泌尿器科情報局 N Pro

教科書に載っていない“尿閉”の話2

2. 尿閉の原因

尿閉の原因は教科書的には出口が狭くなって出せなくなる下部尿路閉塞と、出す力が弱くなって出せなくなる排尿筋低活動の二つに分けます。下部尿路閉塞の代表的な病気と言えば前立腺肥大症です。一方、排尿筋低活動の代表的な病気としては神経因性膀胱があります。加齢でも膀胱の力は弱くなりますが、急に変化が起こるわけではないので、尿閉の患者さんをみた場合には、前立腺肥大症か神経因性膀胱のどちらになるのかを考えるのが一般的な泌尿器科医の思考です。女性で下部尿路閉塞は珍しいので、女性の尿閉はすべて神経因性膀胱と診断する泌尿器科医は珍しくないです。ところが、病院に入院中の患者さんにはこの二つの分類では説明のできない尿閉が発生します。


二つの分類にあてはめられない尿閉の中で、一番有名な尿閉は大腿骨骨折の患者さんに起こる尿閉です。もともと排尿に問題のなかった患者さんが骨折をきっかけに尿閉となってしまうことが一定の割合であり、論文にもなっています。しかしその原因は不明とされています。骨折で前立腺肥大症や神経因性膀胱になったり悪化したりするわけではありません。では、なぜ尿閉となってしまうのでしょうか。


高齢者が尿閉となってしまう原因を考えるためのひとつのヒントとしてこのようなCT写真をお見せします。膀胱の中に尿道カテーテルが入っているのですが、カテーテルより下が尿、カテーテルの上が空気になっています。


なぜ膀胱の中に空気が入ってしまっているのでしょう。尿道カテーテルが入っていれば膀胱の中の尿はすべて出ていくと思いたいのですが、膀胱がカチカチで全く縮まずカテーテルから尿が出たら出ただけ代わりに空気を吸い込んでしまうことがあります。もしくは、やせていることで腹腔の中の脂肪が減ってしまい、尿が出て行ってしまうと陰圧になってしまうために起こります。


実際にカテーテルを入れても膀胱が縮まない原因を調べたところ、ADL障害、やせ、コミュニケーション障害が原因としてあげられました。つまり、腹腔内圧が膀胱の収縮に影響することが分かりました。座ったり立ったりすることで腹圧をかけることが、膀胱が縮むことを助けているわけです。コミュニケーション障害も排尿には非常に重要で、患者さんが排尿をしようとしているかどうかが、コミュニケーション障害として現れてきているのだと思っています。このように下部尿路閉塞や膀胱収縮力とはまったく別の要因が排尿障害には関係しているということが分かりました。


一般的には排尿とは、ためることと出すこと、排尿と蓄尿、の二つの現症で考えます。しかし、これだけの考え方では高齢者の排尿障害は理解することができません。


排尿とは単にためて出すだけの現象では無く、尿をためて、それを尿意として感じ、尿意を我慢し、その上で排尿をしようと考え、トイレに移動したり看護師さんを呼んだりといった行動を起こし、準備ができた状態で排尿をし、排尿後に服を着たりして、再度尿をためてゆきます。この一連の流れがスムーズに流れることで、正しい排尿状態が維持されています。この一連の流れを、私が作った造語ですが“排尿サークル”と読んでいます。


従来泌尿器科では、ためられないから頻尿になる。我慢できないから尿失禁になる。排尿できないから尿閉になる。と言う形で原因と問題を一対一に考えようとしてきました。


しかし、高齢者の排尿障害はそれほど単純ではありません。この排尿サークルがどこかでとまることで、その流れの下流にある行為ができないもしくはしようとしなくなり、問題が起こってくると考えます。たとえば意識障害の患者では尿意を感じることがなく、尿意を我慢しないので尿失禁が起こるかもしれません。しかし尿失禁が必ずおきるとは限りません。意識障害があると患者さんは排尿しようとしていないので、尿失禁が無いと排尿がないことになり、それは尿閉の状態です。もしADL障害があってトイレに行けないために排尿できない場合、いずれ我慢しきれず尿失禁となってしまうかもしれません。


このように何か原因があって排尿サークルがスムーズに回らなくなった際に、どこで症状が現れてくるのかは、必ずしもその問題のすぐ下流とは限りません。排尿サークルのどこかで問題があれば、どこかで問題が起こる、としか言えません。尿意を我慢せず、排尿もしようとしない場合、失禁となるのか尿閉となるのかは、患者さんごとにもしくはその時々で違ってきます。


つまり、排尿サークルがうまく回らない状況では、尿失禁もしくは尿閉のどちらも起こりうる訳で、排尿障害と尿失禁は紙一重の関係にあると言えます。高齢者の尿失禁の原因として、DIAPPERSという、頭文字をならべた語呂合わせが古くから有名です。
Delirium(せん妄)
Infection(尿路感染)
Atrophy(萎縮)
Pharmaceuticals(薬剤)
Psychological(精神的)
Excessive urine output(多尿)
Restricted mobility(ADL障害)
Stool impaction(便秘)
薬剤は尿閉の原因としては有名で見落とされることは少ないですが、入院中に気をつけるべきものと言えば、ADL低下、尿意減弱、意識障害、そして便秘などがあげられます。


若い患者さんではこれらは当てはまりません。もともと排尿障害が隠れている高齢者に、何らかのきっかけが加わることで、尿失禁や尿閉が起こります。前立腺肥大症による下部尿路閉塞や神経因性膀胱による排尿筋低活動など、なにか疾患があって膀胱の機能が低下するのはわかりやすいと思いますが、じつは単に高齢であるというだけでも排尿筋低活動などの膀胱機能の低下が起こります。つまり高齢者では排尿機能とは本来関係のない問題をきっかけに、尿閉になりうると言うことです。


安心してください! はいてますよ?
どこかで聞いたフレーズですが、この写真は膝の骨折で他の病院に入院していた高齢の女性が、尿道カテーテルからの出血が止まらない、ということで救急車で運ばれてきたときの、尿道カテーテルから出てきた尿の写真です。尿の色は黒い感じがあり、量も大量にたまっていたので、尿閉で尿路感染が悪化して出血性膀胱炎になってしまった可能性が高いと予想されました。酸化した黒っぽい色もそうですし、血の塊が比較的少ないのも特徴です。なぜ尿閉になったのか本人に聞いてみたところ、看護婦さんにトイレに行きたいと言ったらオムツだから大丈夫ですよと言われたので、トイレに行かなかったとのことでした。入院前は膝が痛かったのですが息子さんに助けてもらってトイレに行っていたそうですので、この出血の原因は看護師が当てたオムツだったと言うことです。オムツだから大丈夫、というのは失禁しても大丈夫という意味であって、排尿しなくても大丈夫という意味ではありません。入院した高齢の患者さんについ簡単にオムツを当ててしまうのですが、まれにこういった結果を引き起こすことを覚えておいてください。