだったが、急ににたりと笑った。
カチュアがこんな風に笑うときはろくな事がない。
離れている間は忘れていた、カチュアにされた様々な仕打ちがデニムの記憶に甦る。
―――果たして、説得して連れ帰るのは正解だったのだろうか。
今更のように迷い始めたデニムの腕を取り、実に楽しそうにカチュアが言った。
「そういえば、見たことのない、プリーストっぽいオンナノコ、妙にあなたになれなれしかったわね。あの子に一度料理させてみてくれない?
ああ、楽しみだわぁ♪」
・・・これも説得の成功例にあげてよいのでしょう、多分(^^;
このつづきを知りたい方は、橋田須賀子さん作の嫁姑ドラマでも見てご想像ください。
献辞:
ネタの提供者のG○○○○○さんに感謝と愛を込めてこの小品をささげます。
掲示板等で楽しい話題を提供してくださってありがとうございました。
それがなかったら、この作品は生まれませんでした(強調)。
・・・・というわけで、責任の一端はええ、そのう・・・(逃走)