泌尿器科情報局 N Pro

教科書に載っていない“尿閉”の話

1. 尿閉の定義

排尿障害は尿をためることができない蓄尿障害と、尿を出すことができない尿排出障害の2つに分けられます。どちらも困った症状を引き起こしますが、急性期病院では蓄尿障害よりも尿排出障害の方が重要性が高いです。単に尿が出しにくい感じがするという排尿困難感とは異なり、尿閉とは実際に尿がうまく出せていない状態を表しています。


尿が出ないことで、下腹部痛などの症状が出現します。完全な尿閉ではありませんが、尿排出障害が進んで尿を完全に出すことができないと、すぐにまた尿意が出現して頻尿となります。
症状以上に問題なのは、尿が出ないことで腎障害となることです。腎障害よりも頻度の多い弊害は尿路感染症です。発熱や出血性膀胱炎が起こりやすくなります。
あまり知られていないことですが、尿閉で膀胱が過度に引き延ばされてしまうことで、膀胱に機能障害を起こします。
このように尿閉は、症状だけではなく命にもかかわる事態を引き起こすため、尿失禁などの蓄尿障害よりも優先度は高いことになります。


この尿閉ですが、救急外来では比較的判断は簡単です。患者さん自身が尿意があるけど尿が出ないと訴えて来院しますし、下腹部が膨満し強い痛みがあるため見逃されることはまれです。しかし、病院の中では、尿閉の判断は非常に難しいときがよくあります。尿失禁が無いのは正常な状態ですが、尿失禁があるはずの患者さんに尿失禁が無いのは意外に見逃しやすいものです。尿失禁があったとしても、溢流性尿失禁という膀胱に大量に尿がたまっているために尿失禁となっている場合もあります。尿がしっかり出せていない状態ですので広い意味で尿閉に含めます。

少し話がそれますが、尿失禁が無いのでこまめに尿閉でないかのチェックをしていたところ、尿閉ではなかったのですが、実は腎不全で尿が作られていなかった、ということがありましたので注意をしてください。


では、尿閉の境界線はどのように決めていくべきでしょうか。排尿後に膀胱に残っている尿量を残尿量と呼びます。このグラフは300人程度を調べた、入院時の残尿量の調査です。排尿できない患者さんもいますので、正確には残尿量だけではなく、膀胱に尿がたまっていても出せなかった尿量も含みます。
残尿量は正常では100ml以下を目安としていた時期もありましたが、最近は300ml以上でなければ尿閉とは言えないという意見が主流となってきています。私は以前から、すこし余裕をもって残尿量400ml以上を尿閉の目安とすることを勧めています。
ただし、残尿量200mlが正常というわけではありません。正常か異常かで言えば、残尿量がゼロでも重度の前立腺肥大症の患者さんもいるわけで、残尿量だけで患者さんの状態がすべてわかるわけではありません。


残尿量は正常と異常の区別のために参考にはできますが、正常か異常かを正確に区別する必要はありません。看護のために必要な情報は、導尿が必要かどうかです。つまり導尿をしないと問題が起こるかどうかになります。尿閉による弊害は、残尿があるために起こっているのではなく、残尿が出現するほど膀胱がパンパンに膨らんで高圧状態になっているために起こっています。
さきほど、尿閉の目安を残尿量400mlと言いましたが、尿量が400ml以下で膀胱が高圧であることはまれな病気の場合だけですので、その400mlという数字を出しています。
ただし残尿が400ml以下であれば導尿が不要というわけではありません。腎障害や尿路感染の管理のためにはもっと少ない数字にしないといけない場合があります。また、後ほど尿閉からの回復の話が出てきますが、尿閉から回復を目指すためには残尿量はもう少し少ないほうが良いかもしれません。