泌尿器科情報局 N Pro

症例034-2

解説

スクリーニングで発見された、大量の残尿を呈する寝たきりの女性です。現時点では腎障害や感染による血尿、発熱などは来していません。

大量の残尿を呈する尿失禁の状態です。この状態を溢流性尿失禁といってよいでしょうか。腹部CTを見てみましょう。膀胱の形態は完全に緊満した状態に見えるでしょうか。多少壁には余裕があって、もう少しぐらい膨らみそうな形をしているように見えます。つまり、膀胱内圧はそれほど高圧の状態ではないように思えます。事実、水腎症はありません。

厳密な溢流性尿失禁とは尿排出障害のために膀胱内圧が上昇し、そのために尿失禁を来している状態を言いますから、膀胱内が高圧となっていない状態は溢流性尿失禁とは呼べません。もし極端に尿道閉鎖圧が低ければ膀胱内圧が低くても溢流性尿失禁となるわけですが、そうなると尿排出障害の存在が怪しくなります。

寝たきりの患者さんの中には、このような排尿状態の患者さんは珍しくありません。このような排尿状態の患者さんに共通する要素は、意欲低下に起因する排尿をしようとしない状態です。私は、“排尿企図がない状態”と表現しています。排尿をしようとしないために、膀胱内に尿が充満した際には切迫性尿失禁が発生しますが、失禁時に排尿をしようとしていないために排尿反射が最後まで維持されず、結果として残尿が発生します。その状態が繰り返されることで徐々に1回の失禁量は減少し、逆に残尿量は増加していきます。下部尿路を支配する神経の異常があるわけではないため、蓄尿圧は低圧に保たれている事が多く腎障害を来すことはまれです。ただし、多量の残尿のために感染は必発で、無症候の状態で安定している場合もありますが、感染が悪化して発熱や血尿などを来すこともよくあります。溢流性尿失禁ではなく、切迫性尿失禁のみで排尿をしているために残尿が増加した状態であり、この状態を私は、“溢流性尿失禁に近い切迫性尿失禁の状態”と呼んでいます。

膀胱内に沈殿物があるのは、現在の排尿状態が急に発生したものではなく、比較的時間をかけて発生したものであることを物語っています。つまり、比較的安定した状態であるといえます。発見の理由も、入院時スクリーニングで発見されたと言うことでした。

ということで、この時対応した泌尿器科医は、腎障害、感染の将来的なリスクはあるものの現状では問題を来しておらず、褥瘡ができてしまうような介護環境を考えると積極的な介入を期待できない事もあり、現状で許容するのが得策であろうとの判断を下し、あまり効果は期待できないもののウラピジル(エブランチル)を神経内科で処方するよう推奨しました。

多少疑問が残るところですが、続きを見ていきましょう。